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第二章 大阪城外ホームランその3

 夜に大阪城地下に忍び込んだ三人は、あの石垣の場所へ進んだ。
「大阪城に忍び込むなんて、なかなか泥棒としては大仕事やな」
チビは少し得意げだ。
 それを聞いてテツはご先祖様との因果を感じていた。
ーあんたが忍びこんだ逢坂城、今俺も入ってるで。
 懐中電灯で石垣を照らす。かんざしを取り出し、昼間と同じように差し込む。ゴゴゴゴという音だけが、気になるが警備員が来る様子はない。
 石垣は振動し、やがて人一人分くらいの大きさの長方形のカタチに奥へとへこんでいく。へこんだ石垣は数メートルでピタリと一旦動きを止め、今度は右へスライドするように動いて、動いていない部分の石垣の後ろへ見えなくなった。
 そこには奥へと続く真っ暗な通路があった。
「やったあった!埋蔵金への道!」
マルが予感的中とばかりに嬉しそうに声をだす。チビが神経質そうに「しーっ」と自分の口に人差し指をあてる。
 テツは懐中電灯を取り出して奥へ向かって光を投げかけてみる。暗すぎるのか、はたまた道が長過ぎるのか、光は奥まで届かない。テツは何も言わず歩き出す。いつだってそうだ。仕事の時は極力声を出さない。チビとマルとなら、声を出さなくても目だけで話せる。そんな信頼があった。
 奥まで歩くと、道は右側へ曲がる。しばらく行くと扉があった。木で出来た古そうな扉だ。鍵穴はなかった。
「なんや、鍵は任しとけ言おうと思たのに。拍子抜けやな。つうかお城やのに無防備や」
チビが言う。少し興奮しているようだ。こんな体験はなかなか出来ないのだから当然だろう。
 ギギギとそれっぽい音をたてて扉が開く。中は真っ暗だ。懐中電灯で照らしながら壁に沿って歩く。角にロウソク立てがあった。
「おい、マッチかライター」
テツが手を出すと、慌ててチビがマッチを渡す。火をつけ、ロウソク立てのロウソクに灯す。少しだけ明るくなった。
 どうやらそこは小さな部屋だった。四隅にロウソク立てがある。チビがテツからマッチを受け取ると、他の三カ所にも火を灯した。四畳半くらいの場所だ。
 そして
 これ見よがしに部屋の真ん中には、箱が置いてあった。
「こ、これ」
「ま、まさかホンマに」
テツは何も言わない。そっと近づき箱のふたに手をかける。木の箱で、しかも年代物。かんざしや扉同様、慎重に開ける。
「あ」
聞こえるか聞こえないか、そんな小さな声をあげたテツ。しばらく動けない。何があったのか、聞きたいと思いつつ何となく聞けず、チビとマルはじっと待った。
 やがてそっと中身を出した。バットとボールとグローブ。古いものではあるらしいが、さすがに豊臣秀吉の時代にそんなものは日本にないだろう。
「え?」チビもそれを見て混乱している。
「こんな時代から野球あったんか」マルが真剣な顔できく。
「アホ、これは…俺の子供の頃使ってたやつや」
「え!?」
「ここに名前書いたある」
バットのグリップ辺りに汚い字で、テツオとある。
「何で?どういう事?テツここ来たことあるんか?」
チビが声のボリュームをあげると、狭い部屋に響き渡る。
「声、でかいわ。響いて何言うてるかわからん。とりあえずここ出よ。外で説明するわ」
なんだかいつも以上に言葉少ななテツ。その微妙な違いに気付いてチビとマルも何もきけず、従う事にする。

 無言で歩き出すテツの手には先ほど手に取ったバットとボールとグローブがそのまま握られている。
ーあれ、持って返るんか、テツ。
チビはそう思いつつも何もきかない。
 通路を戻って石垣の前に来た。
「かんざし返したいけど、ここ開けとくわけにいかんしな。悪いけど、またもろていくわ」
そう言うとテツはかんざしをそっと抜く。ゴゴゴと音をたてて石垣が閉まる。
 無言で歩く三人は地上へ出た。目の前に大阪城の天守閣がある広場だ。三人はその天守閣を見上げる場所のベンチに座った。
 しばらくしてポツリとテツが話し始めた。
「あのかんざしな、親父にもろたんや。親父も前にここへ来たんやなあ」
「テツの親父さんも泥棒か?」マルがしょうもない口を挟む。
「ちゃうわ。多分俺と一緒で、かんざし返そ思て、あの鍵穴に差したんやろな、いやもしかしたらこのカラクリ知ってたんかもな」
「知ってた?テツの先祖が作った隠し部屋なんかな」チビがきく。
「どやろな。多分先祖の誰かが俺みたいにここへ返しにきて見つけたんやろ。それが代々伝わってるんかもしらん」
「代々伝わってたらテツも親父さんから伝わってるはずやろ」
「多分、ここに俺のもんが隠してあるの、見られるのが恥ずかしかったんちゃうか」
と言って、ベンチの前の地面に置かれたバットとボールとグローブを見る。
「そや、これや。何でこんなもん隠したんや、ここに」
「俺は昔野球選手目指してたんや。これでもそこそこ上手かったんやぞ。親父は冗談半分で『おまえが有名になったら価値がでる』言うて小学校の頃のバットとボールとグローブと大切にとってたんや。そやけど高校で肩こわして野球でけへんようなってな。『こんなもんもう見たない!捨ててくれ!』て親父に言うたんや。捨てたかったら自分で捨てたらええねん。そやけど俺にはでけんかった。自分が捨てるのつらいから言うて親父に押し付けたんや」
「ふーん、でも親父さんも捨てられへんかったんやなあ」
「それでこんなとこ隠したんやろ」
「ふーん…」
しばらく黙り込む三人。
「それ、どうすんねん」チビがきく。ボロボロのバット、汚れたボール、破れたグローブ。よく見れば、テツがどれだけ練習してきたかわかる。
「持って返るわ。やっぱりオレ、野球やりたいんや」
「どこでやんねん、俺あんまり得意ちゃうねんけど」マルが申し訳なさそうに言う。
「アホ!テツの言うてんのはそういう意味ちゃうやろ」
「え、野球選手なんのか?」
「それはいくらなんでも無理やろ。そやけど、何か関わりのある仕事やったら出来るかもしらん」
「泥棒、やめるんか」チビが少し寂しそうだ。
「…そやな」
テツは立ち上がり、バットを手に取る。ブゥンブゥンと素振りすると、さすがに良い音がする。
 チビがボールを手に取って離れる。
「マル!グローブ持て」チビが言う。
「ええ~やっぱりやるねやん。俺得意ちゃうのに~」と言いながらグローブを持ち、チビの後ろへドタドタ走っていく。
「いくぞ!」チビがそういってテツにボールを投げる。思い切り打つテツ。弧を描いてボールが真っ暗な空へ消えて行く。
「こらー!」
警備員に見つかってこっぴどく怒られた。
 何事も調子に乗りすぎたらアカンという話。

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