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推しを見に行ったはずが自分と向き合った話 ミュージカル『ファンタスティックス』感想と遠征記


ステージと客席を繋ぐ装飾
なおアクスタのランナップは岡宮さんのみの潔さ

はじめに


2022年10月23日〜11月14日
日比谷 シアタークリエにて上演された
ミュージカル『ファンタスティックス』。

上演発表は2022年3月28日
推しである、岡宮来夢さんの東宝作品初主演作!
めでたい!

さて歴史ある演目とのことだけど、どんな作品か…
…どうやらラブストーリーだ…大丈夫か…しかも東京のみかぁ………

いや!めでたい!!!見ないと後悔するぞ!
とりあえずチケットを遠征2回、6公演分確保し、(その後写真集イベントがめちゃめちゃにあり、9月末から週末ごと上京する日々を経て)
・キスシーンあり
・ほろ苦ラブストーリー
・かわいい
・ハッピーになれるらしい
程度の情報にしか辿りつけないまま、
うきうきと観劇のため東京へ向かったのでした。推しを見るため、そのための観劇………
そのはずだったのに…

思わぬ刺さりを得てしまったオタクの叫びを書き留めます。
この作品をハッピーだった〜、とそれだけで済ませないでおきたいから。
ついでに美味しいものも紹介します。
(せめてもの有益情報)

刺さりからハッピーを得るまで訓練が必要だった…
せっかくハッピーを選んで得られるようになったのだから、再演していただかなくては!
再演、全国ツアー、音源化、映像化…とにかくまたこの作品に触れられることを願って!

ここからは詳細なネタバレを含んだ感想です!
初見の体験を大切にしたい方、次は劇場でお会いしましょう!

観劇1回目

有楽町着!
まずカツ丼有名店に1時間並び、得ました。

東京交通会館 あけぼの 上ロースカツ丼

初見!座席は前方だけど、上手ブロック端…
あらら…と思いきや、どうやら立ち位置らしい!
劇場でセットを見、勝ちを確信。

意味ありげな木箱…ここでしょ!!

心配だった見切れほぼなし!ありがとうクリエ!
登場人物が次々登場し、最初に木箱に座ったのは…

トレンディエンジェル 斎藤さん

なんでや!(正直者)
と思うのも束の間、センター寄り上手の街頭セットに飛び乗る岡宮さん!!!

ちっっっっか!!!ワァ〜〜〜〜!!! 
推しを目の前に正気でいられるオタクはいない為正気がなくなりました。

冒頭、岡宮さん扮する主人公『マット』はさわやかなイケメン大学生として登場。まさに岡宮さんのイメージにぴったり!
そして、ストーリーテラー『エル・ガヨ』
によって『内気な学生だ』と紹介され、ポケットからメガネを取り出し掛ける…

すると瞬時にイケメンオーラが消える!
目の前にいるのは内気な学生
なに⁇魔法⁇⁇岡宮来夢はどこに⁇⁇
これまで、大前提として
・整った容姿
・陽
・強者
ご自身のイメージにも近い
3拍子揃った役所が多かった岡宮さん

今作のマットくんは
・明らかにヘラついた表情
・陰
・弱い(メンタルもフィジカルも)
真逆!!!なのに違和感全然ない!!!
陰キャのお芝居があんまりに自然なものだから、
物語が進むにつれて岡宮さんとマットくんが繋がらなくなるほど!
それでふとした時に
あっっっ岡宮来夢だ!!!!!
となり怖くて死ぬなどしていました。
ちなみに、
観劇回数が増えるごとに死ぬ頻度が増します。
怖い…推し怖いよ………

グッズ含むビジュアルはさわやかくんだけ
さわやかくんだけなら逆に死なないと思う

あらためて
『ファンタスティックス』のあらすじを簡単にまとめると
1幕
父親同士が仲違いしている隣家の男女が秘密の恋をしている
→実は父親同士は親友、子供達を結婚させるために仲違いを演じている
→あと一押しのために、娘の誘拐劇を決行
→誘拐劇は成功し、ふたりは晴れて親公認の恋人同士に

めっちゃハッピ〜〜〜〜!!!!
1幕後は情緒も安定

2幕
秘密を失うと同時にふたりの恋も、父親同士の友情も色褪せて破綻
→誘拐劇を演じた男が現れて、息子と娘それぞれに世界を経験させる
→1ヶ月後、世界のひろさ、自分のちいささ、恋人の尊さに気付き本当の恋人になる。父親同士も和解し
→めでたしめでたし

前述のとおり2幕の展開を知らず、
結ばれないけど、前向いて終わる系やろ…
と思っていたら結ばれた!!得てる!
え…ていうか………失ったもの大きすぎない⁇
かけがえがなさすぎない⁇

という訳で2幕後の情緒
からあげくんの件はスポンサー様への配慮なので理性の部分。

その後情緒めちゃくちゃのまま晩ごはんにでかけ
日本シリーズのオリックス優勢に爆沸き。
店内の空気を終わらせるなどしました。
それはそう
ここはスワローズの本拠地…すみません………

タレがみたらしぽくて甘い 美味しいモツ焼き
空気は終わっています

この段階で情緒はめちゃくちゃだけど、はっきりしていたのは
・推しのキスシーンが響いてるわけではないこと

安堵!!!本当によかった!!
マットくんと岡宮さんがいい意味で全然繋がらなかったのがひとつ、恋するマットくんとルイーザちゃんがかわいすぎてそれどころではなかったのもひとつ…
もしこちらをお読み中にロマンスが怖くて観劇見送った方がいらしたら…、
多分大丈夫ですよ!!キスシーンはいっぱいあるけど!流れがあるからから本編ははや◯タより全然大丈夫でした!!!

