トランプSNS永久追放は「トランプ的なもの」を深刻な形で強化する|三浦瑠麗
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米国政治の分断は、日本から見てなかなか理解しにくいものです。ジョージア州で行われた上院議員の決選投票を民主党が制し、またトランプ氏がバイデン氏に敗れたことを認めなかったため、先日はトランプ支持の極右勢力による連邦議事堂の占拠にまで発展しました。
民主国家には、平和裏に行われる権力移行が必須です。米国の場合は常に分断しているからこそ、いっそうの緊張感が漂うわけですが、これまではせいぜい訴訟が長引いたり、あるいは2017年大統領就任式のときのヒラリー氏のように、負けた側が優美に振舞えるかどうかが問われていたわけで、今回は数段レベルが違う危機的な事態です。
トランプ大統領は暴動を扇動したとして、ツイッター社をはじめ、SNSアカウントなどから一斉に追放されました。さっそく議論が沸き起こっていますが、リベラルのあいだではこの判断が圧倒的な支持を得ているようです。
人々が愕然としているのは進歩したと思っていたはずの社会が「先祖がえり」を起こしているからでしょう。米国政治の歴史は暴力的なエピソードに満ちています。トランプ現象には、部分部分を見れば様々な既視感があります。反東部エスタブリッシュメントを掲げたアンドリュー・ジャクソン大統領。1950年代に赤狩りを推進したジョセフ・マッカーシーと、その反共主義を利用したリチャード・ニクソンとロナルド・レーガン両大統領。南部のアラバマ州知事であったポピュリストのジョージ・ウォレス……。
さらに新たな構造的変化として加わったのは、情報化社会と大衆化が結びついたことによるつながりの要素でしょう。SNSからトランプ大統領およびそれに連なる高官を締め出したくらいでは、トランプ派を消し去ることはできません。むしろこの動きは、トランプ的なるものをもっと深刻な形で強化する方向にしか働かないでしょう。
YouGovが実施した直後の世論調査によれば、共和党支持者のうち実に45%がこの明白な不法行為を支持しており、3割近くが強く支持していたことが分かっています。暴動を起こした者の逮捕は当然です。しかし、民主党サイドはここで明白な犯罪と、信条にとどまる事項とのあいだに一線を引くべきところを踏みとどまれませんでした。トランプ政権の高官だった人々を、その発言や政権支持の行動ゆえに日の当たる場所から排除する。SNSからの永久追放は言論の排除につながることから、その象徴的事例です。
そうした「排除」に出ることで、むしろ共和党の中では陰謀論が勢いを得やすくなります。今回の暴動に加わった一部の過激派は捕まるにしても、人々の思想まで取り締まることはできません。陰謀論が、民主党サイドの行動によってある意味で自己成就してしまうサイクルが完成したのです。
共和党は怒り狂っています。バイデン政権にはハネムーンは成立しないでしょうし、2022年の中間選挙、2024年の大統領選挙に向けてどうやって民主党に報復を行うかが主要な関心事となるでしょう。そうやって、政治的分断が単なる利害や価値観を超えて信念のレベルにまで強化されていく過程を私たちは目撃しています。
民主主義は極めて志の低いところからスタートしなければいけない。そのことが、いまのリベラルの多くには十分認識されていないのでしょう。国家とは極言すれば内戦を避けるためにある。そして、民主主義とは政敵とも共存しつつ生きていくということです。
そのための正当な手続きである選挙結果を塗り替えようとしているのはトランプ派だったじゃないか、というのはその通りです。しかし、誰かが法を踏み越えた時には逮捕してよいが、相手が法で罰せられない範囲内の言論にとどまったときには、自分たちも言論で対抗するというのでなければ、民主主義を壊すことに自身が加担してしまいかねない。その危険に気づくべきです。
トランプの攻撃的で反エリート的なスタイルに注目が集まった結果として、新たな政治的分断の本質が「陰謀論」と「友敵関係」へとずらされていることには注意が必要です。
トランプが発してきたのは、国内的には、首都の腐敗した政治が中間層の利益を台無しにしているという中道受けのする世界観であり、対外的にはその無能な指導層ゆえに米国が当然享受すべき栄光が損なわれているというメッセージでした。米国が沈みつつあることの原因を、構造的な要因ではなくリーダーの無能さと腐敗に求めるのはある種分かりやすいポピュリズムの典型です。
ただし、彼が中間層に目を向けたのは合理的な判断の結果でした。米国の栄光、旧き良き時代というキーワードをちりばめつつ、その実は共和党の経済政策を中道に引きずっていくところに大きな動機があったからです。
それは、「中間層」にも恩恵が必要であり、彼らを置き去りにしないというメッセージでした。そして、ノスタルジックな米国の心象風景を描くことで、社会保守的な彼らのマインドに訴えた。
戦争をせず、自国市場から中国製品を排除しようとし、中東和平を部分的に達成する。そのことで、実際には帝国の手じまいをはじめたのですが、それは彼らの自己イメージでは意気揚々とした撤退だったのです。次回は、その外交の中身を振り返りましょう。
■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。