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大切な人との別れ

 私は昨年の春、大学を卒業し初めて社会人になりました。私の職場では、最初の1年間は研修のような形で先輩と2人で業務に取り組みます。しかし、1年が終わると先輩の元から旅立ち、1人で業務に取り組むようになります。今は2月が始まったところ。お世話になった先輩との別れが近づいている。今回はそんなお話。

 私はこの1年間、思いがけず手術をしないといけなくなるなど、体調を崩していました。新人なのに病気休暇を活用しまくり、仕事に行けた日数も少なかったのでその辺りが配慮され、異動は1年延期になるのではないかと言われていました。上司もそのように上に掛け合ってくれましたが、本日、異動することになったと告げられました。

 異動することには嬉しさもあります。1年間業務をやると、自分なりに「ここはこういうふうにしたいな」と思うことが出てきます。しかし、先輩の目があるとそれが気になってなかなか自分の思うようにはできません。独り立ちをすれば自分の裁量でできることが増える。そのことに関しては純粋に嬉しいと思います。同期の仲間と異動のタイミングがズレることもないし、体調のことで延期にしていた新居選びだって、異動先が決まればやりやすくなる。でも私の胸を一番占める感情は、やっぱりさびしさ。

 もう1年一緒にいられるのではないかと淡く期待していた人との別れが、すぐそこに迫っている。先輩も家庭の事情でお休みすることが多かったので、他の新人先輩ペアと比べたら会わない日も多かったと思いますが、平日の日中はいつも一緒に過ごしました。お互いに口数がそこまで多い方ではないので話したことは意外に少ないかもしれませんが、狭い部屋で朝から夕方まで一緒に仕事をして、お昼ご飯も一緒。独身で子どももいない私にとって、この1年間先輩は家族に匹敵するか、下手したらそれ以上の存在でした。仕事のことを思い出せば必然的に先輩のことも思い出すので、この1年間、休日も含めて先輩を思い出さない日はなかったと思います。こう書くとちょっと気持ち悪いけど(笑)

 先輩の尊敬するところを全部書き連ねれば卒論くらいの分量になるんじゃないかと思いますが、私が一番尊敬しているのは「相手のことを思って伝えるべきことをきちんと伝えてくれるところ」です。仕事を教えるにしても、先輩はどうやったら私に伝わるかをきちんと考え、あらゆる方法を使って工夫してくれました。

 先輩以外の人に仕事を教わる機会も多少ありましたが、今の時代「優しく教える」ことはかなりの人ができます。しかし、相手が一方的に喋りすぎて私の頭にいまいち入らないことや、新人である私の立場を相手が想像しきれておらず、私からすると何を言っているのかが分からない、ということがちょこちょこありました。もちろんこれらの一番の原因は私の頭が悪いことであり、仕事を教えてくれた先輩方は誰もが尊敬できる人です。でも、相手に「伝える」ということに関しては先輩がピカイチだった。

 私は今までの人生甘やかされて育ったので、仕事以前に人間の基礎基本でできていないところがたくさんあります。そんな部分が露呈したとき、先輩はきちんと伝えてくれた。なぜそれをやっていはいけないのか理性的に伝えてくれるし、そんな話をするときもその言葉や態度には常に私への思いやりが感じられました。もちろん私が仕事で失敗したときも感情的に怒るのではなく、常に私のことを慮りながら今後どうしていけばいいのかを一緒に考えてくれました。

 23年間の人生でそれなりの数の人間に出会ってきましたが、相手を叱るときなどは特に、正論を一方的にぶつけて気持ちよくなっている人がほとんどのように思います。バイト先のあの人やあの人もそうだったな、なんて(笑)でも先輩からは全くそれが感じられない。「あなたのために言っている」なんて恩聞かせがましいことは一度も言わないけれど、言わないからこそ、先輩のその気持ちが伝わってきます。

 これとほとんど同じ話を、「感情と論理の話」という記事にも書いていますね。あの記事を書いてから半年が経ちましたが、あのときと同じように、いやそれ以上に先輩を尊敬できていることが感慨深いです。

 誤解を恐れずに言えば、先輩から「すごい人」というオーラはあまり感じられません。例えば難しい言葉を使ってガンガン仕事の話をする人は、周りから「すごい人」「意識が高い人」と思われがちです。しかし先輩のすごさは周りから「すごい人」と思われないところにあります。常に相手に伝わる分かりやすい言葉で話しているし、時には議論を活発化させるためにあえて簡単な問いかけをすることもあります。だから普段はそこまですごい人だと思われていないようなのですが、ちょっとしたところに先輩の能力の片鱗が表れ、周りから「あの人はゆるいように見えてそんなことを考えながら仕事をしていたのか」と驚かれたりします。何なら私も驚きます(笑)そんな先輩の一番近くで仕事ができて本当によかった。

 他にも先輩の素敵なところはたくさんあります。詳しく書くとキリがないので簡単に羅列しますが、「不確かなことや社交辞令は口にせず、紡ぐ言葉が全て誠実で丁寧なところ」「家族を大事にしているところ」「不機嫌なオーラを一度も出したことがないところ」「流行に流されず自分の好きなものがはっきりしているところ」「お土産おいしかったですよ、などちょっとした一言を伝えてくれるところ」「常に相手のことを気にかけ体調などを気遣ってくれるところ」などなど。こんなに相手のことを思いやれる優しい人は他にいないんじゃないかなぁ、少なくとも私は出会ったことがないかもなぁ、なんて思ったり思わなかったりします。

 反対に、ずっと一緒にいれば相手にちょっぴりイライラすることだってあります。先輩に言われて嫌だった言葉も、実はずっと覚えてる(笑)それはきっと先輩の方もそうだと思います。でもそれでも、私は先輩の隣で仕事ができてよかった。

 もしもう一度、新人の1年間をやり直していいよと言われたら。私は絶対に先輩の隣を選びます。先輩はきっと、自分より良い教育係がいるよと言うでしょう。もちろんその可能性を完全に否定することはできません。でもそれでも、私は先輩がいい。だってそれが運命ってやつでしょう?先輩は私にとってたった1人の、そして世界一の教育係なんだから。先輩はこんな大袈裟な表現、嫌がると思うけどさ、ほんとだよ。

 先ほど書いたように、異動が楽しみな気持ちもあります。異動が決まったことが「悲しい」わけじゃない。でもこれを書きながら、さっきから涙が止まらないのです。先輩は毎日当たり前のように隣にいたのに、下手したら一生会えなくなってしまうかもしれないんだ。私は先輩にもらったたくさんの温かい気持ちを、何も返せていないのに。異動を繰り返している先輩にとっては、私との出会いも別れも数あるうちの一つで、なんてことないんだと思う。でも社会人になったばかりの私にとって、先輩との出会いと別れはあまりにも、特別だよ。

 もし私に後輩ができたら、先輩のような指導ができる人になりたい。それ以前に、人として見習いたいところがたくさんある。そんな人に出会えて私は幸せだなぁと思います。私が異動したら、先輩のところにはまた新しい新人がやってくるかもしれない。そしたら私、こう言うのが夢なんだ。

 おめでとう!当たりの教育係でよかったね。私は先輩のおかげでこの1年間は本当に幸せだったよ。あなたのこれからの1年間も、最高で充実したものになるね!


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