エスカレーターは右に乗りたいです。
Cover Photo by Ricardo Gomez Angel on Unsplash
プリキュアとパ行音
言語学者の川原繁人さんが、面白い本を出しておられます。しばらく前に読み終わっておりました。
言語学の研究者である川原さんが、母校の小学生を相手に授業をした記録が本になったものです。川原さんは、日常的に目にする言葉の中に、「どうしてこういう音(たとえばパ行音)が多いのか?」という疑問についても研究しておられるのですが、もっとも面白かったのは、プリキュアの名前についての授業の部分です。ちなみに、私はプリキュアについて、全く、なーんにも、1ミリも、知識をもっておりません。勉強したい方はこちらへどうぞ。
さて、言語学者の興味の対象は、登場人物の名前です。
「両唇が閉じる音」、つまり、発音する際に、上下の唇を合わせて口を閉じることで発音する音、ですね。具体的には、パ行、バ行、マ行がこれにあたります(ベリー、パッション、ピーチ、パイン、ミラクル、マジカルなどが例示されています)。また、「フェ」など、両唇の間隔をせばめて発音する音も、これらの仲間になるそうです(フェリーチェが例示されています)。
川原さんはこのことに、二人の娘さん、配偶者(やはり言語学者だとか)さんと4人で遊んでいた時に気づいたと言います。
何に興味を持ったか
この話で何に興味をもったかというと、身のまわりのことはとりあえず研究に引き付けて考えてしまう、という、川原さんの姿勢です。こうやって、生活すべてを研究の目で見てしまう人々を、たぶん、研究者というのだと思いました。
話がプリキュアになったものですから、もちろん授業を受けている子どもたちもノリノリで、「タイトルも両唇音から始まっているのでは?」という気付きを川原さんに提供することになります。いやあ、子どもたちの感性って鋭い。それに触発されてしっかり調べてしまう川原さん、さすがに研究者ですね。
と、感心しながら思い出したことがあります。
私が卒業研究から修士論文までお世話になった、社会心理学の教授の先生がいらっしゃるのですが、その先生の講演会を聞きに行った時のことです。ご自身の研究の事例として、エスカレーターのことをお話されました。
概略だけ思い出して記すと、こんな感じです。
関東では、エスカレーターの左に寄って乗る人が多く、関西では右に寄って乗る人が多い。じゃあ中間の京都ではどうかというと、あまり規則性がみられない。そこで、実験者(要するにサクラです)が、右側にのってみると、右に寄って乗る人が多かったが、実験者が左側にのると、左側に乗る人が多かった。
なるほどおーー。
これは、人は自分の行動を自分の意志だけで決めているわけではなくて、無意識のうちに周囲の環境に合わせている、という、まことに社会心理学らしい実験なのですね。
このとき、私は、「これこれ、こういうのが学者なんだよなあ」と思ったのです。私はふだん、左肩にカバンを下げて、右手でエスカレーターのベルトを持ちたいので、ほぼ必ず右側に乗るのです。しかし、多くの人は左に乗ります。
「両側に乗ったほうがみんなが早く移動できるのに~」、と思っていましたし、エスカレーターの目の前まで、おしゃべりしながら横並びで歩いてきたのに、乗る直前で立ち止まって左側に縦並びになるのを見ると、「なんでわざわざ列を長くするんだよ~、そのまま横並びで乗ればいいのに~」と思っていました。
私はこういうふうに、不満を感じながら生きている小市民だったのです。
研究者は違うようです。エスカレーターの乗り方とか、プリキュアの名前とか、そんなことさえも、どうしてこうなっているんだろう、どうしてこんな行動をするんだろうと、「面白がって」いる。きっと、世の中は解き明かしたい疑問にみちていて、毎日楽しいのだろうなあ、と想像したりしています。