新生銀行は必ず再建する 北尾吉孝(SBIホールディングス社長)
過去のウミを出し切り、名前も変えて出直す。/文・北尾吉孝(SBIホールディングス社長)
北尾氏
3つの「キ」
中国の五経の中でも筆頭に位置づけられる「易経」には〈3つの「キ」がある〉と書かれています。まず物事の変化の前兆である「幾」。そしてツボや勘所を見抜く「機」。さらに物事が熟す「期」――経営者に求められるのは、この「幾」「機」「期」を見抜く力です。
ところが日本の経営者には、兆しに気づかない、勘所を見抜けない、見えていても初動が遅い。こういう人が少なくない。そんな体たらくだから、この30年間、日本の国際的地位はあらゆる面で低下してしまいました。1人あたり国民所得は、お隣の韓国にも負けそうな状況で、1人の経済人として歯がゆくて仕方がありません。
振りかえってみれば、私の経営者人生でも、勝負所で3つの「キ」を正しく捉えてきたからこそ、今があると言えるでしょう。野村證券の社員だった私が、孫正義さんに請われて、ソフトバンク常務取締役に転じたのは1995年のことでした。
インターネット証券時代の夜明けを察して、ソフトバンク・インベストメント(現・SBIホールディングス)を創業したのは99年です。
いまや個人証券口座数は、野村ホールディングスなど対面の証券大手をもしのぐトップの800万。連結従業員数は1万7000人と、ネット金融最大手に成長しました。のちほど詳しくお話しする、破綻した旧日本長期信用銀行(長銀)を前身とする新生銀行を、連結子会社化して傘下におさめたのも、この「幾」「機」「期」を踏まえて決断したものです。
深刻なウクライナ侵攻の影響
今年の年頭所感で、私は社員へこう語りかけました。
「10年後に振り返ると、2022年は大きな分岐になった年と位置づけられると思う」
干支学で言うと、今年は「壬寅」で、過去、硬軟とりまぜて、後世に大きな影響を与えた出来事が起きています。前々回の壬寅だった1902年には日英同盟が締結されていますが、その後の日露戦争や、第一次世界大戦において大きな意味を持ちました。
前回の1962年には東京が世界で初めて一千万都市になり、アメリカが宇宙船による有人の地球周回飛行に初めて成功し、ビートルズがレコードデビュー。そしてキューバ危機が起きたのは、この年でした。
この年頭所感はアフターコロナの変化を想定したものでしたが、図らずもこの2月、ロシアによるウクライナ侵攻という世界史に残るような不幸な事態が起きてしまいました。これはネガティブな影響を相当、長期にわたって世界へ与えることは間違いない。
十数万の軍勢で一方的に攻め込んで、多くの市民を巻き添えにするなんて、プーチンの暴挙としか言いようがない。これまでもリーマンショックなど、経営者として世界経済への悪影響を経験してきましたが、比較にならないほど深刻です。
すでにエネルギー価格が高騰していますし、今後さらに上がるかもしれません。これまで「グリーン、グリーン」の大合唱だった各国のエネルギー政策にも大きな影響を与えるでしょう。
またロシアは世界最大の小麦輸出国で、ウクライナも合わせると輸出量は世界の3割近いので、市場が混乱して小麦価格も上がる。
見逃せないのが希少金属(レアメタル)の問題です。ロシアは、車の排ガス浄化のために利用されるパラジウムをはじめ、ニッケルなど希少金属の輸出国でしたから、それらも高騰していく。
コロナ禍が収束しつつあり、世界の需要が膨れ上がっているところに資源や食料価格の高騰ですから、景気が悪化しながら物価が上がるというスタグフレーションに発展する可能性もあります。
また、ドイツは軍事費を大幅に増やすことを表明しているし、北欧諸国がNATOに加盟しようという動きもある。かつての冷戦構造のような状況に陥る懸念もあるのです。
プーチン大統領
大義を貫くために
世界情勢が激変しつつある今、経営者には、これまで以上に求められるものが多いのですが、もっとも基本になるのが、倫理的価値観です。会社は儲けりゃいい、というわけではない。社会があって初めて存在できるのだから、社会に貢献するのは当然のことです。
経営者も社員も、この会社は何のために存在するのか、社会へどう貢献できるのかを考えなければなりません。そうした倫理的に正しい価値観を持ったうえで、ビジネスを構築していく。それが基本なのです。
