次期政権は短命に終わるか、長期になるか|三浦瑠麗
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安倍総理が辞任の意を表明してから株価は急落し、各社世論調査における政権支持率は跳ね上がりました。日経新聞世論調査によれば、実に74%の人が安倍政権の実績を評価すると答えたといいます。今までの支持率低迷や、安倍さんが追い詰められたという報道は何だったのだろうと思われる方もいるかもしれません。
しかしこれは当然予想されたことで、日本における長期政権の場合、政権の支持率は文字通りの支持不支持を示しているわけではありません。自民党をいついかなる時も高く評価している層は1割程度であり、米国の共和党員のように8割程度の支持をトランプ大統領に与え続ける党派的な層がそもそも薄いのです。そうすると残りの、全体としては評価しているけれども自民党のコアファンではないという人たちの回答が揺れ動くことになります。
コロナ禍で8~9割の人が健康不安におびえ、雇用や経済への不安も拡大したことで政権支持率はがたんと落ちました。けれども、それは現状に対する不安や不満の表明にすぎず、政権を変えたいという意思の表れではなかったのです。安倍政権の支持率は、安保法制のように国を二分するような政策を推進したり、モリカケのような不祥事があると下がり、何もしないで平常運転を続けていると上がってまた元に戻るというサイクルを繰り返してきました。それを受けて、国民は忘れっぽいとか、騙されているのだといった論評をよく見かけますが、この主張を7年半も続けるのはさすがに現実に学んでいないとしか言いようがありません。
安倍政権は長期安定政権ゆえに国民から求められ続けていたのであり、今回の支持率急騰も、安定した政権を望む国民の心の表れです。現に、同調査では63%が与党に過半数を維持してほしいと答えており、56%が次期政権に4年あるいはそれ以上の任期を務めることを望んでいます。来年9月までにしてほしいと答えたのは19%であり、衆院の残りの任期を超えて在職してほしいと思っている人が71%にのぼります。
安倍政権の功罪を論じる論考はすでにたくさん世に出ています。有権者はその功も罪も理解したうえで彼を選んでいたのであり、結果に不服な人が被害妄想的に有権者の意思を捉えるようでは、今後の日本には一切変化の可能性が残されないでしょう。
とはいえ、安倍政権に何らかの巧みさがあったからこそ、過去の自民党政権と違ってそのような盤石な基盤を築けたのだと考えるべきです。それが、『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)で分析した安倍政権の長期政権維持戦略でした。安倍さんが長期政権を実現させたのは、簡単に言うと、攻めと守り、積極性と消極性のバランスを巧みにコントロールすることで、定期的に国政選挙に勝ち続けるプラスのサイクルを維持したからです。
安倍政権は中道保守寄りのコンセンサスを築くことに長けていました。歴史的、国際的に見て基本的に正しい課題設定を行い、かといって踏み込み過ぎなかったということです。回転ドアのように入れ替わる短期政権の弊害を乗り越えたことで国際的な日本の地位を回復しただけでなく、米国が背を向けつつある自由貿易や国際協力を守る側に回り、TPPや日豪、日欧EPAなどを実現しました。その時々でメディアでは不安が煽られましたが、日本人は大きな方向性としての安倍外交や通商政策を支持しました。
安倍政権が推進した政策の中にはリベラルな論点も存在します。「なりふり構わない」といういささか印象論的な用語で語られがちなそうした諸政策も、世の中の進歩に合わせて中道のコンセンサスに沿ったことをしたにすぎません。安倍さん自身は社会的には保守で、皇位継承問題など保守にとって譲れない問題においては決して妥協をしませんでした。一方、女性の地位向上や最低賃金の上昇などは、保守が譲れない論点ではまるでなかった、ということです。むしろ経済発展の観点から、マイルドなペースで進む限りにおいてこれらの課題を積極的に推進する立場であったということができるでしょう。
政権維持戦略の根本は、第二次政権を通じて貫かれました。この根本方針への支持が高いからこそ、安倍政権の終焉にあたって与えられた支持率が高いものであったというわけです。
では、そのような安倍さんの長期政権維持戦略は次期政権にも引き継がれるのでしょうか。安倍総理の会見後の世間の動きを見る限り、実はマーケットも国民も一刻も早く長期安定政権に戻りたいという思いの方が強いように見えます。せっかく新党設立をアナウンスした野党二党に注がれる注目も低く、自民党がすべての注目をかっさらってしまったことは確かです。新総裁になってすぐに解散総選挙を打てば、与党はふたたび勝利を収めることができるでしょう。
しかし、ここまで振り返ってきた安倍政権ならではの老獪な政権維持戦略は、誰にでもできるわけではありません。短命政権に終わるか、長期政権になるかはここ1年間が勝負です。自民党の派閥政治の力学で党員投票を省略した総裁選で候補を決めようとするような「ズル」をすると人気は下がるので、やりすぎると短期的には支持が離れます。自民党内には、すでに若手や石破派を中心に党員投票を省略すべきではないという声が上がっています。正論でしょう。地元の党員に対する配慮に加え、彼らには「上が詰まっている」「権力を自分たちの間だけでたらいまわしにしている」ことへのフラストレーションがあるのだと思われます。
いつもながら、自民党の活力を維持するためには野党との戦いに期待するのではなく、むしろ自民党内の政治家に元気でいてもらい、どんどん競争を促進しなければならない、という結論に落ち着くわけです。
■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。