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小学校統合に児童と地域の希望を見出すワークショップの在り方とは

少子化に伴って学校の形が変わりつつあります。学校の統合もそのひとつ。
複数の小学校が合併したり、小中学校が合併して義務教育学校になったりと、様々な動きがあります。

こうした取り組みに対し、文部科学省は「公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関する手引」の中で以下のように述べ、地域コミュニティの核としての性格への配慮を求めています。

このため、学校規模の適正化や適正配置の具体的な検討については、行政が一方的に進める性格のものでないことは言うまでもありません。(中略)地域住民の十分な理解と協力を得るなど「地域とともにある学校づくり」の視点を踏まえた丁寧な議論を行うことが望まれます。

文部科学省(2015)『公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関する手引』

丁寧な議論とはなんでしょうか。話し合いによって葛藤を乗り越えることは本当に可能なのでしょうか?

丹間康仁による『子どもの教育条件整備をめぐる地域の葛藤と校長の役割』では、「学校教育の条件整備の過程に保護者や住民の意思を反映させていくうえで、参加のための学習を支援していくことの重要性が示唆される。」とし、複雑な葛藤が生じた状況に対し校長が議論の場を築きなおす役割を担った事例を挙げています。
この事例では、地域の人や保護者を主体とするさまざまな葛藤を「大人目線」で話し合う過程において、住民投票を実施しています。しかし、それをきっかけに意見の対立が明確になり、最終的には校長が「子どもの教育上の観点から」話し合いに加わることで合意に至ったというものです。ただし、一応の決着はみたものの最後まで一枚岩とはいかなかったともあります。

前置きが長くなりましたが、今回は小学校統廃合のプロセスに当事者である児童や保護者、地域住民が自発的に参加していくための学習支援例として、新冠町で実施されたワークショップを取り上げます。

学校統合に向けた取り組みと小学校PTA交流こどもアート体験事業

新冠町は2020年に「新冠町小中学校適正規模・適正配置基本計画」を策定し、それに基づいて2021年に「新冠町小学校統合計画」を策定しました。
その統合計画は、「新冠小学校と朝日小学校を新冠小学校に統合する」というものです。

統合に向けては、教育長を委員長とする「学校統合準備委員会」が設置されました。構成員には行政と学校からの代表者が含まれ、学校の代表者としてPTA役員が参加しています。
2024年4月の統合後の小学校(新冠小学校)開始に向けて、今年度は交流学習など統合に向けた準備を進めていく最終段階となっています。

このタイミングで企画されたのが北海道文化財団のこどもアート体験事業を活用した小学校PTA交流こどもアート体験事業です。
もともとはPTA交流(保護者と教員の交流)を目的として企画が始まったものですが、大人だけの参加は難しいという声があり、子どもたちが楽しめる事業を企画しようということになったそうです。
今回の事業は、学校統合準備委員会のPTA部会で協議を重ね、PTA交流の機会としてアーティスト 加賀城匡貴氏による「空想の新しい学校」をイメージし、そのイメージを具現化するワークショップを行うことになりました。

その後、コーディネーター・アーティスト側からの提案もあり、この機会を一過性のPTA交流イベントとするのではなく、学校教育にも結び付けながら実施していくことにし、以下のような流れで一連の活動が行われました。

学校での学習活動の中で

7月3日からは3週(全9日)にわたり加賀城匡貴氏が新冠小学校および朝日小学校を訪問し、児童と共に「見立て」作品作りを行いました。
この活動は全校児童が取り組みに参加しています。

「見立て」作品
既存のものを別の見方で捉えることでそれが人の顔や動物、自然はたまた奇想天外な別の何かに見えてしまうという作品です。子どもたちは会場内(例えば、小学校であれば、教室や廊下、体育館、グラウンドなど)や周辺地域にある様々なものを見立てて、作品を制作してゆきます。会場が、即席の美術館に変わっていきます。

令和5年度北海道文化財団 こどもアート体験事業
朝日小学校・新冠小学校×加賀城匡貴 ワークショップ活動計画より

アーティストが2つの小学校を行き来しながら、以下のような活動を行いました。

アーティストと児童との出会い
アーティストが事前に新冠を訪れ、そこで感じたイメージをコンセプトにまとめ、出会いの場で児童と共有しました。
「空想の学校(新しい学校)」に新新冠小学校(にいにいかっぷしょうがっこう)と名付け、校章も発表!
「にいにい」という愛称もあります。

児童にコンセプトを共有するアーティストの加賀城氏

ここから児童たちがイメージを膨らませ、「にいにい」の仲間たちを探す活動がスタートします。

見立て作品制作 / アイディア交換
児童たちは「にいにい」の仲間をそれぞれ自分の学校の中で探し、付箋に「どんな仲間なのか」を書いて貼って写真を撮ります。

「にいにい」の仲間を発見したよ!

