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モモ!

ちょっときっかけがあって,NHKの「100分で名著」を見るようになったのだが,8月は,ミヒャエル・エンデ「モモ」が取り上げられる。テキスト執筆は河合俊雄先生,京都大教授で,言わずと知れた河合隼雄先生のご子息である。なんというすばらしい人選!

ずっと以前に読んだことのある「モモ」だが,かなり忘れていた。

物語冒頭に,モモに話を聞いてもらうと悩みが解決する,というエピソードがあり,ここの描写が実に心理カウンセリングの本質をついている。

ほんとうに聞くことのできる人は,めったにいないものです。そしてこのてんでモモは,それこそほかにはれいのないすばらしい才能をもっていたのです。(p.23,岩波少年文庫版「モモ」)

河合先生の解説がまた見事で,

人の話を聞くなんてたいした能力ではないと思うかもしれませんが,聞き続けることは実は非常に難しいことです。というのも,人はついついアドバイスしたり,相手のいうことを否定したりしたくなってしまうからです。(p.22,100分で名著「モモ」)

わかるわかる。身の回りにこういう人,いるいる。自分だってそうかもしれないし。でも,自分の話をして,ふだん人には言えないような話までしてしまって,夢の話をしたり,絵をかいたり,箱庭を作ったり,そうした活動をとおして,自分の心と向き合い,自分で自分の心を癒していくのが心理療法です。(だそうです!)セラピストは横にいて,支えている。一緒に癒しの道を歩いていく。決してセラピスト以外の人には声がもれない「部屋」が必要なのはこうした治療構造のゆえです。(だそうです!)

もったいないのでこれ以上紹介したくないのだが,ちょっとだけ。4章で,掃除夫のベッポが出てくる場面。

「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん,わかるかな? つぎの一歩のことだけ,つぎのひと呼吸のことだけ,つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ。(中略)するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな,たのしければ,仕事がうまくはかどる。」(p.53 岩波少年文庫版「モモ」)

いや,ちょっとまて。これはフローではないか? ちょっと整理してみよう。課題とスキルのレベルは一致している,決して高いレベルではないかもしれないが,高くしようと思えばできる。目標は明快だし,フィードバックは明瞭だ。達成の見通しはあるし,作業に集中している。そして,「ひょっと気がついたときには,一歩一歩すすんできた道路がぜんぶおわっとる。どうやってやりとげたかは,じぶんでもわからんし,息もきれてない。」(同,p.53)と,時間の感覚もいびつになっている。フローの条件をいくつも満たしているではないか! 

ベッポ,あなたが楽しいのは,あなたがフロー体験をしているからです! 教えてあげたい。だから幸せなんです!

さて,100分で名著「モモ」は,このあと,プレイセラピーの話あり,箱庭の話あり,曼陀羅も出てくるし,死と再生の話もあるし,脚注に「赤の書」とか出てくるし,「昔話と日本人の心」まで紹介されているし,もう,ユング心理学(あるいは河合隼雄)入門ガイドみたいになっている。最高。

世の中こういう状況なので,ちょっと抑うつ気味の人も増えていたりするんだろうか。自分で自分のセラピーをするのはちょっと難しいけれど,自分の心について,考えるきっかけになってくれたらいいなあと。

というわけで,ぜひ,是非,いろんな方におすすめしたい。