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末期患者が食い物に……超高額「がん免疫療法」戦慄の実態

末期の患者にエビデンスなき治療を高額で施す──日本のがん医療の現場では、わらをもつかむ思いの人々が食い物にされている。その実態を気鋭のジャーナリストが追った。/文・岩澤倫彦(ジャーナリスト)

標準治療の限界に目をつけた

 日本のがん医療の現場では、有効性が証明されていない免疫療法や疑似科学的な治療が、公的保険の適用を受けない「自由診療」の名のもとに行われている。多くのがん患者が、エビデンスのない治療に最後の希望を託して裏切られ、莫大な金を失っているのだ。こうした現実を把握しながら、厚生労働省や医療界は見て見ぬ振りをしている。2人に1人が、がんになる時代。“その日”が来る前に、がんビジネスの実態と騙されない方法を知っておきたい。

 がん治療は、オプジーボなど免疫チェックポイント阻害剤の登場で、大きく進化している。それでも、再発、転移した進行がん患者の現実は、今も厳しい。

 男女合わせて最も死亡数が多い肺がんの5年生存率は、1期で82%。それが遠隔転移のある4期になると、4.9%まで低下する(全がん協生存率調査)。国民皆保険制度のある日本では、世界最高レベルの「標準治療」が誰でも受けられるが、肺がん4期のように進行した段階では、標準治療の限界もある。

 そこに目をつけたのが、「自由診療」のクリニックだ。安全性や有効性が確立されておらず、標準治療として認められていない治療法を、公的保険の適用を受けずに患者に施す。

 たとえば、免疫細胞療法の1つに「ANK療法」がある。これは明確なエビデンスがないのだが、ANK療法の説明会では、こんな口上で患者集めをしていた。

「膵臓がんで十二指腸に転移、黄疸が出まくっている。ANK療法を1クールやった。元気出たので2クール目。4年後、今度は肺に転移していた。標準治療はもうダメ。ホスピスに行く前にANK療法をやったら、がん細胞が全滅した。12年以上、元気でピンピンしてます! 生き残っていく道を見つけてください。少しでも早い方がいい!」

 スクリーンには、次々と劇的な効果を示すCT画像が映し出される。食い入るように見つめる人の大半が、がん患者とその家族だ。早口でまくしたてるように説明は続く。

「世の中に蔓延するがん医療、ほとんど根拠がない。がんワクチンというのも作り話に近い。樹状細胞、イメージだけでやっている」

 私は、がん免疫療法を掲げる自由診療の説明会を10ヶ所以上取材してきたが、それぞれが他をインチキ呼ばわりしていた。

エビデンスのない免疫療法

 現在、300以上のクリニックで、様々な自由診療の免疫療法が行われているが、厚労省でさえ実態を把握していない。「活性化リンパ球療法」「樹状細胞療法」「ネオアンチゲン免疫治療」「がんペプチドワクチン」……多少の違いはあるが、基本的には、患者の血液からリンパ球を取り出し、培養・活性化して戻す。すると免疫細胞が、がん細胞を攻撃するという理論にもとづく。

 ただし、これらのほとんどは大学病院などで臨床試験が行われた結果、「効かない」と証明されたものである。その事実を伏せて、進行がんの患者に「治る」という期待を抱かせ、高額な治療費を取っていたら、「詐欺的」と言われてもやむをえない。

 日本医科大・腫瘍内科の勝俣範之教授はこう指摘する。

「免疫クリニック側は、保険適用になるエビデンスなんて出せないことは分かっている。自由診療のままの方が、ずっと儲けが多いわけです。最近は、抗がん剤に免疫療法をプラスすると、効果が高いと言い出していますが、免疫療法を単独でやると、効果がなく、インチキであることがバレてしまうからでしょう」

 勝俣教授には、苦い記憶がある。自分が担当していた卵巣がんの患者が、亡くなる前日まで這うようにして免疫クリニックに通院していたと、後から知ったのだ。

「ほとんど動けない患者から金を取るなんて、そこまで非人道的なことをやるのかと。その時、免疫クリニックを絶対に許さないと決めました」

 勝俣教授はSNSで自由診療の問題について情報発信を始めた。それは後に思わぬ展開を見せる。

ステージ4なら1600万円

 それにしても、なぜエビデンスのない治療に、法外な金を払ってしまうのだろうか? 愛する家族が命の危機にある時、どんな人も冷静な心理状態ではいられなくなる。そして、自分の考えを肯定する情報だけに関心が向いてしまう「確証バイアス」に陥ってしまうことが影響してくるのだ。

