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【中学校】Teams+GoodNotesを活用した教材提示による合理的配慮事例

私は2018年から北海道新冠町で情報活用能力育成やプログラミング教育のアドバイザーとして活動しています。

今回は、2022年10月27日に行われた中学校での授業実践をご紹介します。
Teamsを活用するアイディアのひとつとして、また様々な特性を持つ生徒に対する合理的配慮の事例として、ぜひたくさんの先生方に参考にしていただければと思います。

また、iPad向けのアプリであるGoodNotesについて、その特徴や授業での活用メリットについてご紹介します。

はじめに

まず前提として、学校の授業でのICT活用にはどのような主体や場面があるのか整理したいと思います。

  1. 教師主体の利用

    • 教具としての利用(先生が児童・生徒に教材を示すための道具)

  2. 学習者主体の利用 →情報活用能力の育成

    • 個別最適化された学びのための利用(ドリルや調べものなど、学習進度や個々の興味に合わせて個人で取り組むもの)

    • 協働の学びのための利用(コンテンツの共同編集など複数人で協力しながら課題解決に取り組むもの)

今回は、教具としてのICT活用事例のご紹介です。
ICT活用場面の全体像を把握した上で、今回取り上げた場面での活用のねらいや、それを達成するための教師の工夫・意図について考察していきたいと思います。

授業概要

教科:中学校技術科
学年:1年
単元名:第三角法による正投影図
授業者:大光 啓慎先生(新冠中学校教諭)
本時(1時間目/全3時間)の目標:
・第三角法による正投影図の仕組みを理解する【知・技】
・第三角法による正投影図の作図ができるようにする【知・技】

どのような合理的配慮を目指したのか

1. Teamsを使った生徒の手元での資料提示

今回の授業においては、生徒に対する合理的配慮として「教師の提示資料を手元で見ることのできる環境」を、授業者の教師と生徒全員が教室にいながらTeamsに接続することによって実現しました。

教師が提示する資料やその時々の指示は、教室前方に置かれた大型モニターに投影されたり、黒板への板書によって示されたりといった形で、「黒板や大型モニターをみんなで見る」という状況が多いと考えられます。
さらに、教師が提示した資料や指示を「ノートに書き写す」「資料を見ながら課題に取り組む」といった場面もあります。

しかし、「児童の視空間性ワーキングメモリの発達特性と教育支援に関する検討」堂山(2015)によると、板書視写場面と机上視写場面とでは視写の困難さに有意な差があることがわかっています。
その原因として、以下のような考察がされています。

板書の視写の場合, 机上での視写の場合に比べて, 視線や頭の動きも大きく, 文字を記憶する力も必要になりワーキングメモリの働きが大きくなる. それ故に, 机上での視写よりも板書の視写において困難を抱える児童が多いと考えられる. ワーキングメモリの弱い児童にとって板書はより負荷が大きくなり, 単語として記憶できず, 一文字ずつ写すために写すのが遅くなったり, どこを写せばいいのか分からなくなるといったことが生じやすくなるのであろう.

堂山亞希(2015)「児童の視空間性ワーキングメモリの発達特性と教育支援に関する検討」東京学芸大学博士論文, 34

授業者である大光先生からは、これ以外にも黒板やモニターの付近、および机上までの空間にあるいろいろなものが目に入ってしまい、集中力が途切れることも、生徒の作業を妨げる一つの要因として挙げられていました。

2. グラフィックレコーディングの活用

本授業で使用したグラレコの例

授業にグラフィックレコーディング(以下グラレコ)を使うようになったきっかけのエピソードを大光先生に伺いました。

昔特別支援の研修を受けたとき、子どもたちが状況を把握しやすい方法として、「コミック会話」という手法があることを知りました。棒人間に吹き出しをつけて、漫画のようにして説明してあげると理解しやすい、というものでした。とはいうものの、たかが棒人間といえども描くのは難しく、YouTubeでしらべたところ「グラレコ」に出会いました。本来グラレコは会議の内容を視覚的にイラストでまとめる。というものですが、これを授業で活用すれば、特別支援の子たちや母国語を日本語としない子たち、言葉による指示が理解しにくい子たちにも応用できるのではないかと思い、使い始めました。
ちなみに実際グラレコを描くと、子どもたちも喜びます。