さらに、校内で発見された「にいにい」の仲間をプリントアウトしたものを掲示し、校内でアイディアを交流しました。

何に見えるかな?

空想の学校イメージ共有 / ロケハン / 編集会議
「にいにい」の仲間たちからインスピレーションを得て、「にいにい」という学校がどんなところなのかについてもイメージを深めていきます。

深まったイメージを、学校の「イメージ動画」や「要覧」といった形でアウトプットするため、たくさん出たアイディアを少しずつまとめていきます。

「にいにい」のイメージが続々とわいてくる

動画撮影 / 媒体制作
アーティストと協力し、イメージを共有しながら、イメージ動画やポスター、要覧が作られていきました。

「にいにい」の仲間を描いたり、児童のアイディアがポスターになったり

見立て作品の展示
7月29日から始まるPTA交流事業に向けて、会場となる朝日小学校の見立て作品やポスターをそのまま美術館の展示物のように展示していきます。
たくさんでてきた「にいにい」の仲間たちのアイディアも、写真と共に展示されました。

学校が美術館に!

ここまでの活動については、この事業のコーディネートを担当したAISプランニングのWebサイトにも掲載されていますので、ぜひご覧ください。

PTA交流事業として

7月29日には、朝日小学校を会場に両校児童と保護者による共同活動が行われました。

朝日小学校に展示された「にいにい」の仲間を探すゲームを経て、「にいにい」の仲間をさらに発見する活動を児童のグループや親子で楽しみ、作品の発表会も行われました。

「にいにい」の仲間をたくさん発見して賞品ゲット!

2つの小学校の児童が協力して活動を行い、また、保護者や教員は給食係として夕食のカレーを調理し交流を図りながら、この日の活動の最後に参加者全員で給食を食べ、翌日にせまったお披露目会への期待を高めていきました。

夕食会でさらに交流を深めました

このような活動を経て、7月30日には朝日小学校を会場に、地域の人に向けた学校開放と作品のお披露目会が実施されました。

「にいにい」のお披露目

ここまでアーティストと児童、保護者が共同で作り上げてきた「にいにい」をいよいよお披露目する日がやってきました。
この日は、「にいにい」の仲間を展示する美術館となった朝日小学校を、参加者は自由に見て歩きます。

受付では、共同制作作品のひとつである「学校要覧」が配られました。
この要覧を見ただけで、活動に参加していなくても「にいにい」のイメージが伝わってきますね!
児童だけでは要覧を作って学校のイメージを伝えるという発想は出てこないと思います。要覧は保護者に学校のイメージを伝える目線で作られたものであり、児童が直接それに触れる機会はほとんどないからです。
一人の大人であるアーティストと児童が共に創作をすることで、児童の発想の領域がぐんと広がるということがよくわかる事例です。

要覧の制作やその発表を通して、児童は学校という場所にどんな要素があって「学校」として成立しているのかを改めて知ります。
学校を支える「仲間(職員)」がいること、学校を作ってきた「歴史(沿革)」があること、心を一つにする「目標」や「校歌」があること、安心して楽しく過ごせる「校舎」があること。
学校の名前や校章はこの一連の創作活動の軸として機能し、見にきたお客さんにもコンセプトを端的に伝える役割を果たしています。

配布された「学校要覧」

また、学校要覧を持って学校内を地域の方が自由に見学するということには、小学校統合というタイミングでの重要な意味があります。
地域の人は、校内の見学で自分が在校していた頃のことをノスタルジックに思い出しながら、学校要覧によって一番の当事者である児童が学校にどんな思いを抱いているのかを知り、新たな学校に期待を寄せるのです。
このイベントには、過去から未来への橋渡しをするような、そんな壮大なストーリーが隠れていました。

