金魚の思考回路
土曜日は決まって、駅前のカフェでモーニングをするようにしている。とはいえこの習慣も3ヶ月くらい前から始まったばかりだ。どうやら元々地元に根差したカフェなようで、夫婦らしき50代くらいの男女が切り盛りしている。そして僕が決まって来るこの時間帯にはフロアに女子高生らしきアルバイトの子が1人。
9時、この時間帯は半分くらいの席が埋まっている。アルバイトの子が僕の顔を覚えてくれているのか、いつの間にか決まって窓際の2人席に通してくれるようになった。着席した左手には大きな水槽があって、それが奥の席との間仕切りになっている店内唯一の席である。
水槽はいつも、「昨日掃除したのか?」と思うほど水が透き通っていて、金魚が4匹優雅に泳いでいる。泳いでいるのはおそらく金魚すくいで見かけるそれが、10倍近くに大きくなったなかなかインパクトのある奴らだ。
着席して間もなく、先週同様僕はAセットを注文した。どうやらカウンターの奥で、店主であろう男性が僕の分のトーストを準備してくれている。
席への到着を待つ間、窓の外の人が行き交うのを眺めるのが好きだ。手をつなぐ親子。部活の男子。作業着の人。土曜日も働く人がいる。ありがとう、世界。
背後の街並みに気を取られていると、ブラックコーヒーの匂いが僕を誘った。ふと店内に目を戻すと、ちょうどAセットが僕の手元に届いたところだった。おそらく奥さんであろう女性が、「いつもありがとうね」とにこやかに声をかけてくれた。そう、僕はこのほっとする雰囲気が好きなのだ。
軽く会釈をして離れていく姿を見守ると同時に、左手の水槽の奥に人影があることに気づいた。さっきまで空席だったのだけれど…。
透き通った水の奥、水槽の隙間から、ちらりと除くのは真っ白なワンピースの女性。真っ黒でストレートなロングヘア。
本に目を落としているようだったので油断していた。
急に彼女が目線を上げて店内を見渡し、僕と、目が合った。
全然、見てませんよ、たまたまですよ、と思わせることができたかは分からないが、僕は急いで目をそらし、コーヒーを啜った。
それから何度も、ちらちらと、見つからないように彼女を見た。
どんな本を読んでいるんだろう。
彼女もAセットにしたんだな。
コーヒーは甘い派らしい。
自分がすごく気持ち悪い思考になっていることに気づきまた焦った。
僕はあくまで金魚を眺めているんだ。
泳ぎながら彼らは、はたまた彼女らは、どんな気持ちなのだろうかと。
来週もまたここに来るつもりではあったけれど、その理由に下心が追加されそうだ。
また、君に会えるかな。
また、金魚を眺めながらコーヒーを飲めるかな、と心の中で言い直した。
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