 企業のコンサルタント業務をしている男性(40代)の妻が肺がんステージ4と診断されたのは、2人目の子供を出産した直後だった。標準治療では完治が難しいと知ったが、子供たちのためにも諦められない。夫妻はいくつかの選択肢から冒頭のANK療法を選んだ。

「仕事柄ネットをよく使いますが、ANKは情報が整理されていて、分かりやすかった。説明会にも参加しました。後から思うと、助かりたいと思って行くから、信じてしまうんじゃないでしょうか」

 このANK療法は、「リンパ球バンク」という会社が、提携している全国各地のクリニックで患者の血液からリンパ球を採取。それを京都の培養所で活性化して患者の体内に戻す――というシステムだ。

 夫妻は、東京都内にある石井クリニックを選んだ。石井光医師は幻冬舎から6冊の著書を出しているが、大半が自費出版。本を宣伝材料として使う「バイブル商法」で患者を集めていた。

「石井医師は、ANKで肺がんの患者がこう治っていますと画像を見せながら説明しました。そして“1クール400万円×ステージ数”と言われました。1600万円です。えっ? と思いました。そういう命の値段のつけ方をするんだなと。まるで“踏み絵”を迫るような不躾さに、憤りをおぼえました」

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石井クリニックのHP

 まず1クール受けてみて、その先を検討しようと妻と話した。400万円超の費用は全額前払いだった。

 しかし、多額の費用を払っても、効果は思わしくなかった。

「ANK療法が7月に終わってから、8月末に脳転移が見つかっているので、その間も進行していたようです」

 翌年6月、妻は亡くなった。東京五輪までは生きたいという目標は果たせなかった。

 今回、男性が取材に応じてくれたのは、自分と同じ辛い体験をしてほしくないという思いからだ。

「怪しいなという気持ちはありました。でも、良いところを探そうとする。石井医師の口調はちょっと優しかったね、机の上に子供の写真置いていたねとか。良いところを探して自分たちを納得させました」

 確証バイアスは、誰にでも起こりうることを、ぜひ知ってほしい。

大学教授を囲んで恫喝

 2018年11月4日、私は前出の勝俣教授とともに石井クリニックを訪れた。東京駅から徒歩5分の高級オフィスビル「京橋エドグラン」。入館ゲート前に現れた石井光医師が、細い目で我々を睨みつけて言い放つ。「勝俣教授だけだ、中に入れるのは!」。それなら2人とも帰ると告げると、しぶしぶ私の同行を認めた。通された会議室には、5人の男たちが待ち構えていた。

 入り口を塞ぐように石井医師が腰を下ろすと、勝俣教授は周りをぐるりと囲まれた。威圧感を与える狙いだ。石井医師らが詰め寄る。

「患者が来ないと商売にならない。何がインチキと思っているのか聞きたい」

 勝俣教授が反論する。

「免疫細胞療法の効果が不明確であるということは、正しいと思います」

 事の発端は、その10日前に勝俣教授が発信したツイッターだった。彼は講演で訪れた東京・三鷹のビルで、保険診療の一般的なクリニックがANKを行っていると知り、「やめてほしい」とツイートした。

 また、「AERA」(同年10月15日号)では、本庶佑氏のノーベル賞受賞について、石井クリニック関係者の中村健二氏が、解説コメントをしていた。本庶氏の研究とANKは、同じ免疫療法でも、“真逆の存在”である。勝俣教授は、その点をツイッターで指摘したのだ。ちなみに中村氏は厚労省医系技官だったが、研究費の不正で逮捕され、医師免許を取り消された人物である。

 この2つのツイートにANK関係者が「名誉を毀損された」と文句をつけてきた。勝俣教授はツイートを削除したのだが、石井医師らは勝俣教授をクリニックに呼びつけ、謝罪を要求したのである。