児童の共同制作プロセスにおける学びと、地域の大人たちがそれを受けとって得る学び。一連のワークショップにはこの2方向の学習支援の性質が盛り込まれていました。

校内見学が終わり、いよいよクライマックス。お披露目会が開始されます。
ここで初めて参加した地域の人にもわかるよう、活動のプロセスを写真で振り返ったり、要覧の内容紹介や、もう一つの成果物として「にいにいのイメージ動画」も披露されました。

このお披露目会は、学校の儀式的行事を意識したプログラム構成となっていました。
終わりの会では、ステージ正面に掲げられていた校旗が静かに下ろされたのですが、お披露目会当日参加しただけの全くの部外者である筆者も目頭が熱くなってしまうような感動がありました。

ワークショップの最後には、活動を見守ってきた校旗が静かに下ろされました

ワークショップの成功とは

今回のワークショップが成功と言えるかどうかについては、筆者の主観だけでは測れないところがあります。
主要な参加者である児童、教員や保護者、地域の人がこのワークショップで何を感じて何を得たのかについての調査は行っていません。

そこで先行研究から、客観的な評価視点を得たいと考えます。
刈宿はワークショップを「コミュニティ形成(仲間づくり)のための他者理解と合意形成のエクササイズ(練習)」※1と定義付けています。
「にいにい」という空想の学校を通じて、児童と大人たちがお互いに理解し合い、新しい学校に対する合意形成を図る場として、このワークショップは機能していたと言えると思います。

また、学校という既知の存在を「空想の学校」を表現することを通じて捉え直し、再構築していく過程では「協働性」「身体性」「即興性」「自己原因性感覚」※1といったワークショップの構成要素が満たされており、何より参加していてワクワクする、全体として非常に優れたワークショッププログラムであると言えると思います。

筆者がお披露目会に参加して感じたのは「この発想をもっと広げていきたい」ということでした。例えば校歌にメロディーをつけてみたい、合奏にアレンジしてみたい、「にいにい」を発信するWebサイトを作ってみたらどうだろう?などです。
他にも、新しい学校をペーパークラフト作品として自発的に表現した例が要覧に掲載されていました。
これらのことからワークショップが、「内発的動機付け」※2につながったことが確認できました。
児童にとっての学習効果は高いと言えるでしょう。

小学校統合という地域にとって非常にセンシティブな課題に対して、今回の事例では総合的に見てワークショップが有意義に働いたと感じます。
特に、大人目線で考えがちな行政の施策に対し、当事者である児童の考えを目の当たりにする機会があるということは非常に重要なことで、冒頭で取り上げた事例のような大人同士の話し合いだけでは得にくい視点の獲得につながる好事例だと考えます。

また、このワークショップの成功の要因はもうひとつ、1年にわたって子どもたちのために企画を推進したPTA交流の運営役員の力がありました。
カレー作りや受付、安全管理などはPTA交流の一環であり、メインの事業目的のひとつでした。
学校統合における当事者でもある保護者と先生が、この事業の成功を願いながら協力して企画を進めたプロセスにも、対話や学びのチャンスがたくさんあったのではないでしょうか。

まとめ

今回は新冠町が実施したワークショップを取り上げました。
小学校統合という課題に直面した時、保護者や地域の人がその決定にどのように向き合うのか、そして当事者である児童が不安を払しょくし希望を持って新しい環境に向かっていくにはどうしたら良いのか、ワークショップという方法を用いた学習支援の在り方を示唆する好事例だったと思います。

この事業は①子どもたちの学習活動としての交流、②PTA交流、③地域交流の3つの交流をつなぐ役割を果たしました。
その成功の要因は、優れたワークショップデザインと、PTA交流運営役員による企画力の相乗効果にありました。

参考文献

※1 苅宿俊文(2017)「ワークショップの成り立ちとワークショップの学び」『情報処理』58(10), 884-887.
※2 古新舜(2019)「児童を対象としたワークショップにおけるF2LOモデルの組み立てと内発的動機づけの考察」『DHU JOURNAL-デジタルハリウッド大学 紀要-』6, 49-55.

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