大光先生へのヒアリングノートより

大光先生が授業改善のヒントを得たコミック会話は、アメリカのコンサルタントであるキャロル・グレイが提唱した発達障害のある子どものためのコミュニケーション支援法です。佐竹(2014)によるとコミック会話には以下のような教育効果があるとされています。

「コミック会話」で会話を「見える化」すると、会話の意図や 伝え合うべき内容が文字通り目に見えて明確になる。そのため、会話が逸れていくことが減り、対人的葛藤場面の解決方法や人の気持ちの理解も高まるため、会話を行ったことに対する達成感も高まると期待される。何より、自分の伝えたいことが相手に伝わる体験を積み重ねることで、コミュニケーションをとることの満足感を得られる支援方法であると期待されている。

佐竹和美(2014)「発達障害児に対する視覚支援ツールとしての「コミック会話」の教育効果の実践事例」『佛教大学大学院紀要 教育学研究科篇』42, 24.

ここで述べられているコミック会話の教育効果は、あくまでも「会話」が対象で、生徒自身が会話の際自発的に線画を使うことによるものですが、大光先生はそのエッセンスを授業での指示をわかりやすく伝えるために利用しようと考え、グラレコの手法を応用してみたそうです。

グラレコの効果について、中川, 菅谷(2021)による論文から引用します。
グラレコは、清水(2017)によると「会議の中で人々の議論をリアルタイムでグラフィックに可視化する」手法です。グラレコのもつビジュアルシンキング(頭の中を視覚化する行為)効果については、久保田(2020)による「(1)思考力が上がる,(2) コミュニケーションが活性化する,(3)創造力が上がる」の3点を紹介し、それぞれの具体的な効果についても触れています。

(1)思考力が上がることは,「思考を整理できる,思考を単純化・要約できる,全体を俯瞰できる,記憶に残りやすい」,(2)コミュニケーションが活性化することは,「参加者意識を向上できる,チームの共通言
語になる,議論を刺激し加速できる,チームの合意形成が促される,記憶が共有化される」,(3)創造力が上がることは,「頭の中のアイデアを形にできる,新しいつながりを発見できる,アイデアをストーリーで伝えられる,自己表現の道具になる,チームの創造性が高まる」といったことが期待されている。

中川舞柚, 菅谷克行(2021)「グラフィックレコーディングを用いた情報整理」『CIEC春季カンファレンス論文集』12, 17

まずは大光先生が授業で伝えたいことを整理・要約し、全体を俯瞰できる資料を提示することが出発点となり、指示が伝わりやすくなるとともに授業内でのコミュニケーション活性化が期待できます。更に生徒がこの手法を真似てノートテイキングのスキルを向上させることで、生徒自身の思考力や創造力の向上が見込め、コミュニケーションも更に活性化されるのではないでしょうか。

3. 指示は3つにまとめる

大光先生が「授業を受ける側」の立場を経験して気付いたことについて、以下のように語っています。

パワーポイントで作られたスライドの多くが、びっしりと詰め込まれた文字情報であることが多く、見る側に立つと、何を伝えたいのかわかりにくい時がありました。なのでスライドによるプレゼンについて勉強しました。

大光先生へのヒアリングノートより

この「授業を受ける側」の経験は非常に重要なことであり、その気付きをきっかけにスライドによるプレゼンの手法について勉強されたそうです。そのための情報収集の方法としては以下のように語っています。

特にこれというものはありませんが、YouTubeで「プレゼンのコツ」「資料のまとめ方」「仕事効率化」「発達障害」「特別支援」「指示の出し方」「合理的配慮」などのキーワードで検索し、出てきた動画を流し見して、使えそうなテクニックを組み合わせて活用しています。

