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”枠をとらえ”、”枠に収める”ことの個人差と不器用さ

この記事を書くきっかけとなったのは @pekarinhika さんのツイートに関心を惹きつけられたからでした。

この記事を読み、私たちが報告した研究結果(Umesawa et al., 2020) との関係を思い出さざるを得ませんでした。

この論文では、参加者は下図のような実験状況で、PC画面に白い”枠”と黄色い×印(ターゲット)が表れます。参加者は、まず画面上の×印の位置を記憶します。

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Umesawa et al., 2020を転載

その後、瞬時に枠とターゲットが消え、左または右にわずかにズレた枠だけが表れます。そして、参加者は事前に教示されていた以下の2つの方法のいずれかで、記憶した×の位置に関して画面をタッチします。

①記憶した枠とターゲットの記憶した相対的な位置関係にしたがって画面をタッチ(アロセントリック条件)

②枠は無視してターゲットが提示されていたと記憶する位置をタッチ(エゴセントリック条件)

こうした実験場面では、ターゲットの位置が枠との相対的な関係で記憶された結果、枠を無視しても良い②のような条件であっても、枠の方向に引きずられる定型発達者の傾向が報告されています(Mrinmoy et al., 2017; Uchimura et al., 2013)。

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このように、外界のある対象の位置を理解するために参考となる外部の枠や基準のことをアロセントリック座標と呼びます。一方で、枠とは無関係に、自分との位置関係だけで対象を理解することをエゴセントリック座標と呼びます。脳のどこで・どのようにこの座標系の処理がなされているのかは、神経科学で研究されているトピックです。

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さて、話を我々の実験に戻します。定型発達とASDの青年・成人を対象として、ターゲットへの瞬時のタッチにおけるアロセントリック座標の影響を調べました。

すると、先行研究と同様に、定型発達の方では、枠を無視して記憶したターゲットの位置を正確にタッチすることが求められる条件②であっても、アロセントリック座標を無意識に利用してしまい、枠が移動した方向にタッチの位置が引っ張られてしまうことが分かりました。一方で、ASDの方では、枠とターゲットの相対的な位置関係に基づいて記憶した位置をタッチすることが求められる①であっても、枠を無視する②であっても、定型発達の方のようなアロセントリック座標へのバイアスは見られませんでした

ある対象の位置を把握し、それにはたらきかける場面で、それを囲む基準を自動的に利用することは、何らかのメリットがあるのだと考えられます。地平線に沿って時間とともに移動する太陽を基準に時間を見積もるような、私たちの原初的な営みに関わる情報においても、アロセントリック座標は利用されるでしょう。

一方で、こうしたアロセントリック座標の利用が自動化された結果として、実験で示されているような、エゴセントリックな対象の理解とはたらきかけが求められる場面でさえ、外部の枠や基準に無意識に引っ張られてしまうようなことが起こります。

ASDの方では、こうした自動的なアロセントリックの処理に関して苦手があるようです。それが冒頭で紹介したような、枠の中で字を書くなど、慣習的に求められる動作において、不器用として現れている可能性がありそうです。他にも、まっすぐ線を描いたり、的に向かってボールを投げたりといったことの苦手も、アロセントリック座標の利用の苦手と、エゴセントリック座標を(定型の方と比較して)利用する傾向によって起こっている可能性があります。

こうしたASDの方の特徴は、枠を利用しなくていい場面ではむしろ有利になるのではないだろうか?という疑問がわきます。これについて @chubby_haha さんからのお返事ツイートが印象的だったので紹介します。

枠や基準に沿って字を書くとなどいった動作は、その合理的な意味とは関係のないところで、慣習的な規範として求められることが多いかと思います。こうしたことの”不器用”と言われる特徴の背景にどういった個人の特性があるのかについて、一度皆が深く考えるようになればと思っています。ちなみに、冒頭のツイートのお子さんの例では、”2”の数字がカクカクしていますが、尋ねたところ、枠がなければ”2”はカクカクしなかったそうです。

どんな方にも外界の認識に個人差はあり、その個人差を誰しもが少なからず押し殺しながら、外部の枠組みに合わせているのだと感じます。アロセントリックとエゴセントリックのバランスにおいて、エゴセントリックが優位になり、枠のないコンクリにチョークで描くことに豊かな個性を表すことの可能性を包み込んで、全体として豊かになる社会の方向性を考えていけたらと願います。

最後に、私のツイートに反応して、様々な事例を紹介してくださった反応を紹介させてください。皆さまのご声援にいつも心から感謝です。


引用文献

Umesawa, Y*., Atusmi, T., Fukatsu, R., & Ide, M*. (2020) Decreased utilization of allocentric coordinates during reaching movement in individuals with autism spectrum disorder. PLOS ONE, 15(11). website
Chakrabarty M., Nakano, T., & Kitazawa, S. (2017) Short-latency allocentric control of saccadic eye movements, Journal of Neurophysiology, 117: 376 –387. website
Uchimura, M., & Kitazawa, S. (2013) Cancelling Prism Adaptation by a Shift of Background: A Novel Utility of Allocentric Coordinates for Extracting
Motor Errors. Journal of Neuroscience, 33 (17) 7595-7602. website


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