見出し画像

ファッション誌と白菜料理

中学生の頃からファッション誌が大好き。テスト期間が終わると、自分へのご褒美に書店へ走った。テスト前に買ってしまったら、終わるまで開かないと誓って親に預けて勉強に励んだ。ファッション誌を読むために学業をしてきたのではないかというくらい、私の楽しみであり、モチベーションだった。

ティーン誌に始まり、女子大生向け、OL向けへと、自分の成長とともに出世魚のごとく推移。ジャンルも、カルチャー寄り、美容充実、モード系など多岐に渡ってきた。少ない小遣いや給料では、読みたいものを網羅することは到底できないので、立ち読みもしばしば(長時間ごめんなさい)。カフェや美容室も雑誌が目的。歯科医院での治療さえ、ハイソな分厚い主婦雑誌が読めるので楽しみだった。

そんな私が、仕事を辞め、男児を出産し、30代を過ぎてから「雑誌迷子」になってしまった。

キラキラしたママ雑誌は、まぶしすぎる。ハイセンスなモード誌は目の保養にはなるが、砂場デビュー向きのファッションはひとつも載っていない。成功したキャリアウーマン系は、ひどく打ちのめされる。かと言ってファストファッションや節約おかずがひしめく庶民派・主婦雑誌は、現実を見るようでツライ。

そう、私は雑誌の中に夢を見てきたのだ。なれるかもしれない自分の姿を、そこに追い求めてきたのだ。だが、青春は終わったのだ。

いっそのこと、振り切れてハイクラスな婦人向け雑誌を手に取った。そこに広がるのは、ひたすらに美しい世界。我が家のひと月分の家賃に相当するスカートや、高級車1台分のネックレスを身に付けて、上品なモデルが艶然と微笑む。手間とセンスを要する美しき手仕事。ため息の出るようなインテリア。

そこに紹介された商品を見て、店へ買いに走るという発想は、もちろん生まれない。けれど、トレンチコートやボウタイブラウス、スカーフなど、定番で永遠のアイテムを使った品のあるスタイルに釘付けになる。そう、流行に翻弄される庶民と違い、クラシカルなスタイルを上流階級の方々は愛すのだ。少女のころから憧れてきた、古い映画の女優のような着こなし。ベーシック好きな自分にぴったり(値段が1桁も2桁も違うことを別にすれば)。すっかり気分は軽く、羽根が生えたようだった。

果てしなく広がる夢の中から、私の生活に何らかのエッセンスを取り入れたい。そして目に留まったのが、レシピコーナーの「白菜料理」だった。

白菜とベーコンにクリームソースを絡めたショートパスタ。アクセントに細切りの柚子を散らし、冬の旬味を愛でる。いつか料理教室で教わった、クリームソースにレモンを合わせた南イタリアのパスタを思わせる。高級スーパーまで足を伸ばさずとも、近所のOゼキ(一応、伏せ字)で買える材料なのも良い。

出来上がったひと皿は、ベーコンの塩味とクリームソースのまろやかさが引き合い、よその国からやって来たような柚子が、恥ずかしがらずに香りをしっかりと主張する。そして白菜。一見、脇役のようだが、ホッとするような優しい甘みを存分に発揮し、洋食にも穏やかにとけ込むことを教えてくれた。

ワインはアルザスのシルヴァネール。主張の強い味わいではなく、リンゴや柑橘のほのかな香りにミネラリーな塩味が優しくとけ合う。静かに耳を澄ますように、歩み寄ることで漂ってくるアロマ。手軽ながら食材それぞれの個性がミルフィーユのように重なったパスタに、繊細なワインの風味を、さらに重ねてみる。

「ワインはスーパーで半額だったよー」という夫の声など、耳に届くはずもない。手の届かない美しき世界から必死ですくい上げた白菜料理。その優雅な調べを、私は全身全霊で感じていたのだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?