大光先生へのヒアリングノートより

普段の生活の中で「あっ、この機能授業で使えそう!」とか「特別支援の子たちがわかりやすそう」などと、常にアンテナをはって情報収集をしているそうです。こうした視点で情報収集を続けた結果、伝わりやすいスライドの作り方について大光先生が理解したことは以下の3点です。

  1. ワンスライド・ワンメッセージ

  2. ポイントは3つにしぼる

  3. 文字情報はキーワードで

この3つを基本にしながら、授業で使うスライドを作ったり、指示や作業の流れを3つにまとめてシンプルにするなどの工夫をされているそうです。

授業の様子

授業はまずTeamsに全員が接続するところから始まりました。生徒はすでにTeamsを使い慣れた様子で、詳しく説明をしなくても技術科のクラスにアクセスして接続できていましたが、数名が学習機側の要因により再起動することになりました。
大光先生はこのあたりの状況にも慣れた様子で、全員が接続できるまで待つ余裕を持っていましたが、1名のみ時間がかかるということで、その生徒については接続が完了するまで前方にある大型モニターを見るように指示をして授業が開始されました。

それぞれが自分の端末で提示資料を見ることができれば本来は大型モニターへの投影は不要ですが、万が一接続の不具合が発生した場合などの備えとして利用していました。

導入として、製図がなぜ必要かということや、製図の仕方にはいくつかの方法があり、今回は「第三角法」という方法を使って正投影図というものを作図する授業であることが伝えられました。
提示する資料はGoodNotesに画像を貼り付けたり、黒板に板書するように手描きの絵や文字を入力して作成されたものです。

この写真を見てお分かりいただけるように、生徒はそれぞれ手元にあるコンピュータに投影された資料を見ています。

いろいろな人が描いた本棚の絵を示し、ルールがないと描いた人によって図に違いが出ることや、見えない部分が描かれないなどの問題があることを説明

続いて、「第三角法による正投影図」の仕組みを説明します。この時は積み木を撮影した画像と、実際の積み木を使って説明をしていました。
必要に応じて大光先生の手元のiPadでGoodNotes上の画像に補足説明を入れていきます。

今回製図する形を積み木で示し、製図に利用する方向をその場でGoodNotesに描き入れて説明
実物の積み木を角度を変えて見せている場面

製図の仕方についての説明が終わると、まずは立方体の製図を各自行います。紙のワークシートが配られ、説明の画面を手元で見ながら製図していきます。

机上の画面を参考にしながら製図

理解を深めるために、「てくてくタイム」として他の人と交流します。まだ理解ができていない生徒は、友達に教えてもらいながら間違いを修正します。

「てくてくタイム」で教えあいをする様子

この授業時間内に、立方体の他にも直方体や積み木を使って例示されたものと同じ階段状の立体の作図も行いました。
特に階段状の立体の作図はすぐには理解できない生徒が多かったものの、生徒の発言を拾いながら大光先生がヒントを出し、少しずつ理解していきました。

授業の終了が近くなると、振り返り用のワークシートを配布して今日の授業を振り返ります。このワークシートも、日本語が母国語ではない生徒のために、該当する箇所に〇をつけることで最低限の振り返りができるように配慮されていました。

ワークシートは日本語が母国語ではない生徒に配慮してひらがなを多用

GoodNotesの良さ

今回の授業で大光先生が活用したGoodNotesは、iPadやMacなどApple製のデバイスで利用できるアプリケーションです。

GoodNotesがなぜ使いやすいのか大光先生に伺ったところ、以下のようなメリットがあるとのことでした。

  • PDFや画像を貼り付け、その上から手書きでメモを書くことができる

  • サイズを気にせず自由に書ける

板書の感覚で、手元で操作ができるというのが使いやすいようです。
他にも優れたプレゼンテーションアプリがたくさんありますが、機能が非常にシンプルであるということも含めてiPadやMacを使い慣れている先生にはこのGoodNotesが一つの選択肢となるかもしれません。

