学生時代に住んでいた家に行った話
他人が羨ましい。
そう思うことが増えた。
SNSを見ていると楽しそうに笑う写真。気楽に暮らしている様子が綴られた文章。
なんとも言えない感情が湧き上がってくる。
他人に対しての嫉妬。自分に対しての落胆。将来への不安。
パレットの上で茶色と藍色と深緑色を混ぜたような感覚。いくら混ぜてみても暗く汚い色になっていくような感覚。
もちろん自分も、以前そんなことを発信していた。こんなどんよりとした日記ではなく。
毎日深夜まで友人とファミレスでドリンクバーだけで何時間も語り合った。それが楽しくて仕方なかった。将来の為になることなんて一つもなかった。余りすぎた時間を共有して、日常の中に投下していただけの時間。
何をしていたか詳細は覚えていない。だけど、間違いなく自分にとって人生に必要な時間だった。人生で三本指に入るほどに楽しい時間だった。痛いほどに懐かしい。戻れるのならもどりたい。
◇
先日、当時住んでいた家に行った。もちろん今の家からは電車を乗り継いでいかなければならず、さらに住宅以外なにもない。都内から少し離れた郊外の住宅街。
自分の住んでいた部屋には新しい入居者がいるようだった。5年も経っているので当然だが。
当時、昼過ぎに起きて寝間着のまま行っていたスーパーは何も変わらず、惣菜でも買って部屋で食べようかと考えた。だけど、もう自分の家はここにはない。
大学入学、初めての一人暮らし。母さんと、このスーパーに来て、洗濯用の洗剤の選び方を教えてもらった。探せば母が棚の向こうから出てくるのではないかと考えたりした。
あの頃が戻ってくるんじゃないかと思った。どうにかしたら戻るんじゃないか、どうしたら戻れるのかと本気で考えた。
お金があればできるか、連休を取ればできるか、仕事を辞めたらできるか。
無理だった。当たり前だが、時間は戻らない。あの楽しい時間は終わったのだ。
もう一度あの家に住んで、もう一度同じ大学に入り直して、あの頃と同じ生活に戻っても、あの頃の同級生はいない。あの頃の先輩はいない。あの頃の親も友達も、みんな時間が過ぎてしまって、あの頃とは違う。
キラキラしていて、全てが新鮮で、刺激的だった「東京」という街は、既に僕の日常になっていた。居酒屋に入るだけで大人になった気分になった当時の僕はもういない。僕も友人も先輩も後輩も、もう大人になってしまった。当時すれ違っていた中学生ですら、もう社会人になった子もいる。
そのことに気づいた時、少し涙が出た。当たり前のことだが、その時の僕は本気であの頃に戻る方法を考えたのだ。
そんな生活を今送っている人達が羨ましい。僕にはもう失われた時間。
そんなことを思いながら僕は逃げるようにして電車に乗り、その街を出た。
jun.
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?