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【全文公開】本多勝一の消えた著作 角幡唯介さんの「わたしのベスト3」

ノンフィクション作家・探検家の角幡唯介さんが、令和に読み継ぎたい名著3冊を紹介します。

角幡さんver1

 以前、沢木耕太郎さんと対談したとき、意識する書き手の1人に本多勝一の名をあげていた。沢木さんの作風と結びつかず意外な気がしたが、もし本多勝一という人がいなかったら日本のノンフィクション作家は事実に対してもっとルーズになっていたと思う、と話しており、なるほどと頷いた。事実の厳密性で彼の目を意識することで、沢木さんは自分の作品の完成度を吟味していたのだ。

 私も若い頃、本多勝一には強烈な影響を受けた。私は大学探検部に入ったことで登山や冒険の世界に足を踏みいれたが、じつは日本最初の探検部を京都大学に創設したのは、本多だ。彼は優れた記者だっただけではなく、もともと今西錦司の系譜をひく登山家、探検家でもあり、『冒険と日本人』などで明晰な冒険論、登山論を展開し、日本の山男、冒険野郎に圧倒的な影響力をおよぼしてきたのだ。まあ40歳以上のまともな登山家、冒険家で本多の本を読んでいない者など、まずいない。近代登山とは、探検とは、冒険とは? そうしたことは本多勝一の本を読まないとわからないのである。

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 本多の影響は人類学の世界でも顕著だ。たとえば『カナダ=エスキモー』は極北の人類学の世界では必ず言及される古典だ。今ではイヌイットの伝統文化は衰退しており、本多のような本を書くことは不可能。その意味で彼の〈極限の民族〉3部作は歴史的な史料とすらいえる。また『殺される側の論理』などで搾取する側、搾取される側の差別構造、社会的不正義を告発しつづけたことで、彼は読み手の思考回路に決定的な視点を導入するに至った。

 その読書界全体に広範な影響力をもっていた書き手の作品が、今では本屋でほとんど手に入らないのである。いったいこれはどうしたことか。その理由を詮索する紙幅はもうないが、彼の著作があっという間に消えたことは、今の出版界の不健康な現状を示しているようにも思える。

 ということで、疑義の呈示もふくめ、あえて彼の本3冊を選んだ。



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