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M&A担当者や経営者が知っておくべき「マーケット・チェック」とはどのようなものか

近年、企業買収 (M&A) が活発に行われていますが、その裏では株主の利益が十分に考慮されていないケースや、情報格差による不公平な取引が行われる懸念も存在します。
そこで、2019年6月の「公正な M&A の在り方に関する指針」や2023年8月の「企業買収における行動指針」では、公正かつ透明性の高いM&Aの実現を目指し、関係者の行動規範が明確化されています。

本記事では、それらの指針の中でも特に重要な「マーケット・チェック」に焦点を当て、その意義や具体的な手法、注意点などを分かりやすく解説します。
企業買収に関わる方々だけでなく、M&Aに興味のある方々にも理解を深めていただけるよう、初心者にも分かりやすい言葉でまとめます。

マーケット・チェックの重要性

経済産業省が発表した「公正な M&A の在り方に関する指針」や「企業買収における行動指針」は、M&Aに関わる企業や株主にとって、公正で透明性の高い取引を行うための道しるべとなるものです。この指針は、M&Aの各段階における関係者の役割や責任を明確にし、株主の利益保護を重視する姿勢を打ち出しています。

その中でマーケット・チェックとは、買収提案を受けた企業が、より有利な条件を引き出すために、他の潜在的な買収候補者にも打診を行うプロセスを指します。
これにより、株主にとって最善の取引を実現できる可能性が高まります。

マーケット・チェックの手法

マーケット・チェックには、主に2つの手法があります。

  1. 間接的なマーケット・チェック: 買収提案を公表し、他の潜在的な買収候補者が対抗提案を行う機会を設ける方法です。

  2. 積極的なマーケット・チェック: 買収提案を受けた企業が、自ら他の潜在的な買収候補者に接触し、対抗提案を募る方法です。

「企業買収における行動指針」には下記のような記載があります。

また、買収に関する事実を公表し、公表後に他の潜在的な買収者が対抗提案を行うこ とが可能な環境を構築した上で買収を実施すること(間接的なマーケット・チェック) や、株主の利益に資する買収候補を模索すること(積極的なマーケット・チェック) で、買収条件の改善を目指すことにも合理性がある。

https://www.meti.go.jp/press/2023/08/20230831003/20230831003-a.pdf

積極的なマーケット・チェックには、特定の買収者との間でM&A を実施することについて合意・公表を行う前に入札手続(オークション)や複数の潜在的な候補者への個別の打診を行う方法と、当該合意・公表一定期間後、対象会社が対抗提案を積極的に勧誘する方法(いわゆるゴーショップ)が存在する。
他方で、積極的なマーケット・チェックには、買収者がコストをかけて買収を提案するインセンティブを低下させることによる買収全体に対する阻害効果の懸念や、情報管理の観点等からの問題も指摘される。また、積極的なマーケット・チェックにより買収者間の競争が強まることに伴って、買収者が交渉を離脱する可能性もあり、特に買収取引の成立が必須であると考える事情がある場合には、考慮要素となる。

https://www.meti.go.jp/press/2023/08/20230831003/20230831003-a.pdf

どの程度長期間確保するかという点については、間接的なマーケット・チェックが有効に機能するために必要な期間は少なくとも確保することが必要となるが、そのような期間は対象会社の規模や個別案件の性質(例えば、企業の再生局面において、特に迅速な取引が求められる 場合等)によっても異なり得るため、一律の基準を設けることは困難である。また、そのような期間よりも更に長期間確保する場合には、間接的なマーケット・チェックの有効性がより高まることも期待できるが、余り長期間確保すると、従業員や取引先等が不安定な地位に置かれ、 対象会社の事業に悪影響が生じる可能性もある点にも留意する必要がある。

https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/fair_ma/pdf/20190628_shishin.pdf

どちらの手法を選ぶかは、企業の状況や戦略によって異なりますが、いずれも株主の利益を最大化することを目的としています。

マーケット・チェックの注意点

マーケット・チェックは、株主の利益保護に有効な手段ですが、注意すべき点もいくつかあります。

  • 情報管理の徹底: 買収に関する情報は、株価に大きな影響を与えるため、厳重な情報管理が必要です。マーケット・チェックは、M&A当事者間の合意に基づき実施されるものであり、強制ではありません。

  • 公正な手続き: 特定の買収候補者を優遇することなく、公正かつ透明性のある手続きを心がける必要があります。M&Aの公正性確保の観点から、積極的に検討することが推奨されています。特に、MBO(経営陣による自社買収)や支配株主による従属会社の買収など、利益相反のおそれがある場合には、マーケット・チェックの実施が強く推奨されています。

  • 専門家の活用: 法律や財務などの専門家のアドバイスを受けながら、慎重に進めることが重要です。

マーケット・チェックの実施を検討すべきパターン

「公正な M&A の在り方に関する指針」では、マーケット・チェックが公正性担保措置として有効に機能するか否かに関して異なる状況が存在するため、以下それぞれについて有効性を整理しています。

