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英文解釈演習室(2024年6月号課題)


訳文づくりで考えたこと

提出した訳文

 移住ってものがさ、僕の知ってたジャマイカ人のほとんどにとって、たんに身の安全を確保するだけの手段ってことはなかった。仲間たちの多くは身内をたよってアメリカ、カナダ、イギリスの都市部にまで出てきたけど、そこにあったのは貧困だったね。ほかにあったのは健康格差とか見果てぬ夢くらいかな。それでも、こんなことで彼らは移ろい、求め、望むことをやめたりはしなかったんだよ。うちのママだってそうさ、前に移住で気落ちしたものだけど、それでも捜しもとめつづけていたものさ。暴力や不平等のない人生とか、鳥のさえずりと地域猫にあふれた生活とか。岸辺に絶え間なく打ち寄せる波音と、あらゆるものに霊魂が宿ってるような感覚。破滅を預言する暴風雨じゃなくて、誕生日を想起させる慈雨。そして、語りつがれる歴史なんかをね。カリフォルニアでの隠居生活はむしろ僕の描いた夢だったけど、ママのほうが世間のなんたるかを痛いほどわかっていたよ。ジャマイカで冷蔵庫を直すことの難しさ、銃口を突きつけられる怖ろしさ、仕事での大成功にむかって身を投じていく息子のこと、とかさ。今のところ、ママはじぶんが歩んできたものよりも良い人生を探しつづけている。それがどんなものになるか、どこで見つけるかも僕にはわからない。でも、本人が見つけたときには、きっとわかるはずだ、って僕は信じている。

課題文:Elias Rodriques, "Mother Country"
出題者:筒井正明先生

全体の感想など

 今回の課題文は1文あたりがながめだなという印象でした。文構造がこみいってるところはあまりなかったようにおもいます。
 筒井先生回でもA+をとってみたいので、今回は構造をきちんととらえて訳すのはもちろんのこと、日本語としての「文体」も意識して訳してみました。文中に"Mom"という単語があることから一人称は「僕」にして、全体的に「青臭さ」がのこる小説のような語り口をめざしました。

序盤2センテンス

・Migration has never been a simple means of finding safety for most of the Jamaicans I have known, many of whom followed relatives to cities in the US, Canada, and the UK, where they found poverty, to say nothing of health disparities and unfulfilled ambitions.
 1文目からながいですが、3つくらいにわけてかんがえます。まずははじめのカンマまで。
 "Migration"という主語を「移住は[が]」ではなく「移住ってものがさ」と語りかけるような話題の切り出し方にすることで、今回の訳文全体のトーンを予告するようにしました。
 "a simple means of 〜"の"simple"は形容詞ですが「〜の単純な方法」と直訳してもカタイので「たんに」と副詞的に訳しました。
 "I have known"は形容詞節として直前の"the Jamaicans"を制限しています。さらにそのうしろにつづく"many of whom"は二重限定……だとおもったのですが、カンマがあるので非制限用法でしょうか? てもちの文法書ではにたような例文はみつかりませんでした。

Migration has never been a simple means of finding safety for most of the Jamaicans I have known, many of whom followed relatives to cities in the US, Canada, and the UK, where they found poverty, to say nothing of health disparities and unfulfilled ambitions.
 "many of A"は「多くのA」ではなく「Aの多く」ですね。"whom"の中身をそのまま取りだすと"most of the Jamaicans I have known"ですが、ここでは「仲間」と訳してみました。
 "follow"をウィズダム英和でひくと
――follow A to the study(Aの後をついて書斎まで行く)
 Linda followed her husband to Chicago.(リンダは夫の後を追い, シカゴで合流した.)――
 という例文があったので、これを参考に「身内をたよって〜にまで出てきた」と訳しました。
 "where"は関係副詞ですね。カンマがあって長いので、そのまま訳しさげました。"to say nothing of A"は「Aは言うまでもなく」ですが、このAにあたる部分とその前にある部分とではどちらがより重要なのでしょうか。かるくしらべてみましたが、いまいちわからなかったのです。
 "health disparities"は「健康格差」らしいのでそのまま訳語に採用しました。"unfulfilled ambitions"は直訳すると「果たされなかった野望」となるでしょうが、日本語としてのすわりのよさを優先して「見果てぬ夢」にしました。

・ This didn't stop them from moving, searching, and hoping.
 前文の内容をふまえてこの文の意味をかんがえると、あいだにbutがあるようにかんじられたので「それでも」という語をたしました。"This"は前の内容全体を指していますね。

中盤1センテンス

・Mom had been disappointed by moves before, but she still kept seeking a life free from violence and inequality, a life filled with birdsong and wandering cats, the steady clapping of waves on the shore and the sensation of spirits all around her, rain that announced her birthday without prophesying destruction, and a history that spoke to her.
 ここも文意的にalsoやtooがあるようにかんじられたので"Mom"を「うちのママだってそうさ」というふうに訳しました。これでここから話題がママに
切り替わるのもわかりやすくなったかとおもいます。目的語の羅列が長いので"still kept seeking"でいったん区切りました。