じゃあ何が刺さったのかといえば、
この時点では明確に分かっていなくて
・親近感を持っていたマットくんが
 成長し、真実の愛を得る
→置いてけぼり感
・幼く愚かで愛おしい、幸せな時間の終わり
 →二度と戻らない輝かしさへの喪失感
かなぁ…
とふんわり思い、就寝したのでした…
(3杯目のホッピーが濃くてだいぶ酔いました)

観劇2回目

朝から趣味の神社巡りをし、
有楽町で念願の生クリーム盛り盛りパイを得、
胃の衰えを感じるなどしてからマチネへ。

紅鹿舎 チョコバナナパイ(クリームまで完食)
強者のみ挑戦してください

2回目の観劇を経て、
ようやくハッピーで終われない要因を掴むことが出来ました。
掴んでしまったから有楽町駅で泣いた。

要約するなら
・マットくん、俺すぎ
・失われたもの愛おしすぎ
・ヘンリー切なすぎ
・物語と自分切り離せてなさすぎ
・ハッピーだけを掴めない自分の陰気さ、嫌すぎ
気付いたらやり切れなくて有楽町駅で泣いた。

有楽町で落ち、東京駅に着く頃には盛り返しています


ひとりで見ていて、ひとりで向き合えて良かったとも思いました。

『ファンタスティックス』は狭間を描く物語

本作はとにかく狭間をモチーフにしていると感じます。
昼と夜の狭間の照明、現実と夢の狭間のサーカステントセット、大人と子供の狭間の登場人物、
それに板の上と客席の狭間も曖昧。
フラッグと電飾で繋がった客席に向け、登場人物は語りかけます。
特にストーリーテラー、エル・ガヨが促す
『Try to remember』は強力で、
人によってかけられる魔法が変わる狭間の言葉。
そして『パラドックス』。
『豊かに実った麦が刈り取られるように』、何かを得るためには何かを失わなければならない。
(進撃でやったところだ!なるほど普遍的!)

大切なものを手放して大切なものを得たことのある人、過去を懐かしく愛おしく思い返せる人にとっては素敵な魔法になったのでしょう。
思い返して懐かしい程、まだなにも手放せていない筆者にはちょっと苦しさが強い魔法でした…。

だって手放せてる人間が、同じ写真集40冊以上買う⁇買わんでしょ⁇
(なお写真集は遠征前日に受け取っており、あまりにも直近の出来事)
例えばこの気持ちを手放して、なにか他の実感のある大切なものを手に入れたいか、と言えば
絶対ない!!この夢をずっと見ていたい!!!
その心境はさながら冒頭のルイーザ!

そして、
マットくんは前述の通り俺か⁇レベルのシンクロ具合で言うまでもなく、
ベロミーとハックベリーのパパコンビの安定確実を得たい気持ちにも共感があるし、
輝かしい夢を守り続けているヘンリーとモーティマーへの憧れ!!
(エルガヨさまとミュート…のストーリーテラーに共感はないものの…)
物語に共感できすぎて、没入できすぎて…
切り離せなくて辛い…狭間の物語だからこその魅力だろうな…
あと、単純にこのかわいい物語を素直に受け取れてないの性格ひねくれ過ぎてる!嫌!!
こんな大人になりたくなかったよ〜!!!

そんなほろ苦さの強い2回目の観劇でした。
遠征第一弾はここまで!
その他の要因と登場人物に関しては後述します。
(失われる輝きこそ登場人物の魅力なので…)

観劇3回目・4回目

11月12日
今回は勝手がわかっているし、2週間ひたすらに『Try to remember』したので大丈夫!禅問答くらい自分と、物語と、登場人物と向き合ったからハッピーだけ持ち帰るぞ!!という強い気持ちで上京。シルバニアに服を縫う余裕もある!

ところでこのマシュマロネズミのおとこのこ、
突如公式Twitterが『リトルマット』としたのです 何?

情緒安定した!
自転車に乗るみたいなもので、
感覚さえ掴めればハッピーの分量を多く持ち帰ることができました!
肝心なのは舞台と自分とを出来るだけ別に見ること。愛おしいストーリーと登場人物をまっぐに見ること。苦しさも切なさもこの作品には大切だけど、今は手のひらに乗るくらいの量でちょうど良い…
何も手放さず、ちょっと奥にしまうだけ。
それだけで見え方が大きく変わるのは面白く、作品の懐の深さを感じました。

しかし安定してマットくんと岡宮さんが繋がらず、不意に思い出しては死んでいる模様。
情緒の揺れ最高〜!!

この日のマチネはe+貸切公演なのでカテコで『イープラス』のポーズ(胸の前でeを書いてスペシウム光線する)をやったんですが、中段ドセン座席でまともに食らえ、最高でした!!イープラスさま、ありがとうございます!!!!

ソワレではアドリブパートの
(斉藤さん 頭を指して)
『お前もこうなるんだぞ!』
(岡宮さん 頭を凝視して)
『それは嫌だ!!!!!』
により客席に爆笑が起こり、どよめきが次シーンまで続いたり、
カテコでは ベロミー役 今さんのお誕生日をお祝いしたり充実しまくり!
せつなさの余韻より圧倒的なハッピーパワーでご陽気にホテルへ帰ったのでした。進撃のお友達にも会えたし!東京タワーの消灯見に行ける元気さ!

東京タワーの足元は深夜にも関わらず
カップルと元気なバイクがいっぱい すぐ退散した
初ダッキーダック
グラタンっておいしいなという気付き

11月13日ソワレ観劇予定

マチネはあえて飛ばしてソワレに集中しよう!!
東京タワーに巡礼しにいかなくてはならないし!

写真集の背景にあわせて写真を撮るなどのオタク活動をしました。手前味噌ながら割とちゃんとあわせています!
岡宮来夢1st写真集『kurumu』
を購入し確認してください。

そして余裕を持って日比谷シャンテ
(劇場横の商業施設)へ
軽い晩御飯がわりにカボチャプリンを食べていたところに衝撃の一報が…

ソワレ中止、千秋楽公演の実施は検討中

輝かしい夢を守り続けているヘンリーとモーティマーへの憧れ!!このご時世なのに出来ることを全部やらなかった事、悔いました。
どうしてマチネを見なかったのかと!そしてこんな後悔二度としないぞと!