MBO を行う経営者が支配株主でない場合

買収者が支配株主でない場合(すなわち、MBO を行う経営者が支配株主でない場合) においては、マーケット・チェックが有効に機能する場合が多いと考えられる。
そして、間接的なマーケット・チェックについては、検討に必要な時間や情報の制約から、実際上は対抗提案を行うことに困難が伴うことも少なくないとして一定の限界も指摘されていることを踏まえると、間接的なマーケット・チェックよりも積極的なマー ケット・チェックの方がより有効に機能する場合が多いと考えられ、これが実施された場合には、公正性担保措置としてより積極的に評価されると考えられる。
他方、積極的なマーケット・チェックについては、M&A に対する阻害効果の懸念や情報管理の観点等からの実務上の問題*) も指摘されていることを踏まえると、買収者が支配株主でない場合においては常に積極的なマーケット・チェックを実施することが望ましいとまではいえない。

https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/fair_ma/pdf/20190628_shishin.pdf

積極的なマーケット・チェックについては、
①経営者と投資ファンド等が共同で行う最も一 般的なタイプの MBO においては、対象会社の企業価値を増加させる上で、両者が MBO 後に 強固な信頼関係の下で共同して経営を行うことが重要となるところ、
経営者が投資ファンド等 と長い時間をかけて信頼関係を醸成した上で初めて MBO の実施に踏み切るに至ることが多い という実態に照らすと、積極的なマーケット・チェックの実施に馴染みにくい面もあることや、
②事前のマーケット・チェックには、当該プロセスを通じた競合他社等への企業秘密等の情報流出のおそれや、取引情報の漏えい等による事業や株価への悪影響のおそれ等の懸念があること、
③買収者と対象会社との間で取引保護条項が合意されない状態で行われる間接的なマーケ ット・チェックも有効に機能し得ること、
④一部の諸外国と異なり、我が国では買収意向を示すことに対して厳格な規制が存在しないため、真に買収する意思がないにもかかわらず、単に対象会社の情報を取得するため等、他の目的で買収意向が示される懸念が存在すること等が指摘されている。

https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/fair_ma/pdf/20190628_shishin.pdf

MBO を行う経営者が支配株主である場合およびそれ以外の支配株主による従属会社の買収

買収者が支配株主である場合(すなわち、MBO を行う経営者が支配株主である場合およびそれ以外の支配株主による従属会社の買収)には、既に対象会社 の支配的持分を有している支配株主が対象会社を買収しようとしているのであり、第三者への売却に応じる意思が乏しい状況下において、真摯な対抗提案がされることは通常は考えにくい
そのため、マーケット・チェックが公正性担保措置として機能する場面は限定的であり、実施する意義が乏しい場合が多いと考えられる) 。
もっとも、買収者が支配株主である場合であっても、例外的にマーケット・チェック が機能し得る場合もあり得るため、対象会社の取締役会や特別委員会において、この ような特段の例外的事情が存在しないか等を念のため確認することが望ましい。

https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/fair_ma/pdf/20190628_shishin.pdf

なお、このようにマーケット・チェックが機能しないと考えられる場合であっても、公開買付期間等 M&A の公表後の期間を比較的長期間確保することは、一般株主が当該M&A の是非 や取引条件の妥当性について熟慮し、適切な判断を行うための期間としては機能し得るため、 なお意義を有すると考えられる

https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/fair_ma/pdf/20190628_shishin.pdf

マーケットチェックのメリット

マーケットチェックを行うことで、以下のようなメリットを得ることができます。

株主にとってのメリット

  • 株主価値の最大化: 複数の買い手候補から最も有利な条件を引き出すことで、株主は自社株をより高い価格で売却できる可能性が高まります。

  • 透明性の向上: マーケットチェックのプロセスや結果が開示されることで、M&Aの透明性が向上し、株主は取引の公正さを確認できます。

  • 少数株主の保護: 支配株主や経営陣による不当な買収を防ぎ、少数株主の利益を保護することにつながります。

企業にとってのメリット

  • 企業価値の向上: 複数の買い手候補が競争することで、企業価値が適切に評価され、より高い買収価格が提示される可能性があります。

  • 最適なパートナー選定: 価格だけでなく、企業文化や戦略との適合性などを考慮して、最適な買収者を選ぶことができます。

  • M&Aプロセスの円滑化: あらかじめ複数の買い手候補と交渉しておくことで、M&Aプロセスを円滑に進めることができます。

社会にとってのメリット

  • 公正なM&A市場の形成: マーケットチェックが普及することで、公正で透明性の高いM&A市場が形成され、経済全体の活性化に貢献します。

  • 企業統治の強化: 経営陣は、株主価値の最大化を意識した経営判断を迫られるため、企業統治の強化につながります。

まとめ

企業買収におけるマーケット・チェックは、株主の利益保護と公正な取引を実現するための重要な手段です。経済産業省の「公正な M&A の在り方に関する指針」「企業買収における行動指針」でも言及されており、M&Aに関わる企業は、積極的にマーケット・チェックを活用していくことが求められるる場合があります。

ただし、マーケット・チェックには注意点も存在するため、専門家のアドバイスを受けながら、慎重に進めることが重要です。企業は、マーケット・チェックを通じて、株主価値の最大化と公正なM&Aの実現を目指しましょう。

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