昨年12月、新生銀行を連結子会社化して傘下におさめたのも、銀行事業の強化というビジネス上のメリットにとどまらず、倫理的に大きな問題だと考えたからです。
この買収は、新生銀行の旧経営陣が防衛策を導入したため、私が敵対的買収を進めたことで注目を集めました。なぜ、そこまでして買うのかと疑問を持つ方もいるでしょう。
その理由は2つあります。
第1に「借りたものは返す」という大義が、おろそかにされ、もはや看過できないと感じたからです。
長銀が破綻したのは20年以上前の1998年。バブル崩壊で破綻した他の銀行が公的資金返済を済ませる中、新生銀行だけが公的資金約3500億円を返済していません。しかも原資は国民の血税です。それを返さないなど、通用してよいはずはない。「返さなければ泥棒と一緒だ」と旧経営陣を批判したのは、そうした思いからです。
ことは新生銀行だけにとどまらない。リーマンショックの後、貸し渋り対策などもあって、公的資金を受け入れた地域金融機関がだいぶあります。「銀行が多すぎる」と言いながら、一方で「地銀が破綻すれば地域経済が破綻する」と、理屈をつけて延命させている。この返済をどうするのか。
また政府のコロナ対策として実施された、中小企業の資金繰りを支援する「ゼロゼロ(実質無利子・無担保)融資」では、公費で民間金融機関の貸し出しリスクまで引き受けています。
傷んだ中小企業を救うことは地域経済のためにも必要ですが、「借りたものは返す」という大義が貫かれないと、借りた中小企業、金融機関のモラルは崩壊してしまい、税金をいくら投入しても足りなくなるでしょう。
買収の第2の理由は、地域金融機関、ひいては地域経済の再生に貢献できると考えたからです。
地域金融機関の経営は壁にぶつかっています。各地で人口減少に歯止めがかからず、地域経済が地盤沈下している。地域から離れていく企業も多いし、貸し出せたとしてもゼロ金利の下では、融資を通じた金利収入も上げづらい。
金融機関たるもの、自らの知恵と工夫と努力で解決策を見つけていくべきですが、私たちのグループに新生銀行グループが加われば、より地域経済に貢献できる。新生銀行は長銀だった時代、発行した長期金融債を地域金融機関に販売してもらうという深いつながりがありました。それを再構築することでお互いの経営資源を活用した相乗効果(シナジー)が期待できるはずです。
当初、新生銀行に敵対的TOB(株式公開買い付け)を仕掛けるつもりはありませんでしたが、そうも言っていられなくなりました。業務提携を図るため、何度となく友好的な提案をしてきたのに、それを裏切るかたちで昨年、旧経営陣がライバルのネット証券会社との業務提携を決めたのです。その理由は新生銀行にとっての目先の損得勘定で、「お客様が第一」という哲学が抜け落ちていた。これには呆れました。
ただ考えてみると、無理もないのかもしれません。長銀が破綻して外資系ファンドに譲渡されましたが、数年おきに異なったバックグラウンドを持つトップがやってきては、去っていった。これでは一貫した思想哲学を確立していくことは難しい。実に不幸なことだったと思います。
新生銀行を見ていると、約3500億円という公的資金が一種の桎梏となり、経営陣だけではなく、組織全体が自己規制をしているように感じます。大きな借金があるから、配当額も、新規分野への進出も、自分たちの給与も自由に決められない。ある種、当然という面もありますが、それでは自由に新しいビジネスを展開しようと、挑む風土が育つわけもない。過去20年間の決算を見ても、営業利益は年間400億円超にとどまって、伸びていません。本業である融資を通じた儲けはごくわずかで、先細る一方です。
政府の姿勢にも疑問があります。20年以上に渡り、経営の改善計画を新生側に提出させてきたが、何を改善してきたのか。放置してきたと思われても仕方がないでしょう。
業績を立て直す方策
「返済なんて無理」という空気が新生銀行の内外に充満していますが、まずは全力で返そうという気概を持たなければなりません。
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