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旬選ジャーナル<目利きが選ぶ一押しニュース>|氏原英明

【一押しNEWS】球児の「夢」か「健康」か/3月12日、THE PAGE(筆者=山本智行)

使用ー氏原英明さん-トリミング済み

氏原英明氏(スポーツジャーナリスト)

2020年3月11日は、高校野球界にとって悪い意味で歴史的な日になった。同月19日の開幕を予定していた第92回選抜高校野球大会が新型肺炎・コロナウイルスの感染拡大を考慮して中止することが決まったのだ。

この決定の1週間前には「無観客試合での開催」を目指すことを日本高等学校野球連盟が発表していただけに、意外な結末を迎えたと言ってもいいだろう。

そんな決断を下した日本高野連に対し、中止を発表した会見の終了後から、数多のメディアや知識人が批判的な意見を書きたてたが、どれも机上の空論に過ぎない。

筆者は中止を発表した記者会見に出席したが、日本高野連・八田英二会長や毎日新聞社・丸山昌宏大会会長の表情を見る限りは、彼らの本意ではないことは想像できた。今回の決定は世に言う「大人の事情」でなかったし、彼らは本当に開催したいという思いを持ち続けていた。無観客とはいえ、実施の方向である意思を世間に見せつけていたのは、彼らのやる気に他ならない。

結局、コロナウイルスの感染拡大が留まるところを知らず彼らは望まぬ方向へ転換しなければいけなくなったのだが、今回の決定には日本高野連に新たな思考が生まれたことを忘れてはならない。

日本高野連があらゆる決定事項に際していつも使う手法がある。それは「球児の夢」を1つの宣伝材料にして、正当性を主張するというものだ。「球児のため」だとすれば、世間は納得するだろう。そのカードを使うのだ。

昨今、高校野球を取り巻く最大の課題で言うと「球数制限」の問題が挙げられる。賛否両論が渦巻く中で、制限の導入に消極的だった連盟側が強く主張してきたのは、「投げたい選手の気持ちを優先したい」という情に訴えるものだった。

世界的に、育成年代の投球数は議題になっている。野球の本場アメリカではすでに投球数のガイドラインができているほどで、世界各国から遅れをとってきた日本も、いよいよ導入すべきだという議論が盛んになったが、それでも、日本高野連は二の足を踏んできた。

健康問題か、球児の夢か。そう問われたときに、世界の常識をみれば答えは簡単に出てくるのだが、日本高野連は「球児の夢」をカードにして、決断の正当性を訴えてきたのだった。

今回もこのカードで開催に漕ぎ着ける予定だった。無観客になるにせよ、高体連の他の競技が中止を決めていても、絶対に開催する。「球児の夢を実現させてやりたい」と謳うことで説得材料にしたかったのだ。

ところが、断念した。当日の会見でも、丸山大会会長や八田会長が話していたが、「球児の体を守れない」と方向を転換した。いわば、今回の決定は選手の体調面を優先した歴史的決断とも言えるわけである。

記者会見の最後に八田会長に聞いた。今回の決定は、「球児の体」を最優先にするという意味では今後のあらゆる決定事項の物差しになるのではないかと。

八田会長はこう断言した。

「高校野球は学校教育の一環である、これは原点です。これを変えることはございません。これからもこれを最終的な決断の拠り所にして行きたい。これは明言させていただきたいと思います」

センバツ出場を遮られた選手たちの気持ちを思うと、今回の決定は残念であり、2020年3月11日は悲しい日に数えられるかもしれない。しかし、私はそうは思わない。日本高野連は前に進んだ。「球児の健康を最優先にする組織」へ舵を切ったのだ。



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