 恫喝的な言動が繰り返されたが、勝俣教授は毅然とはねつけた。そのやりとりの中で、彼らの本音が出た場面がある。

 石井「大半は標準治療をやり尽くしてくる。そういう患者にANKをいくらやっても効果はないんです」

 勝俣「標準治療が終った人にやっても効果が出ない?」

 石井「抗がん剤やり尽くした患者はね、免疫力が低いから効かないんです」

 勝俣「効果があまり期待できない患者さんにも実際に行うと?」

 石井「それは患者の方でぜひやってくれというから。それは仕方なくやっていますけど」

 効かないと分かっている治療で、多額のカネを患者からとる。それが免疫クリニックの本質である。

 去年9月、石井クリニックは、ずさんな経営によって自己破産した。帝国データバンクによると、負債総額は約9億円にもなる。

「大丈夫、自分はこんなものに引っかからない」と思う方もいるだろう。しかし、落とし穴は意外なところに口を開けている。

「再発転移がん治療情報 あきらめないがん治療ネットワーク」というウェブサイトがある。一見すると、中立的な立場で患者に情報提供をしているように見える。だが、運営団体の代表理事は、自由診療で免疫療法を行う東京ミッドタウン先端医療研究所の所長である。サイトにはリンクが貼ってあり、同クリニックのサイトへ飛ぶ仕掛けになっている。宣伝である事を隠した、ステルスマーケティングの一種だ。

 ユーチューブで正しいがん情報を発信している、腫瘍内科医・押川勝太郎医師は、フェイク情報の氾濫を問題視している。

「ステージ4や、治っても再発を恐れている人が騙される傾向があります。自由診療の有効性を調べると、理論だけや試験管の実験効果なのですが、宣伝が巧みなので信じてしまう。正しい医療とは何か、患者が学ぶ機会がないのが問題です」

オプジーボが8割に効く!?

 免疫チェックポイント阻害剤・オプジーボを自由診療で用いているクリニックもある。オプジーボは、高い効果の反面、重い副作用がある。特に、オプジーボと免疫細胞療法を併用した患者で重篤な副作用が8件、死亡が1件確認された。そこで国は、オプジーボの使用は専門医や緊急時の入院対応などの要件を全て満たした医療機関に限定している。

 ただ、自由診療のクリニックのなかには、国の方針を無視しているところがある。湘南メディカルクリニック(東京)では、今年1月の説明会で次のように話していた。

「自分のNK細胞と、ノーベル賞をとったオプジーボとヤーボイという薬を併用する独自の治療法です。かなりひどい肺の転移が消えた人もいますし、お腹の中が、がんだらけという人も綺麗に消えました。8割以上の人を、3ヶ月で死にますよという人を、3年、5年生かす治療だと思っていただいていい」

 オプジーボの正式な臨床試験では、効く患者は2割から3割とされている。もし本当に8割に効くのなら、驚異的な数字だ。ただし、同クリニックの治療成績は、客観的な検証ができないことに注意したい。

 このクリニックでは、定められた用量の12分の1を投与している。副作用を抑えて効果を得るためだというが、こうした少量投与について本庶氏は「常識的に考えて効かない」と発言している。


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本庶氏

 去年夏、同クリニックで治療中の患者が、「下垂体機能低下症」という重篤な副作用で救急病院に搬送された。これは死亡者も出ている深刻な症状だが、説明会では一切触れなかった。

乳がん手術をやめた女性

 東京・世田谷区の高級住宅街に、自由診療の「ガーデンクリニック中町」はある。中に入ると大型のシャンデリアが目に入る。室内の装飾や調度品などは、中世ヨーロッパ調の贅沢な雰囲気。そこに設置されているのは、大型の医療機器やカプセル型装置。じつに奇妙な取り合わせだった。医療現場を長く取材してきたが、こんなクリニックは初めてである。スタッフの男性に聞くと、医師や看護師は常駐していないという。

ガーデンクリニック中町・2

ガーデンクリニック中町の診療室

 クリニックのサイトには、独自のがん治療が記されているが、医療現場では見かけない単語が並ぶ。「尿療法」「毒素排除」「ガン免疫強化療法」「プラスイオン」……。

 2017年10月、ある女性がここを訪れた。女性は都内のがん診療連携拠点病院で「乳がんステージ0または1。全摘手術で5年生存率は97%」と診断されていた。そして、乳がんの外科手術を2日後に控えていた時だった。

 女性の夫によると、院長の吉水信就医師はこう言ったという。

「どうしても乳房を残したいのなら、“別の方法”があります。3ヶ月もすれば、がんは消えます。消えない人でも6ヶ月やれば消えます」

 別の方法とは、「温熱治療」や「断食療法」を組み合わせた、クリニック独自のがん治療だ。

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