そして思い返すのは劇中のこと。
手が届かないものほどまばゆい。
どんな思いにもこの作品はぴったり沿うのだなぁ。つまり普遍的ってこういうことなのだと実感しました。

千秋楽はキャスト変更によって公演実施が叶いました。とてもうれしくありがたく、安心した…。
けれど複雑な気持ちがあるのも本当で…
それでも観客に出来ることは作品を受け取ることだけだな、と明日は憂いなく精一杯観劇しようと心に決めました。

観劇5回目 千秋楽公演

そうして迎えた千秋楽
11/14 マチネ公演
昨晩から御目見していたシルバニアのリトル一座も千秋楽仕様に。

真ん中のエル・ガヨは
ヒロイン ルイーザ役豊原さんの手作り!

クリエにいた全員が万感の思いで迎えた千秋楽。
とにかく岡宮さんの声の出方がすごい!
『もうすぐ雨が降る』の最後『愛に包まれ』の声量たるや!劇場の空気がびりびり震えて余韻が残るような歌声!
この『もうすぐ雨が降る』のシーンは解釈に悩むところがあって(願望が強いけど)、
でもあくまでもナードでかわいいマットくん!
と思って油断してるわけですよ…優しくてかわいい歌だし。
怖さを感じる暇もなく死にました。
『みて 手が震えてる』を追体験するなど…
その後のかわゆ殺陣で盛り返しました。
その他1幕では
・初日で千秋楽のタンクルビーさんとのアドリブ
『父さん必死なんだからな!!!』
『大丈夫だよ!助かるからぁ!!!!』
に涙し、
・ついに叶った
 モーティマー(アンガ山根さん)と
 エルガヨによるジャンガジャンガ!!
に沸くなど…

2幕、マットとエルガヨによる『ぼくには見える』
では、いまにも殴り合わんばかりの迫力のハーモニー!!
ルイーザちゃんとのハーモニーの多幸感が耳に残る中でこの激しさ…
もちろん死にます。
そしていよいよ近づくフィナーレ、幸せで切ない時間の終わり。
『メタファー(リプライズ)』マットとルイーザの慈しみが会場を包み、エルガヨが語りかける『Try to remember』。
最後の最後に受け取ったのは深い慈しみのこころと、幸せな結末でした。
自分と向き合うきっかけを、作品との向き合い方を教えられたような特別な時間でした。

幸せな余韻のまま帰路へ…

ロング缶にみる安堵
わたしもおつかれ!!!


登場人物 紹介とラブレター

マット

ミュージカル『ファンタスティックス』公式サイト
キャストページより引用
この爽やかくん、冒頭の数分しか見られません

●君こそ 愛だ
マットくんへの想いはすごく複雑…
何が複雑って、マットくんの愛情のかけ方が推しに対するオタクの熱量そのもの!
鏡をみるようでさえあるのに、
ただ岡宮来夢こそが筆者のルイーザなの本当に…

もう最高で、苦しくて、情緒めちゃくちゃ。
マットくんにはシンパシー感じまくりなのも素直にかわいさだけを受け取れない要因でしょう…。
でも不思議と観劇回数を重ねるごとに、マットくんと岡宮さんは純粋なイコールにはならなくなっていきました。
マットくんはあくまでかわいく幼く頼りなく、嬉しそうで幸せそうで…そして時々岡宮来夢。
抗えない!!!!だって君こそ愛なんだから!! 

●マットの紹介
エル・ガヨ、曰くルイーザと『ほとんど同じ』。ルイーザのこととなると『馬鹿になってしまう』し、それを『みっともない』とこの上なく幸せそうに語る姿の愛おしい。
ロマンチックな言葉を惜しみなく並べて、ルイーザがどんなに素晴らしいか伝える姿はさながら詩人のよう。もちろん自分を勇敢だと確信しているし、大人で、世界の全てを知っていると疑わない。 『世界はすべて僕の夢』『僕のためにある』

しかし、1幕でルイーザを拐おうとした男たちになんとか立ち向かうが、とどめを刺す度胸はない。 
2幕ではやっと結ばれたルイーザと『結婚する覚悟はまだ無い』し、父親たちの策略に気付くことはなく彼らを馬鹿だと笑う。 
全てを明かされれば拗ね、励まそうとするルイーザを傷つける(『すべての原因がわかった きみは幼い』『塗りたくった白粉の下にそばかすが見えてる』)。 
本当の彼の姿は16歳のルイーザよりも幼く、頼りなく見える。

ルイーザに別れを告げた彼は、怪しげな男たちに唆されて世界を見るため旅に出る。 
そこで数多の困難に遭い、傷つき、挫折してようやくルイーザの元に帰りつく。 
1幕と同じ言葉でルイーザに愛を歌うのは恋に浮かれた青年ではない。 
世界の真実と己とを知り、歌いかける愛は真摯で慈しみに満ち、まっすぐルイーザに届く。 
そうして2人は慈しみ合う恋人同士になる。 

●リリカルで内向的で…愚かさが魅力
マットの浮かれぶりは愚かで愛らしく、リリカルでロマンチック! 
生物学を学ぶ学生がこんなに詩的な才能に恵まれるものだろうか。 
楽曲『メタファー』の豊かな語彙!
うっとりせずにいられます⁇⁇
『君は炎、水、海、山、月、星…』 
『君はポラリス 揺るがない僕の星』
とこんなに例えておいて!
『君こそ愛だ ほかに例えようもない』 
金言です。
そうだよ言葉を重ねてもきみの素晴らしさに見合うメタファーなんて『愛』以外にないよ…

演じる岡宮来夢さんのお芝居が絶品!恋の喜びに蕩ける笑顔!ときめきに弾む声!ロマンチックなメタファーを紡ぐためにあるかのような甘い歌声!!! 
ただ、マットは垢抜けない幼げなところのある青年。メガネを上げる仕草や盛んにベルトに手をかける動作は落ち着きなく表情はあくまでも締まりがない。
そして彼はどんな場面でもマットは全力で恋を謳歌している。ハックルビーの自己紹介のうしろで、ルイーザからのキスを反芻する仕草!!
(美しいキス顔!だったはずです、10月末は…11月半ばにはヤバい感じになっていて笑いました。どこからの学び⁇)
そして父親の目を盗んで視線を交わし合う仕草の!!『小鳥が苦しんでる!』と叫ぶ(小鳥とはもちろんルイーザのこと)口許に添える手の!!!愛らしさ!!!

