蜘蛛

 「うまいか?」

俺は金が無くて安い事故物件に住んでいる
床はギシギシいうし寝る時は勝手にドアが開いていたり
誰もいないのに悲痛の声がしたり
激しい物音が毎日ある
信じてくれないかもしれないけど
快適に過ごせるはずがないが
金がない貧乏男だから
身寄りもいなくて仕方がなかった
いつまで持つかはわからない

ある時トイレで用を足しながら張り付く
イエグモがいた
デカイ卵を抱きしめる女グモは天井に卵を植え付ける

獲物をしっかり持って
ムシャムシャと捕食している
お前はその女グモに精子を渡した張本人か?
と思った

俺はそのオスが食う獲物、それが女に見えた
俺の意識している女だ
頭部がないその女を眺め
「うまいか?」と聞いた

まだ食っている
ずっと食っている
咀嚼。咀嚼。咀嚼。

俺だってあの女が欲しい。
俺の頭がそれを離さない。
離れない。

嗚呼
お前みたいにムシャムシャと齧りつけるものなら
俺の右手は下へ。下へ。汚い手で。

体は臭く何日も風呂に入っていないし清潔ではない
けれども毎日我慢できずにそれを─────。

湿気に満ちた部屋で俺は眠った

いてっ!

チクっと痛みが走った
ムカデか。

感染したらまずい
とにかく水で洗うしかない

噛まれただけのようだが、
気にせずまた眠った

嗚呼、今日もうるせえ

「あなたに毒が入った……」

麗しい声が耳元ではっきりとした
吐息混じりに。

そこには誰もいない
毒……毒ってなんだよ?

ムカデ……まさか
足をみた

ブドウみたいにブクブクとしていた
俺は高い声で叫んだ

俺が何したっていうんだよ!
救急車を呼んだ

でも目を覚ますと家にいた
そんなはずは無い
ちゃんと家に救急車は来たし病院で処置されたんだ!

足はまだブドウみたいにブクブクとしている
それに、膝まで達している

俺は死んでしまう……のか
何をしたっていうんだ
俺の願いは叶わない……俺はただ……
俺は手を延ばして何かをつかもうと涙ぐんだ

ブドウは蜘蛛のように
脚を生やし俺をムシャムシャと齧り
顔まで飲み込んでいった時
残された俺の目をじっと見つめる生首の女が見えて

俺は視界が暗くなると同時に呑み込まれ
咀嚼。咀嚼。咀嚼。



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