Mom had been disappointed by moves before, but she still kept seekinga life free from violence and inequality, a life filled with birdsong and wandering cats, the steady clapping of waves on the shore and the sensation of spirits all around her, rain that announced her birthday without prophesying destruction, and a history that spoke to her.
 ここからの羅列は切れ目がややわかりにくいですが、① a life free from〜、② a life filled with〜、③ the steady clapping 〜 and the sensation 〜、④ rain〜、⑤ a history〜の5つが目的語ですね。それぞれ直訳してもピンとこないので、ここは採点ポイントになっているとおもいます。
 ①と②がおなじ"a life"ではじまることからもしかして言い換えか?とおもいましたが、5つある目的語のうちここだけ言い換えなのはバランスがわるいので、ふつうに訳しました。
 ②"wandering cats"は、かわいそうなイメージのあるstray cats(さまよえる猫→野良猫)とはちがうはずです。日本語でいう「地域猫」にちかいのではないでしょうか。「地域猫」を英語でいうと"community cats"だそうです。
 ③"the sensation of spirits all around her"というのは、アニミズム的な感覚ではないかと想像しました。
 ④"rain that announced her birthday without prophesying destruction"とはどんな雨のことでしょうか。しらべてみるとジャマイカの年間降水量は低めで「雨季は5〜6月と10〜11月の2回訪れ、夏の終わりにはハリケーンの到来も多い」とのこと。ということは、ママはこのハリケーンのおおい月に生まれたのではないでしょうか。そのくらいの季節には、神の怒りをかんじるくらいひどい雨がふることもあれば、命の芽吹きをかんじるようなやさしい雨がふるときもあるのでしょう。「破滅を預言する暴風雨」「誕生日を想起させる慈雨」というふうに対比させて訳しました。
 ⑤"a history that spoke to her"とはなんでしょうか。「彼女に話した歴史」? いろいろ想像をめぐらせているうちに「口承文芸」というキーワードが頭にうかびました。文字ベースではなく口頭で伝えられてきた物語のことで、神話や寓話のほか、伝説(歴史)などもふくまれます。そういうことを頭の片隅におきつつ「語りつがれる歴史」と訳してみました。

終盤4センテンス

・ Retirement in California was a fantasy more mine than hers;
 あまりふかくかんがえずに「カリフォルニアでの隠居生活は、彼女のものより私の幻想である」というような意味でとらえました。しかし、よくかんがえるとこの S ② nC にmore X than Yが形容詞句としてnCにかかってるような構造は、かなりめずらしいように感じます。もしかしてジャマイカ英語特有の書き方だったりするのでしょうか?
 文末にセミコロンがありますが、石井隆之『英語のスタイルブック』クロスメディアランゲージによると「セミコロンは独立した2つの文を結びつけ、その関係を強調」します。2つの文の関係は、理由、原因、手段、説明、対比、議論発展があるそうですが、ここでは僕の"a fantasy"とママの"the ways of the world"の「対比」でしょうか。

・she knew well the ways of the world, the difficulty of getting a fridge fixed in Jamaica, the fear of being held up at gunpoint, a son drifting away into professional American dreaming.
 "well"は「痛いほど」と訳してみました。"the ways of the world"はさまざまな訳し方がかんがえられますが、とりあえず「世間のなんたるか」としてみました。
 "the difficulty 〜"、"the fear 〜"、"a son 〜"は同格ですね。
 "hold up"にはいくつかの意味がありますが"the fear"と"gunpoint"という単語があることから状況はわかりますね。
 "a son drifting away into professional American dreaming"はすこしむずかしいですね。"drifring"が現在分詞の形容詞用法で"a son"にかかっているはず。"American dreaming"は「アメリカンドリーム」なのでしょうが、なぜ最後がing形になっているのでしょう。検索するとそういう曲があるみたいなので、特に気にしなくていいところでしょうか。直前の"professional"は「職業の、専門的な」という形容詞なのでアメリカンドリームにかけて「仕事での大成功」と訳しました。"drift away into 〜"はズバリの表現が辞書になかったですが、家族と疎遠になりながら企業戦士のように粉骨砕身ではたらく姿が目にうかびました。「にむかって身を投じていく」と訳しました。

・ For now, she's searching for some other, better life than the one she has found.
 ここは素直に訳をとりました。"one"はlifeの代名詞ですね。 

・I don't know what that will look like or where she'll find it, but I trust that she'll recognize it when she does.
 ここも素直に訳をとりました。"does"はfindの代動詞ですね。


他の訳文との読み比べ

※6月下旬ごろ追記予定


成績・講評をうけて

※7月下旬ごろ追記予定

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