なんと恐ろしい事に、1幕のマットの浮かれぶりは筆者の岡宮さんへの浮かれぶりと寸分違わない。 
わたしにマットの爪の先ほどでも詩の才能があれば、もっとロマンチックに岡宮さんを讃えられたのに…それは叶いません(双騎リスペクト) 
マット筆者の姿に重なるが、筆者のルイーザこそ岡宮さんなわけで………… 

マットもルイーザも、恋に一生懸命でかわいく眩く尊い。それは彼らがミュージカル『ファンタスティックス』の中に生きているから。
…現実にいきる筆者がシンパシーを感じるの、問題ありすぎませんか?
現実は美しくも愛おしくもないのですから。

しかし、いまそんな愚かさに向き合っている場合じゃない!!!腹を据えろ!気を散らすな!!!(双騎リスペクト) 
結果、観劇3回目でやっと色々飲み込めました。
マットくんと岡宮さん、マットくんと筆者自身を切り離せるように…。『Try to remember』した甲斐があったというものです。


●マットの幼さと身勝手
マットは幼い青年である、ゆえに自分本位。
そして『あのこが現れた』ことで自分が『どうかしている』し『みっともない』状態にあると感じているから、常にルイーザを巻き込んで、振り回している。

ルイーザから向けられる感情には無頓着。
『君こそ愛だ』に『わたしこそが愛よ』と返されて傷つかない。
ルイーザが恋に恋しているのと同じように、マットも自分が恋をすることに夢中で、ルイーザを思いやることが出来ていない。
そして、思い描いていた理想の自分と僅かに見えた現実との乖離の『すべての原因』をルイーザに押しつけて、身勝手に別れを告げ旅を選ぶ。
幼さこそマットの魅力で、同時に愚かさであり…

●審議『もうすぐ雨が降る』
このシーンでは、いつもと違う逢瀬に戸惑い震えるルイーザに『怖がらないで』とリードを見せる。が、その実『僕も震えてる』。

このシーン、観劇4回目から解釈が揺れました。
マット、シリアスになってしまわないようにおどけてるんじゃない?ルイーザを怖がらせないために…。と思っていたんです!!
そうだったらめっちゃ好き!自分本位の幼いマットくんが見せる、貴重な大人の気遣い!!
というのもこのシーンの
『怖がらないで お願いだ』、とルイーザの手を取るマットくん3回目観劇時点までバチイケメンだったんですよ!年齢並みの…というか岡宮さんのメンタリティという感じで!!ゆえにめっちゃ怖かった!内向的な青年と油断してるところ、急に岡宮来夢になると怖いです!!!
それが4回目、5回目と回が重なると、
あ…内向的な表情してるな…と気が付いて…
このシーンお芝居変わりましたか?
かといってここだけ大人を見せるのもキャラクターの軸がブレる気もするし、素直に受け取れば良いのだろう………でも!!諦めきれない!
マットくんのギャップを怖がりたいから!!
大人の気遣いワンチャンください!

●決闘と旅立ち
そして、エルガヨとの決闘で見事な敗北を期す。(へっぴり腰で剣を避けるのが精一杯…のはずが避け方の速度!!太刀筋見えちゃってる!!!鮮やかすぎる!!!) 
エルガヨと言葉を交わすルイーザを見る視線!!傷ついて拗ねた子供そのもの!!!頼りなくて甘えが見える絶妙な睨み!
それは「陰」そのもの!!多分岡宮さんの引き出しにはない性質で、それをここまで作り上げた力量の凄まじさ…
可愛さに咽び泣く観客を尻目に、マットはルイーザを傷つけます。『君は幼い!』『そばかすがある!』なんて幼稚な悪口!そして『そばかすがある』の時の表情の憎たらしいこと!かわいらしいこと!!!前述のとおり、身勝手なのに絶対に憎めないのが悔しい。

そして世界を知るべく放浪の旅に出る。世界は自分のためにあるはずと疑わない。『僕のためにある』世界を『燃える瞳』で見つめている。見据える視線の強いこと!!エルガヨと戦うように歌い合う声の迫力!

ただ、マットは世界の広さも自分の力量も測りきれない無鉄砲な、大人のつもりの子供。
純粋で愚かゆえの輝き。
ともすれば愚かさが悪目立ちしそうなところだ。岡宮さんが持ち前のキュートさを遺憾無く発揮することで、愚かさこそを魅力に昇華させていると思います。
それにさ?顔面が岡宮来夢だからさ⁇
許せるよね!全てを!!

●おとなになる、ということ
仲間と飲んでいた酒に薬物が!訳の分からないうちに財布をスられる!!賭け事をしてみる!が、もちろんイカサマ!!そして人妻を誘惑してみる!(⁈⁈⁈⁈)更に花火に巻き込まれて炎に包まれる、鞭打たれ投獄される、謎の修行で針山に座らされる………など、そんなめちゃくちゃな困難あるか⁇と流石に動揺を耐えられません。
そもそもこのシーンは、照明や音楽も常軌を逸した演出で空想と現実の狭間のよう。
(ディズニーアニメ ダンボのトリップシーンみたいな…常軌を逸していて不安になる)
ゆえに解釈が難しい…。 これはエルガヨとルイーザの心象風景⁇でもマットくん、物理でボロボロになっとるしね…

ともかく、世界の真実に直面したマットは幼さと決別する。 チャーミングだったメガネを外し、ボロボロのコートをまとい、腫れた目をしてルイーザの元に帰りつく。 
そして改めて愛を歌う。『君がいれば ほかには何もいらない』『君こそ愛だ ほかに例えようもない』。幼げな青年は、瞬く間に大人の男に成長した。 

