見出し画像

恋するぬらりひょん ー詩ー

彼女の朝はスマートフォンの三度目のアラームと共に始まる

布団を撥ね上げ
洗面台で顔を洗い
すぐに化粧をする
オーブントースターに食パンを1枚入れ3分間セット
電子ケトルでお湯を沸かしている間に着替える
こぉー
ぽこぽこぽこぽこ
カチッ
スイッチがあがりお湯が沸いた
私は2人分のインスタントコーヒーを入れ
着替える彼女を見つめる
チン
パンが焼ける
スーツに着替えた彼女がいつの間に2枚になったパンを摘む
あちっ
手を振りながら皿に乗せられたパンの1枚を私がいただく
彼女は何も言わずコーヒーに口をつける
ズッ
あちっ
ミルク入れておけばよかったね
と私は思う
彼女は時計を確認するとパンを口に詰め込み
黒いカバンを肩から下げ
パンプスを履く
ガチャ
鍵を開け
ギィ
重い扉を開けて出る
バン
締まり
ガチャ
鍵がかかる

家は無音になる

残された2つのマグカップの
彼女の飲みかけを飲み干し
洗う
私の飲み残しと
彼女が使ったパンの皿は置いて
私も部屋を出る
ドアの開く音も
鍵のかかる音もしない

私はぬらりひょん
忙しい人間のいるところに上がり込んで
その生態を観察する

彼女と同棲を始めて3ヶ月になる
私が彼女と時間を過ごすのは朝だけ
帰宅後のゆっくりする時間になると
私が見えてしまうから

昼は永田町、各省庁を見回り、この国の行く末を見守る
国会には行かない
あそこは暇な人が多いから気付かれる

日が落ちると賑わう磯丸水産にいる
ビール
かにみそ
日本酒
慌てている店員に声をかけて
よくある注文をして
ひとしきり食べて
立ち去る

夜中はクラブが良い
人間の生活がよく分かる
クラブで出会ったイカした彼女と共に朝を迎えて
3ヶ月
今日も彼女の目覚めを見つめる

忙しそうな朝を迎える彼女

どうしてあなたでないと言える?


感想

鳥山石燕画「ぬらりひょん」

夕方、忙しくしている人の家に入り込んで勝手にお茶を啜っているとか。この助平顔のおやじが何の目的でそんなことをするのか、考えてみました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?