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映画『彼女は夢で踊る』〜劇場に恋をする〜


映画『彼女は夢で踊る』

ようやく観ることができた。
物語の主役は、広島の人々に愛され続け、何度も閉館の危機を乗り越えてきたストリップ劇場「広島㐧一劇場」。
ロケ地は全て広島の実在する場所、出演者やスタッフもほとんどが広島出身や広島在住という、広島愛に溢れた映画だ。

長年に渡り、人々の様々な想いが刻まれた場所から、奥深いストーリーが浮かび上がってくる。
それは懐かしい香りであり、忘れ去られていた純愛であり、悲哀であり、その時代や場所を知らない人まで、自分の中の何かを突き動かされるのだ。

主演の加藤雅也さんの呟くようなモノローグ、寂しげな背中の先に現れた広島㐧一劇場を目にした瞬間から鳥肌が止まらず、なぜか涙が込み上げそうになるのをずっとこらえていた。

撮影当時、劇場は今度こそ閉館が決定していた。
長い歴史に幕を下ろす直前の劇場をカメラにおさめているためだろうか。もちろんお芝居も演出も素晴らしいのたが、それ以上にその場所が醸し出す空気に圧倒される。
ショーに向かうストリッパー達の無数のキスマークがついた"口紅の壁"など、映し出される全てはフィクションではなく本物だ。

あえて作り込まなくても、劇場が、劇場を輝かせたストリッパーやお客さんの想いが、この映画を温かく包み込んでいるのだと感じた。


特筆したいのは、なんといってもストリップのシーンだ。私も本物のストリップには触れたことがなかったのだが、それはそれは美しかった。

劇場の重い扉を開けた瞬間、ミラーボールに照らされた煌びやかな夢の世界が広がる。ステージを見上げる観客の瞳も決していやらしいものではなく、キラキラと輝いている。そしてその中央で舞う踊り子さんは、しなやかで気高くて、この世のものとは思えない美しさがあった。

特に現役ベテランストリッパーの矢沢ようこさんの踊りは圧巻で、感激して涙が止まらなかった。
劇中の台詞でもあった、まさに「人ってこんなに綺麗だったんだ」という衝撃を体感した。
ブルーリボン新人賞を受賞した女優の岡村いずみさんも、体当たりでヒロインの踊り子を演じている。妖艶で掴みどころがなく、でも守ってあげたくなるような儚く小さな背中を時折見せる。
朝日に煌めく海辺でのダンスシーンも幻想的だった。

それらの舞をさらに輝かせるのが、効果的な音楽の挿入だ。
まず松山千春の「恋」。加藤さん演じる社長が酔っ払いながら口ずさみ、ヨーコの最後のステージで流れる曲だが、その哀愁が劇場の色合いに驚くほどよく溶け込んでいる。
松山千春が昔ストリップ劇場の照明をやっていたことから、今回の楽曲使用を快諾したという話にも仰天した。

そして、テーマ曲となったRadioheadの「Creep」。この曲は、私は舞台『あゝ、荒野』の中で出会って魅了され、以降聴くだけで泣いてしまうくらい好きな曲なのだが、よくぞこれを選んでくれた!!と拍手したい。
日本のストリップ劇場なのに洋楽?と思わなくもないが、奇しくも『あゝ、荒野』もこの映画も昭和がたっぷりと香る舞台だ。どうしてこうも合うのか分からないが、ぴったりとしか言いようがない。
エンドロールでは和訳の歌詞が表示され、加藤さんのコミカルで悲しげな舞も観ることができる。それもまた素晴らしい。

この映画を成功させたのはやはり、加藤さんだ。
いつものダンディな姿は封印し、情けない風貌だ。未練がましくてカッコ悪いし、泥臭くてカッコいい。人はどうしてストリップを観るのかという問いに答えられないながらも、ただただ広島㐧一劇場と共に青春を過ごし、この地を必死に守り続ける。そのエンターテイナーとしての強い姿勢は、The Greatest Showmanのバーナムとすら重なるように思えた。

加藤さんは俳優でありながら、常にエンターテイメントに何ができるかを様々な視点から考え、アイデアが泉のように溢れ出し、話し出すと止まらない情熱的な方だ。
以前、加藤さんと何度かお仕事をご一緒したことがあるのだが、
「今度、広島の映画を撮ることにした。これからは地方映画の時代だ」
「その場所を映像として残すということに映画の価値がある」(数々のインタビューでお話しされている通り)
と熱っぽく話されていた。

果たして完成した映画は、消えゆくひとつの劇場を記録したご当地映画にとどまらず、心を掴んで離さない極上のエンターテイメントになっていた。

映画の後押しもあってか、3度目の閉館を決めていた広島㐧一劇場はなんと再び復活し、現在も営業を続けているそうだ。
映画館にも劇場にも、今多くの若い女性が詰めかけているという。ストリップは芸術の一つの形として、これからも人々に夢を見せてくれるかもしれない。

新宿武蔵野館ほか、上映館の数も回数もかなり限られているのでハードルが高いですが、ぜひご覧ください。

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