幼げで愚かで純粋な青年を心から愛していたから、急に大人になってしまった事が寂しくて悲しい。あんな幸せな笑顔を、夢に燃える瞳を他に知らないから。手放してしまったら、同じ輝きは二度と戻らないとわかるから。


それはそれとして、大人になったマットも大変に魅力的です!
ルイーザを見つめる美しい横顔、落ち着いた声色で語る旅の顛末。 
慈しみに満ちた歌声、視線に乗せる決意、重ねる手のやさしさ。 
そして、『泣くようなことじゃないよ』と慰める声には優しいだけではない気配がある。少しの痛み、あるいは悲しみが滲んでいるように思える。大人になるために、幼さを削ぎ落とすために、何を払ったのか。 
さまざまな想像をかき立てる、余白を感じる絶妙なお芝居。 

複雑な余韻を残して、物語は終わる。 
いうて、大人なんて
少なくともわたしの手に残ったのは幸せとあたたかさだけではなかったのでした。
ここまで感じ入ることが出来たのも、向き合う事が出来たのも、全ては岡宮さんがマットを演じられたから。感謝………!!!! 
なのにもう会えないの⁇内向的でかわいい、愚かさこそが眩い魅力のマットくんに!!!
再演してください!!!!!

ルイーザ

ミュージカル『ファンタスティックス』公式サイト 
キャストページより引用

●完全無敵の夢見る少女
ルイーザちゃんかわいすぎてかわいすぎて…… 
正直推しのロマンスにビクつかないでもなかったんだけど(ガチ恋でないにしろ同じ写真集40冊以上買うくらいだから…ねぇ…)、完全に杞憂でした!!こんなに完璧な夢見る少女…というより「女の子」他に知らない!! 
以下ルイーザちゃんの魅力と、可愛さ語りです! 

● ルイーザの見る夢
ある朝めざめたら、わたしはわたしでなく、特別な女の子に生まれ変わっていた! 
特別なわたしには毎日驚くような素敵なことが起きて、いつか王子様が迎えに来る… 
印象的な冒頭の台詞 
『神さま、どうかわたしを普通の子にしないで』 

夢見る16歳の少女にとって、隣家の青年との恋は想われる事、愛の詩を捧げられる事。 
1幕のルイーザは秘密に惹かれ、恋する自分に恋をしている幸せな少女。 
2幕冒頭、陽の下で会うマットに『もっと背が高いと思っていた』『昨日まではお気に入りだった』と感じる素直さも持っている。 
素直な少女であるから、悪く強い男に当然惹かれる。1幕で自らを拐おうとしたエル・ガヨに2幕では世界に連れ出して欲しいと懇願する。そして世界の広さとその怖さを垣間見、傷ついたマットと再会する。 
1幕で『君こそ愛だ』と歌いかけられて『私こそが愛よ』と応えた少女は2幕で『あなたが愛よ』と愛を返す。 

●自分本位…だけど身勝手でない
夢見る姿があまりにも可愛らしく魅力的で、成長の名の下にその輝きが失われてしまったなら…と、その残酷さにやりきれなさが募ります。
しかし夢見る少女は冒頭から『Just once 大人になる前に』と歌います。夢はいつか終わると気付いていて、少女時代を謳歌しようとしている。夢と現実の狭間のバランスが絶妙。 
この、夢と現実の狭間、少女と女性の狭間にいるルイーザは随所で魅力を発揮しています。
『昨日までお気に入りだった』マットへの気遣い、(努めて恋を保とうとする健気さ!)
『わたしの悪い人』エルガヨへの距離の取り方(最終的には『連れて行って』だけど、マットの関係を終えてから)
自分本位ではあるけど、そこに身勝手さは感じられないバランス。
そもそも16歳の誕生日に、『はじめて自分を美しいと思い』『狂ってしまう』まえのルイーザだって彼女の中にいたはずで…もし、無意識の中で夢見る16歳の少女を律していたのがより幼い15歳の少女だったとしたら…それはあんまり切なすぎ…

●マットとの対比とヘンリーとの対比
マットが『あのこがあらわれた』ことで正気を失ったのとは対照的に、ルイーザは自分のに狂ってしまった。
あくまでも自分自身の中で完結しているから、他者を巻き込むことがない。マットから感じられる身勝手さがルイーザにはないのだと思います。

ヘンリーとルイーザが対照的になるのが、
エルガヨが用意した『恋人のための』偽物の月に対する思い。
両者ともそれが偽物とわかっている。
その月を『要らない』と断じられるルイーザは、やはり挫折を知らない真っ直ぐな輝きを持っている。それはエルガヨにガラスの宝石の価値を問われ『ガラスはガラスよ』と答えるシーンも同様。
幼さに裏打ちされた純粋さ。
偽物の月に愛しげに手を伸ばすヘンリーの切ない姿とは対照的だ。(ヘンリーについては後述します。マットくんに次ぐ激重感情があるので…)

マットより大人、だけど当然ヘンリーやエルガヨよりはるかにこどものルイーザ…。
あまりに丁寧に作り上げられていて、公式からルイーザちゃんへの激重感情を感じざるを得ませんね!わかる…大事にしたいよねこのバランス…

● 聡明な、圧倒的夢見る少女
ここまでルイーザちゃんの只者でなさを連ねてきたわけですが、それでもルイーザちゃんの夢見る少女力は圧倒的!
それは演じる、豊原江理佳さんのお芝居と歌声の凄まじいパワーによるもの!
豊かな声量、そしてとんでもない高音を、とんでもない精緻さでコントロール。
夢見るような楽曲に乗せた生楽器とのハーモニーが奏でられ…
そうなれば観客全員が特別な女の子、ルイーザちゃんに恋をするしかありません。
ほんっっとに歌声が素晴らしい!あの素晴らしさは劇場で圧倒されてこそ!!
どうかまたお会いできますように!

