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炎のディフェンダー櫻木千華選手の引退によせて

2021年4月5日。三菱電機コアラーズの櫻木千華選手(コートネーム:ロン)が11年間の現役生活に終止符を打ち、引退することを発表した

私が初めてロンさんを見た頃は、まだユニフォームが水色の時代。今でこそ珍しくなくなったが、180cmあるアウトサイドプレーヤーは当時は稀で、目立っていた。

45°やコーナーからスパスパスリーポイントを決め、コーナーからのドライブも強力だった。どちらかというと飄々とした雰囲気で、淡々とシュートを決めるイメージ。

その後、ロンさんは度重なる怪我に見舞われ、試合に出られない時期が続いた。試合に出て活躍することが仕事であるスポーツ選手が、大きな怪我をして年単位で試合に出られない、その心情は我々一般人の想像を絶する。特に復帰後すぐにもう一度怪我をしたときは、、もしかしたら引退も考えたかもしれない。

それでもロンさんは復活した。チームカラーの変更により赤いユニフォームになってからのロンさんは、内に秘めた闘志が「飄々」を上回って滲み出しているように見えた。炎のディフェンダー・櫻木千華。いつからか私は心の中で、ロンさんをそう呼ぶようになった。

三菱電機コアラーズの選手は、総じてディフェンスが上手い。というか、ディフェンスが一定水準に達していなければ試合には出られず、その水準がとても高い、と勝手に想像している。

その中でもロンさんは群を抜いてディフェンスが上手だった。一言で説明するなら、「長い手足×長年の経験で培われた読み」の相乗効果。

冒頭の写真中央で大ジャンプを見せている、白の6番がロンさん。赤6番のシュートを抑えつつ左にいるセンターへのパスも塞ぎ、あわよくば右方向へのバウンズパスにも対応できそうな空中姿勢。こうやって相手の選択肢を消していくのがロンさんのディフェンスだ。

そのディフェンスへのチームからの信頼は絶大で、「ここは絶対守らねばならない」というとき、必ずロンさんが投入された。

一生忘れないのは、2018-19シーズンのプレーオフ。

クォーターファイナル、トヨタ紡織戦(ハイライト動画ボックススコア)。シーソーゲームの末に残り20秒弱、コアラーズ3点リードでトヨタ紡織ボール。「ここを守ったら勝ちな場面」でロンさんがコートへ。

トヨタ紡織はそこまでスリーポイントを2本中2本決めているエース兼司令塔にスクリーンをかけ、3本目のスリーポイントをクリエイトした。ワンハンドでクイックなスリーポイントが放たれようとした、その刹那。ロンさんが跳んだ。鮮やかに弾かれたボールは、三菱電機ボールとなり、16年ぶりのベスト4進出を決めた。

この試合、ロンさんのプレータイムは5分27秒、得点はゼロ。記録より記憶に残る選手、という言葉がぴったりだと思う。

その後コアラーズはセミファイナルを勝ち抜き、Wリーグ始まって以来初のファイナルに進出した。相手のJX-ENEOS(現ENEOS)には、日本女子バスケットの絶対的エース、193cmの渡嘉敷来夢選手がいた。身長差のある相手を、常に完璧に守ることは難しい。しかしロンさんは、相手のガードが渡嘉敷選手にボールを入れたいタイミングで、毎回絶妙にパスコースを塞いだ。13cmの身長差は、感じさせないと言えば嘘になるが、だいぶ縮まって見えた。長年の経験あってこそなせる技だ。

クォーターファイナルとセミファイナルでは平均5-6分の出場だったロンさんは、ファイナルの2試合で平均21分と出場時間を伸ばした。ロンさん抜きにして、渡嘉敷選手を守り続けるのは難しかったのだ。

結果は2試合とも負けてしまったが、あんなに泣いた試合は後にも先にもない。とても感動した。何より、好きなチームをファイナルの舞台で応援できるのはファン冥利に尽きた。

このファイナルは、ファンにとってとても思い出深いものであるが、ロンさんも引退の挨拶でこの試合を話題にしている。「真っ赤に染まった観客席が嬉しかった」と。ファンの応援を感じとって、大事に心にしまっておいてくれたロンさん。選手とファン、立場が真逆で、受けた感慨は全然違うと思う。だけど同じ試合の思い出を大事にしていて、引退の挨拶で言及してくれたのはとても嬉しかった。

ロンさん、現役生活、お疲れ様でした。コアラーズでプレーしてくれて、ありがとうございました。ロンさんの今後の人生が幸せに溢れることを祈っています。

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