また、グラレコを使って授業を視覚的にまとめることにも使いやすいでしょう。

指導についての振り返り

今回はTeamsとGoodNotesを使うことにより、合理的配慮が必要な生徒にも指示や説明が伝わりやすい教材提示を目指しました。
実際に授業を行った大光先生は今回の授業を振り返ってこのように話しています。

授業はもちろんのこと、部活やその他学校生活においても、これら(コミュニケーションにおける合理的配慮のポイント)のことを意識して生徒と関わるようにしています。目標は「全員がわかる」です。特別支援の子、母国語を日本語としない子、合理的配慮が必要な子がわかれば、全員がわかると思います。実際授業では、ほぼ全員が1つの指示に対して同じ認識で動けるようになりました。言葉や文字ばかりの指示よりも、「グラレコ」や「キーワード」、「ポイントは3つ」を組み合わせた方が、生徒にとってはわかりやすいようです。

大光先生へのヒアリングノートより

今回の授業の工夫は、ソフト面とハード面の両面で考えられています。
ソフト面の工夫としては、スライドに盛り込む文字の量や、視覚的デザイン、普段の言葉かけなどの改善が挙げられます。

ハード面の工夫として、今回ご紹介したような生徒が手元で資料を確認するためのTeamsやGoodNotesを使った提示の工夫があり、これは1人1台端末の環境が整ったからこそ可能になった工夫でしょう。

多くの学校で教室のレイアウトは前正面に黒板と教卓、左右どちらかに大型モニターを配し、基本的に全員が正面を向いて授業を受けるのが一般的です。
しかし、Teamsを使って机上で先生の提示資料を見ることができるという前提に立つと、教室内のレイアウトをもっと自由に変化させることができるのではないでしょうか。
iPad利用の場合はAppleTVなどを使ってリモートでモニターへの投影を行うと、先生も自由に動けるようになります。
特に実技の多い技術科では、教室レイアウトの自由度が高まることによる効果を感じやすいかもしれません。

逆に、これまでの指導スタイルに慣れている先生にとっては、生徒が机上のモニターを注視する場面が多いため、説明時に生徒と目が合わなかったりすることでコミュニケーションに対する違和感を感じる場合もあるでしょう。
対面授業の良さでもある顔を合わせてのコミュニケーションが最大限生かされるよう、配慮する必要があると思います。

授業終了後の大光先生との会話の中で、今回は実施しなかったものの、他にも以下のような授業改善の可能性が挙げられました。

  • 日本語が母国語ではない生徒に対する配慮のために、全員がひらがなで記載されたワークシートを使うのではなく、個別最適化されたワークシートを選択できるようにする

  • 積み木の実物を見せる時にiPadのカメラを利用していろいろな角度から見せる

  • 生徒が作成した図を画面共有し発表させる

いずれも、大光先生の今後のさらなる授業のブラッシュアップに期待したいと思います。

参考文献

  1. 堂山亞希(2015)「児童の視空間性ワーキングメモリの発達特性と教育支援に関する検討」[https://u-gakugei.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=32751&item_no=1&attribute_id=21&file_no=3] 東京学芸大学博士論文

  2. 佐竹和美「発達障害児に対する視覚支援ツールとしての 「コミック会話」の教育効果の実践事例」[https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DK/0042/DK00420L017.pdf] 『佛教大学大学院紀要 教育学研究科篇』42, 17-34

  3. 中川舞柚, 菅谷克行(2021)「グラフィックレコーディングを用いた情報整理」[https://www.ciec.or.jp/archives/002/202103/CIEC%E6%98%A5%E5%AD%A3%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B92021%E8%AB%96%E6%96%87%E9%9B%86.pdf] 『CIEC春季カンファレンス論文集』12, 17-24


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