ヘンリーとモーティマー

ミュージカル『ファンタスティックス』
公式サイト キャストページより引用
ミュージカル『ファンタスティックス』公式サイト
キャストページより引用

岡宮来夢見に行って、ヘンリーが鬼刺さることある⁇⁇ほんとに⁇しかし彼こそがこの『ファンタスティックス』作中で、もっともファンタスティックに生きている人と確信があります。
マットくんにシンパシー感じると前述しましたが、ヘンリーには将来の筆者の姿が見えます。

●流浪の役者たち
ヘンリーはシェイクスピアをこよなく愛していてら老いた容姿に本人曰く浮浪者のボロ着を纏っている。 
かつての栄光の証である、新聞の切り抜きとどんな役でもこなす為のかつらや衣装と共に旅をしている。 
モーティマーは40年間死ぬ役専門の役者。 
ヘンリーの唯一残った役者仲間で、我が道をゆくヘンリーに寄り添いつつ見事な死に様を披露する。 
ふたりはルイーザをさらう悪漢を見事にこなし、マットを世界に連れ出す。そしてマットが大人になる為に様々な困難を演じる。 

ファンタスティックスな彼ら
喪失と成長の物語『ファンタスティックス』において、彼らは、特にヘンリーは容貌以上に異彩を放っています。
数多の困難と挫折を知ってなお夢を、あるいは一種の愚かさを喪失していません。
その夢を見続ける彼らこそ、
筆者にとって救いで希望で覚悟でもありました。
かつて手にした栄光の象徴、新聞の切り抜きの切きとシェイクスピアを道連れに旅をする強さと勇敢さ!
もちろん彼らの魅力はそれだけではありません。素直に可愛らししくおもしろく、優しく、それでいてすこし物悲しい。絶妙なバランス衣装も相まって、『ファンタスティックス』のサーカス風のセットに一番相応しいと感じます。

ヘンリー役の青山さんのお芝居こそ筆舌に尽くし難く、素晴らしい、なんてわたしがいうのはおこがましく、でもなんといえばふさわしいのか…
(でも言いたいのが発声!例えるならサンタさんみたいなまぁるい声なのに明瞭で声圧がすごい!!)
あくまでも可愛いおじいちゃん。そこにわずかに滲ませる悲しさと底の知れなさ。

如実に現れるのは、エル・ガヨが恋人たちにあげた月に焦がれる姿の切なさ。それに大切な大切な新聞の切り抜き… 
過酷な旅路を想像して胸が苦しくなります。
そして、やっぱりその強さに憧れと敬意を持たずにいられません。

そこに寄り添うモーティマーが(アンガールズの山根さん!!!)がまた絶妙なバランスで寄り添っているのが印象的です。
あくまで自然体、肩肘を張らない気楽さは、過酷な旅を行くヘンリーの救いでしょう。
また、とめどない超絶技巧をもつ俳優陣の演技を浴び続けた観客の緊張も、その穏やかさでほぐれて軽くなります。
ただ忘れてはならないのは、モーティマーもまた夢を見続けるファンタスティックスな存在であるということ。 
いつか、栄光を手にした彼らにあえますように!

ベロミーとハックルビー


大人…だけどお茶目なふたり
大人だっておとなになりきれたりしないよね

ミュージカル『ファンタスティックス』公式サイト
キャストページより引用
ルイーザの父


ミュージカル『ファンタスティックス』公式サイト
キャストページより引用
マットの父


●ふたりがはじめた物語
ベロミーはルイーザの父親。夢見る娘を諌める言葉は優しく、(『わたしは王女!』『いいや ボタン屋の娘だよ』)野菜を愛する紳士。園芸信条は水をたっぷりあげること。 
ハックルビーはマットの父親。夢見る息子を諌める言葉は辛辣、(『大間抜け!』)野菜を愛する皮肉屋。園芸信条は水をやり過ぎるのはやらないより良くない! 

正反対の2人は子供たちを結婚させるために、仲違いを演じている。 
夜更け子どもたちの目を盗んで、壁越しに秘密の友情を交わす。しかしその友情は秘密を失って色褪せてしまう。 
子供たちからの嘲笑に耐えかねたハックルビーは、全ての顛末をぶちまけて友情も恋愛も御破算となってしまう。 
そうして迎える寒い秋の夜、子供たちの現状を報告しあう。そして改めて意気投合する。『大根を植えたら大根がとれる』『でも子供はそうはいかない』『野菜は裏切らない』『野菜があればなにもいらない』。 
そうして改めて築かれた壁の上、ふたりはポーカーに興じるのであった。

つい知りたくなる関係性
ベロミーはボタン屋、ハックルビーは海軍の退役軍人。友情が先か、隣人となったのが先かはわからないけど…すごない⁇⁈関係性がエモすぎるでしょ!! 
そして母親不在のこの作品において、優しいベロミーはどことなく母親に、厳しいハックルビーは父親と思えなくもない。なんか…やっぱりすごくないですか⁇

そうしてすごいのはふたりのバランスも! 
ベロミー演ずる今さんは劇団四季でご活躍された泣く子も聞き惚れる美声、スタイル抜群で甘いお顔立ち、すてきなおじさまを絵に描いたよう。 
ハックルビー演ずる斎藤さん…トレンディエンジェル斎藤さん!!!!容姿もお芝居もなんともチャーミングでどことなくコミカル。ハックルビーは辛辣な皮肉屋なのに(しかもベロミーの大切な金柑の実をふみつぶしたり、大人気なくひどい!)、不思議と嫌な感じがなく可愛らしい人柄。そして歌声のよく通ること!レミゼをはじめ名作にもご出演と知っていたけどこんなに歌える方だったのかと、失礼ながら大変驚きました!斎藤さんでないと表現できない役の魅力が多分にある、唯一無二の俳優さんなんだとわかりました。『大間抜け!』の言い方大好き!! 
(白状すればキャスト発表の時大分えっっっ、てなりました)

