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【東方Project】魂魄妖夢の人気の理由をアカデミックに考察してみた。

皆さんは「東方Project」というコンテンツをご存知でしょうか。

「東方Project」(通称「東方」)というのは、1996年から続く弾幕系シューティングゲームシリーズ(ただし、第1作の『東方靈異伝』のみブロック崩し)を中心とする作品群で、芸能人ではマヂカルラブリーの野田クリスタルや霜降り明星の粗品などもファンを公言しています。また「作品群」という通りこのコンテンツはゲームの範疇に留まらず、このゲームに登場するキャラクターや音楽が評価され、様々な同人サークルによって二次創作作品が生み出されています。特に楽曲の分野ではアレンジが盛んで、「Bad Apple!! feat.nomico」や「チルノのパーフェクトさんすう教室」といったアレンジ楽曲がインターネット上で人気となりました。

インターネットを中心に多数のファンに支えられ、2021年に25周年を迎えた「東方Project」ですが、四半世紀の時を経た今、その人気がさらに沸騰しています。例えば、2021年8月には大手モバイルゲーム開発会社であるDeNAは東方史上初となる音楽ゲーム「東方ダンマクカグラ」をリリースし、また同年にはファッションセンターしまむらが東方Projectとコラボレーションした寝具やクッションを発売しました。

そんな東方Projectに今、さらに不思議な現象が起こっています。

2022年1月17日、東方Projectのキャラクターや楽曲の人気投票を行う「東方人気投票」2021年度版の確定版の結果が発表されたのですが、その中の「人妖部門」、すなわちキャラクター部門で1位となったのが「魂魄妖夢(こんぱく・ようむ)」というキャラクターです。

※魂魄妖夢の詳細(「東方ダンマクカグラ」より)

魂魄妖夢は2003年にリリースされたゲーム『東方妖々夢』から登場している比較的息の長いキャラクターですが、東方人気投票においてはこれまで、第3回(2004年)に2位となっている以外は特に高い順位にランクインしていません。以下に順位の推移を記します。

○東方人気投票における魂魄妖夢の順位の推移
第1回(2003年前期) 順位なし(未登場のため)
第2回(2003年後期) 5位
第3回(2004年) 2位
第4回(2005年) 9位
第5回(2008年) 12位
第6回(2009年) 15位
第7回(2010年) 13位
第8回(2011年) 13位
第9回(2012年) 8位
第10回(2014年) 8位
第11回(2015年) 6位
第12回(2016年) 6位
第13回(2017年) 4位
第14回(2018年) 4位
第15回(2019年) 3位
第16回(2020年) 1位
第17回(2021年) 1位

このように、特段目立つキャラクターではなかった魂魄妖夢が、徐々に順位を上げ、2020年と2021年には連覇を果たすまでになっているのです。それでは、この人気上昇の背景には何があるのでしょうか。この点について、私なりの考察を加えていきたいと思います。

まず、魂魄妖夢の人気が上昇した理由には洗練されたデザインや設定の可愛さ、ゲームにおける有能さなども考えられますが、特筆すべき理由として「ゆっくり動画」の存在が考えられます。「ゆっくり動画」というのは、東方Projectのキャラクターを1頭身(要するに顔だけ)にした立ち絵(=ゆっくり)が登場し、その立ち絵に人工音声を当てて作られる動画のことです。
※近年では立ち絵を体つきのものにする動画も多くみられるようになりました。

このゆっくり動画ですが、現存する最古のものは2010~2011年ごろに投稿されています。そこから徐々にゆっくり動画というコンテンツが普及していき、現在ではYouTube上に無数のゆっくり動画系チャンネルが存在します。そのチャンネルを全て数えるのは至難の業ですので、別の指標を用いて普及の度合いを推測していくこととします。

今回はYouTubeチャンネル「ランキングタイム!」の投稿動画を引用して「ゆっくり実況」(ゆっくりを用いてゲーム風景などの実況を行うジャンル)の登録者数の推移を見ていくこととします。

<参考動画>

まず、2015年7月の段階では最も登録者数が多いチャンネルで21万5000人、2位以下は10万人を割っています。それが2016年11月には1位のチャンネルの登録者が50万人を超え、2019年7月には100万人を突破しました。そして2022年1月現在、最多登録者数を誇る「たくっち」のチャンネル登録者数は112万人を超え、追随するチャンネルも70~80万人の登録者を抱えています。このように、ゆっくり動画というコンテンツは近年急速に普及しているのです。