そうして、『野菜があればなにもいらない』に行き着くまでのふたりの道のり。もちろん野菜を愛することは素晴らしいし、諦念に結びつくはずもないけれど、子供たちが『きみがいれば』『あながいれば』『他にはなにもいらない』と歌うのとあまりに対照的。成長とその為の喪失を描く『ファンタスティックス』であるから、どうしても気にかかってしまいます。彼らにとっての妻の不在と関係があるのか、なにか他の喪失や挫折があったのでしょうか…。

かといってふたりが完璧な大人でないのがまた魅力的です。こどもを思い通りに動かそうとするし、秘密にときめいたり、癇癪をおこしたり…

ともかく、せっかく再構築できた友情なのだからお互いの園芸信条を尊重しつつ楽しく過ごしてほしいですね。

そして!大切な大切なもう1人のハックルビー!
丹宗立峰さんの演じられたハックルビーは退役軍人にすごく説得力のある風貌に、厳格な声!このお父さんに物申せるマットくんすごいぞ!
でも、もちろんお茶目さもたっぷりで笑顔かかわいい!
斉藤さんのハックルビーとはまた違う魅力溢れるハックルビーを見られて、俳優さんの凄さを実感しました!!

エル・ガヨとミュート

ミュージカル『ファンタスティックス』公式サイト
キャストページより引用
ミュージカル『ファンタスティックス』公式サイト
キャストページより引用

●ストーリテラーのふたり
ミュートは解釈がむずかしい…そしてファンタスティックスに欠かすことが出来ない。 
エル・ガヨには解釈などいらない!あるがまま受け取るべき!!だってエル・ガヨだよ⁇⁈もちろんファンタスティックスに欠かすことが出来ない。 

●ミュート
黙者。あるときは壁、ある時は大工… 
ただ優しい微笑みを湛えてそこにいる。 
例えるなら「具現化した雰囲気」か。 
海外ミュージカルならではの役どころ。 
エリザベートのトートが「死神」ではなく「死」の概念そのものであるように。 

なんと開演前にステージ上にいらっしゃいます。
そしてそこから『ファンタスティックス』の雰囲気を作り上げていく…。
色々な狭間を描く本作を、優しくあたたかい雰囲気へ傾けるバランサー。 

セリフのないこの役を務められる植田さんの凄み。コンテンポラリーダンスで培われた表現力を垣間見させていただき、演劇のもつ底知れぬ奥深さと力強さに触れた思いです。
色々な表現と技術があって、心を打つのに必ずしも言葉はいらないんだなぁ… 
ただ、ミュートの真の魅力に触れたいなら、きっと観客にも演劇の教養が必要なのだろうと思います。 
自らの底の浅さが口惜しい… 

●エル・ガヨ
正体不明の男。『何を払うか次第で』依頼を叶えてくれる。父親たちは大金を払い、『ファーストクラスの誘拐』を依頼する。 
本作のストーリーテラーで、『さぁ 思い出に浸ろうよ』と観客に歌いかける。 
剣の腕が立ち、聞き上手(聞き出し上手?)、誘導や誘惑もお手のもの。そして、ルイーザの『悪い人』。大抵の『大切なもの』を盗んだことがあって、世界の真実を知っている。 

姿、声、ふるまい、すべてが麗しい!ダンスも歌もお手のもの!! 
加えて大人の『悪い人』!! 
エル・ガヨに恋しない女の子は、あるいはかつて女の子だったひとがいないのは世の真理かも。
それもそのはず、演じる愛月さんは元宝塚男役スター。夢見る女の子ルイーザはもちろん、観客を夢中にさせることだって造作もありません。
ずるい、ずるすぎる、口髭でさえそこにあるべき自然さで似合ってしまいます。
『何を払うか次第だ』の『グラン・ジュテ』の瞬間、黒燕尾が見えた。あれ…ここ大劇場だったかな…。 

とにかく魅惑的で掴みどころないこの男こそが、マットのルイーザの関係を(ついでに父親たちの関係も)破綻させ再構築しました。
秘密のヴェールを脱いだ関係が色褪せること、手に入れれば飽きてしまうことを分かっていたから。困難の中で思い出すあたたかな安らぎを、与えられるのでなく求めなければ真実にならないと分かっていたから。 
至れり尽くせりの、まさに『ファーストクラス』!報酬に見合って余りある活躍!!! 

さて…そうなると知りたいのはエル・ガヨがエル・ガヨになるまでの道のりです。
困難も喪失も、成功も栄光も、苦さも甘さも知っているはずの彼だからさぞかし『ファンタスティックス』な物語になるでしょう。

そしてやっぱ理屈じゃなくかっっっっこええ〜〜〜〜!!! 
岡宮さん世界一かっこいいと公言して憚らないわたしだけど、マットってそうじゃないし「正しい観客」であろうとするならどうしても一歩引いてみなきゃなってなるじゃないですか?(そんなことないよ…)そこのかっこいい欲を満たしてくれるのがエル・ガヨ!!!!かっこいいって大騒ぎしても許される描かれ方!!! 
それに抗えんやん⁇かっこよさの奔流から!!!かっこいい〜〜かっこよさにありがとう!!!!

楽曲について

『楽曲全部難しい』と、折に触れ岡宮さんが仰っておられました。メロディーラインが一定でなく、かつそこに感情が大きく乗るのでそれは難しいよなぁと…
観客にとっては聴きごたえがものすごくありました!!
感想は前述の人物紹介と重複します…

♪思い出して
初見時はいい曲だなぁ〜くらいの感想でした。2回目でやっとこの曲が冒頭に位置する意味が分かり構成の妙に気がつきます。
狭間を描く作品のなかで、さまざまを繋ぐ力をもつこの楽曲。
『Try to remember 』は物語のプロローグであり、観客へのメッセージ。『さぁ思い出に浸ろうよ』の言葉通り、物語に自らを照らし合わせてしまうような、登場人物それぞれの心の動きを経験した事があると思い出させる曲。

♪メタファー
マットがルイーザに捧げる愛の歌。ルイーザがどんなに特別で、素晴らしい女の子かを豊かな比喩(メタファー)を用いて紡ぎます。
『君は水で炎で山で海で…』世界の素晴らしいもの、心が動くもの、全てが『君』。

そして行き着くのは、『君こそ愛だ ほかに例えようもない』。
ルイーザは『わたしこそが愛よ』と応えるが、マットはそれに構うことがない。それもそのはず『君』を僕が愛していることこそが重要。自分本位の愛(マットはその事に気付いていないだろうが)に『君』がなにを返してくれても、あるいは返してくれなくても構わないのだから。 

推し活ソングだ…こわい…。 
君を愛していることがしあわせで、盲目的で、自分本位。 
メタファーのマットの姿は、今の自分にぴったり重なってしまいます。曲の全てに共感が持てて、だからこそ鏡を見るように居心地が悪い。マットは恋に我を忘れた愚かな若者として描かれているんだから。 
ただ、『ファンタスティックス』は素敵なミュージカル。 
このシーンはどうしたってかわいく、リリカルでロマンチック。 
マットには素敵な音楽と詩、それに岡宮来夢の美しい容貌と甘く深い歌声、豊かな表現力がある。怖いものはなくて、恋するよろこびに満ちて、ひたむきで一生懸命で、眩く輝いている。あまにりも愛おしくて尊い。愚かさこそが愛おしさの根源で、マットを夢見みがちで魅力的な青年にしている。 
つまり無敵ですよね!視線の甘いこと!恋をするのが嬉しくて楽しくて…わたしもうれしい!たのしい!だいすき!!!言葉を尽くして愛を捧げる曲なんて最高〜〜〜〜幸せ!!!!そう!!君こそ愛だ!ほかに例えようもない!!!!! 

♪もうすぐ雨が降る
壁を挟まないはじめてのマットとルイーザの逢瀬
雨宿りを口実に過ごす夜
はじめての距離と、親の目を盗んでいることへの後ろめたさと高揚に震えながら
『止まないで このまま雨よ降れ 永遠に』と願う。この曲がまたリリカルで『木の枝でつくろう ふたりのお城』…かわいい!!!
秘密の逢瀬の歌だから生バンドの演奏も密やかでしっとりしていてとても素敵…
千秋楽、このかわいい歌であんな美声を浴びることになるなんて!!!最高でした!!

♪ハッピーエンド
1幕の終わりの曲。
全てが思い通りに進み、幸せの絶頂。
ここでマットが高らかに歌う『メタファー』の一節からあるれる喜び!
劇場は幸福に包まれて…物語は2幕へ向かう。
ハッピーエンドにはまだ遠い。

♪このプラムは熟れすぎた
『夜に素敵なものはそのうち飽きる』 
『昨日まではお気に入りだったのに』 
手の届かないうちは輝いていたのに、手に入れると途端に色褪せてしまったね。 
という歌。1幕のハッピーエンドから一転、あまりにも鋭く現実を突きつける。 
夢から覚めて、我に返ってしまう瞬間。 

推し活ソングだ…こわ…(2回目) 
どうしたってこんな経験あるはず。しかも長く生きていればそれも一度や二度ではないから、夢中になりながらも、同時にこの夢が覚めないようにと祈っているのに…。 

♪この道の向こうに
世界への野心に燃えるマットと、世界の厳しさを知るエルガヨの楽曲。
気弱な青年マットが見せる強い眼差し!
そしてエルガヨと競い合うような歌声!
『この世はすべて僕の夢 僕のためにある』
の確信に満ちたつよさ!希望しか知らない、無知を諌める声は届かない。『みつけだす』と心に決めたマットの真っ直ぐさと愚かさが輝く楽曲。
あと『聞こえる あのサイレン』のところ、
サイレンの音なんかしないのに、そんなふうに聴こえてくる不思議な音階で興味深かったです。

♪遠くの回転木馬
ルイーザの超絶技巧と、取りつく島のないエルガヨの優しげで冷たい歌声のハーモニー。
ひたすらに同じフレーズが続き、はじめはかわいらしいと思えたものがどんどん怖くなっていく。
『もう待てないの 連れ出して どこかに』
『見せてほしい 新しい世界を』
と夢見心地で歌うルイーザにエルガヨが語る世界…その世界の中で困難にあうマット…
ルイーザが正気に帰るたび、エルガヨは優しく夢に引き戻し、気を失うまで踊り明かす…
(ここの解釈ですが…やっぱり寝物語ですか…⁇かわいい物語にこんなことって…ひねくれてますかね…でもそのあとマットに謝るのも、それを許されるのも…ねぇ)

♪メタファー(リプライズ)
マットの『君こそ愛だ』に、ルイーザが『あなたこそが愛よ』と応える。 
それぞれに挫折し、成長したふたりは慈しみあう本当の恋人になる。 

マットはとんでもない困難(飲酒・薬物・スリ・賭博に投獄・鞭打ちに針のむしろに座らされ…1ヶ月の間にそんなことある⁇現実に起こってたこと⁇なんでルイーザは見られてたの⁇えっ人妻誘惑したとこみてないんだけど!そこ重要やろ!)を経験して大人に近付きルイーザの愛を得る。 
愚かで眩い輝きを放つ青年はもういない。あまりにも愛しく尊く、かけがいのない存在であったから、取り返しのつかない喪失に思えて寂しい。 

そして1幕で鏡だと思えたマットの姿はもうない。彼は愚かさを脱ぎ捨て、本当のおとなに近づいたのだから。
得たものはもちろんかけがえがない、でも失ったものも二度と戻らないかけがえのないものだったから、この曲を幸せだけでは語れません。
切なくて、苦しい、その上で幸せな曲です。

おわりに


ミュージカル『ファンタスティックス』は
観客に語りかける作品です。
だから、かわいく、いとおしく、切ない…だけで終わるかどうかは受け取る観客次第。
同じ人が繰り返し見たとしても、見え方はその時々で変わるもの。
どうか、どうか、またこの作品と向き合えますように。



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