そんなゆっくり動画において、立ち絵として頻繁に登場するキャラクターは東方Projectの二大巨頭である霧雨魔理沙(きりさめ・まりさ)と博麗霊夢(はくれい・れいむ)の他に、十六夜咲夜(いざよい・さくや)、チルノ、東風谷早苗(こちや・さなえ)、フランドール・スカーレット、そして魂魄妖夢がいます。その中でも特に、魔理沙、霊夢、妖夢の3人が多く登場するように思われます(魔理沙=霊夢>妖夢の順)。したがって、ゆっくり動画の普及に伴い単純接触効果によって魂魄妖夢のファンが増えたことが考えられます。

ここで「単純接触効果」について、補足説明をさせていただきます。
「単純接触効果」は1968年にミシガン大学のロバート・ザイアンスによって提唱された心理効果で、個人がある事象に繰り返し接することでその個人が事象に対して興味をだんだん強くもつようになるというものです。この心理効果を利用したものとして、テレビCMや選挙カーなどが知られています。

さて、多くの人が魂魄妖夢に触れる機会が多くなった結果、単純接触効果によって魂魄妖夢の人気が上昇した、という仮説ですが、これには大きな欠陥が存在します。それは、霧雨魔理沙や博麗霊夢の存在です。ゆっくり動画において、霧雨魔理沙と博麗霊夢は同程度の登場頻度である一方、魂魄妖夢はその2人と比較して登場頻度が若干低めです。したがって、単純接触効果を全ての要因とすると、霧雨魔理沙や博麗霊夢が人気投票で1位にならない理由が説明できません。

そこで、私はゆっくり動画がもつ性質に着目しました。それは、ゆっくり動画で用いられている「人工音声」です。

ゆっくり動画では「Softalk」という音声ソフトを用いてキャラクターに声が当てられているのですが、キャラクターごとに声の設定を変更することができます。以下に、「きつねゆっくり」(最も広く使用されているゆっくりの立ち絵)の素材配布サイトに記されている3人の設定(参考値)を提示します。

霧雨魔理沙 声質=女性2、音程=100、速度=100
博麗霊夢  声質=女性1、音程=100、速度=100
魂魄妖夢  声質=女性2、音程=120、速度=115
※音程は数字が大きいほど声が高く、速度は数字が大きいほど発話が速くなります。

このように、魂魄妖夢は霧雨魔理沙や博麗霊夢と比較して声が高く速くなるように設定されていることが多いのですが、ここで参考として、私が普段から閲覧しているYouTubeチャンネル「妖夢のみょんなお料理ちゃんねる」の動画を引用します。黒い帽子をかぶっているのが霧雨魔理沙、赤いリボンを着用しているのが博麗霊夢、緑のベストを着用しているのが魂魄妖夢です。

※立ち絵が可愛い。あとお肉がおいしそう。

動画をご覧いただければ、霧雨魔理沙や博麗霊夢と比べて魂魄妖夢の声が高く、喋りも速いことがお分かりいただけるかと思います。それでは、この魂魄妖夢の特徴が人気の上昇とどのように関係しているのでしょうか。

金沢工業大学の川口就子らの研究によると、「ツンデレ」の構成要素である「ツン」と「デレ」の度合いを「おにいちゃんCD」というCDの音源を基に解析したところ、「ツン度」が高いものは声が低く発話速度が遅い一方、「デレ度」が高いものは声が高く発話速度が速い、という結果が出ているようです。したがって、ゆっくり動画における魂魄妖夢の声は「デレ」、すなわち「萌え声」であると言えるでしょう。

※「おにいちゃんCD」…12人の女性声優による「おにいちゃん」というセリフが1200通り収録されたサンプリングCD。もはや狂気の沙汰。

「ツンデレ」や「おにいちゃんCD」など、上記の研究は非常に面白い題材を扱っていますが、他にもこうしたサブカルチャーに着目した研究が存在します。それが、慶応義塾大学の川原繁人による「メイド文化と言語学」という研究です。

まず、言語学の一概念に「音象徴」というものがあります。これは音が一定のイメージを形成するという考え方です。ポケットモンスターのキャラクターを例にとると、「グラードン」が巨大な怪獣のようなフォルムである一方、「マリル」は小さく丸っこい、非常に可愛らしいフォルムをしています。このように、音の響きによって形状や大きさなどのイメージが変化するというのが「音象徴」です。

余談ですが、お笑いコンビ・ラーメンズのコントに「名は体を表す」というネタがあります。こちらのコントは音象徴が非常に有効的に取り入れられており、音象徴を理解する上で優秀な教材となります。動画を引用しておくので、興味があればぜひご覧ください。


さて、この音象徴において重要となるのが「共鳴音」と「阻害音」の分類です。「共鳴音」は声帯から発せられた音が口や喉で共鳴することにより生じる音で、ナ行・マ行・ヤ行・ラ行・ワ行が該当します。一方、「阻害音」とは声帯からの気流が阻害されることにより生じる音で、共鳴音と母音以外は全て阻害音に該当します。

このうち、共鳴音は温和なイメージ、阻害音は冷たいイメージや強いイメージを一般的にもたらします。先ほどの「グラードン」や「マリル」の例をみれば一目瞭然でしょう。先の研究では、この音象徴とメイド文化の関係性について言及されています。

同研究によれば、明治安田生命の人気名前リストにみられる音の分布において、男性名では共鳴音が37%である一方、女性名では共鳴音が67%を占めているようです。しかし、秋葉原のとあるメイド喫茶においてはメイドの名前の58%が共鳴音という、一般女性の割合よりも低い数値が出ています。これはメイドが「萌え系」の一辺倒ではなく、少し突き放した態度の「ツンメイド」や、双方の要素を兼ね備えた「ツンデレメイド」が存在することにより、「ツン」を表象する阻害音の割合が高まっているためであると考えられます。

実際、メイド喫茶のメイド、メイドでない日本人、英語話者の3群を対象とした実験において、共鳴音メインの名前と阻害音メインの名前のどちらが萌え系でどちらがツン系か聞き取りを行ったところ、いずれの群でも共鳴音メインの名前は萌え系、阻害音メインの名前はツン系であると判断される傾向がみられています。このように、「萌え」と「音象徴」は非常に強く結びついています。

さて、この記事を読んでいる多くの方が「関係のない話を長々として、一体何のつもりだ?」と思っていることでしょう。しかし、萌えと音象徴の関係も、魂魄妖夢の人気上昇に大きく関係するものと思われます。

先ほどの「妖夢のみょんなお料理ちゃんねる」の動画をご覧いただければわかりますが、二次創作における魂魄妖夢の設定として「『みょん』という口癖がある」というものがあります(原作の設定には存在しない)。そのため、大半のゆっくり動画では魂魄妖夢に声を当てる際に「みょん」という語尾を用います。その一方、霧雨魔理沙の語尾は「だぜ」であり、博麗霊夢にはこれといって決まった語尾が存在しません。これを音象徴の観点から考えると、「みょん」は共鳴音のみで成り立つため「萌え語尾」である一方、「だぜ」は阻害音のみで成り立つため「ツン語尾」であると言えます。したがって、ゆっくり動画の閲覧者は霧雨魔理沙や博麗霊夢よりも魂魄妖夢に対して「かわいい」という印象を強く抱くものと思われます。

このように、魂魄妖夢は決して何となく人気が出たキャラクターというわけではなく、デザインや設定の可愛さ以外にも、「ゆっくり動画」というコンテンツの普及と原作にはない設定が交叉した結果、心理学や音声学に裏打ちされた必然的な人気を得たキャラクターであると言えるのです。これからも、ゆっくり動画というジャンルが繁栄する限り、魂魄妖夢は人々の心をくすぐり、魅了していくことでしょう。

まあ、私は東方Projectなら綿月豊姫(人気投票107位)が一番好きなんですけどね。

それでは、また。


<参考文献>
東方Project 25周年記念サイト https://touhou-x.jp/

第17回東方Project人気投票 https://toho-vote.info/

Zajonc, R. B. (1968). Attitudinal effects of mere exposure. Journal of Personality and Social Psychology, 9(2, Pt.2), 1–27 http://web.mit.edu/curhan/www/docs/Articles/biases/9_J_Personality_Social_Psychology_1_%28Zajonc%29.pdf

nicotalk &ゆっくり素材配布所きつねゆっくり http://www.nicotalk.com/charasozai_kt.html

川口 就子, 黒川 嵩大, 白尾 彰伍, 高野 佐代子,「ツンデレ音声の音響物理パラメータの計測とその分析」, 電子情報通信学会技術研究報告. EA, 応用音響 114(358), 11-12, 2014-12-05

慶応義塾大学 言語文化研究所 川原繁人「メイド文化と言語学」http://user.keio.ac.jp/~kawahara/pdf/MaidTakatora.pdf


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