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Chromebookを文房具に!主体的・対話的で深い学びを目指した八雲町の取り組み【学習環境整備編】

「北海道の先生」連載第3回は、八雲町のGIGAスクール構想に伴う学習環境整備に焦点を当てます。

GIGAスクール構想のように大規模な予算をかけて取り組む施策では、課題を整理し一つ一つ適切に対応していく力が成功を左右する大変重要なポイントになります。八雲町はいち早くその環境を整え、児童生徒への1人1台端末配布や、毎日の持ち帰りを実現させた成功事例と言えると思います。

しかも、その推進をIT企業や外部のアドバイザーに頼らずコントロールし、始めから教員主導の組織(八雲町確かな学び推進会議)が方向性を決めて推進しているという点でも特徴のある実践だと思います。

八雲町の学びの環境をどのように作っていったのか、八雲町教育委員会学校教育課の小林 卓也参事と、八雲町立落部中学校の池田 忠寛教頭にお話をお聞きしました。

GIGAスクール構想とは何か

GIGAスクール構想、略してGIGAスクールという言葉は学校現場などでも多く聞かれる印象がありますが、わかったつもりでよくわからないことも多いかもしれません。
ここで、GIGAスクール構想についておさらいしておきましょう。

2019年12月13日に閣議決定された令和元年度補正予算案に、「GIGAスクール構想の実現」として児童・生徒向けの1人1台端末と高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備するための経費が盛り込まれました。
この予算の成立を受けて同年12月19日に「GIGAスクール実現推進本部」が設置され、具体的な整備のプロセスに入っていきます。
「GIGAスクール構想」とは国家としての教育政策で、目指すべき教育の姿を実現するための環境構築や仕組み作りを進めるものです。

実は、国が学校の情報化を進めようと動いたのはこれが初めてではなく、1984年に出された臨時教育審議会第四次答申以降、学校の校内ネットワーク整備や学習者用コンピュータの配置など、学習環境整備のための計画が進められてきました。
学習者用コンピュータの配置目標が1人1台となったのはGIGAスクール構想からで、予算規模だけでなく学習指導要領による学び方の改革と連携して行われたという点でも、これまでの施策よりかなり踏み込んだものとなっています。

前倒しされたGIGAスクール構想

令和元年度補正予算案で想定していたのは、2023年度までの5カ年計画での整備目標でした。
その後、新型コロナ感染症による緊急事態宣言、長期休校という問題を経て2020年4月30日に成立した令和2年度補正予算で、GIGAスクール構想の整備事業が大幅に前倒しされることになりました。2020年5月11日にYouTubeで配信された「情報環境整備に関する説明会」では当時緊急事態宣言の発出されていた13都道府県が優先とした上で、2020年7月末までに全ての子どもに対してオンライン学習環境を提供するよう強い要請がありました。

5カ年計画のGIGAスクール構想が予算化されてからわずか4カ月ほどで、計画は一気に前倒しとなりました。
しかも、令和元年度補正予算案に至るまでのプロセスや目的とは異なり、令和2年度補正予算案はコロナ禍での学びを保証するための緊急措置という位置付けになっています。

八雲町確かな学び推進会議

話を八雲町の実践に戻していきます。
八雲町では2011年度から八雲町確かな学び推進会議という町内の教員主体の組織を中心に、授業改善や研修などを行ってきた経緯があります。
この組織では2020年度より「読解力向上推進チーム」と「ICT活用力向上推進チーム」の2つの分科会に分かれ、それぞれの分野の視点から施策を検討しているそうですが、小林参事からは以下のような説明がありました。

(小林)あの今、求められている授業って読解力だけやるとかICTだけ使うとかじゃなくて、個別最適な学びと協働的な学びを一体的に充実させ、主体的・対話的で深い学びを実現することがゴールなので。授業づくりのパッケージの中に読解力の視点入れて行きましょう。で、ICTを活用して行きましょうという一つのパッケージですね。そこに八雲町の二つの柱がささってるっていうイメージなので。

インタビュー(2023年5月31日実施)録音の書き起こしより

八雲町の教育で目指しているのは主体的・対話的で深い学びであるという揺らぎのない目的意識が、この八雲町確かな学び推進会議の軸になっていることがわかりました。
このようにまず目的共有の土台が事前にしっかりとできていたことは、問題解決のために大きな力になったと推測します。

複雑な課題を乗り越えて

GIGAスクール構想と学習指導要領に位置付けられた情報活用能力育成(プログラミングやICT活用などの教育)は、教育政策と教育カリキュラム・教育方法という別軸の話です。ですが、学校教育の最前線である自治体教育委員会や学校ではそれらを一体的に検討し、推進していく必要がありました。
そしてそこに新たに加わったのが前述した新型コロナ感染症による学びの保証のための対策(GIGAスクール構想の前倒し)です。これも前者とは別次元の話ですが、問題発生の時期が近く、解決のために必要な手段が関連していることもあり、混同されて問題が複雑化しています。

この複雑な状況や、それに伴うたくさんの課題をコントロールし、解決に導いていったのは、まさに小林参事と池田教頭の課題解決力であると思います。
ここからは、どのような課題をどのように解決していたのかについて整理していきます。

学習者用端末にChromebookを選定

八雲町が1人1台端末をChromebookに決定したのは2020年5月のことです。Chromebookを選定した背景を伺ったところ、池田教頭(端末選定の当時は八雲中学校教諭)から、以下のようにお答えいただきました。

(池田)令和2年度の4月に八雲町に赴任しまして、その前は教育大学附属函館中学校にいました。附属函館中学校はICTの研究を推進しておりまして。
子どもたちがChromebookを一台ずつ自分で購入して、活用しているようなところがありました。それで令和2年の4月に八雲中学校の方に教員として赴任しました。その中で丁度、あのコロナの時期ですね。

インタビュー(2023年5月31日実施)録音の書き起こしより

八雲町のある北海道渡島管内には北海道教育大学附属函館中学校があり、すでにBYADで1人1台のChromebookが揃えられていました。日常的にChromebookを使った授業を経験し、実践研究を積み重ねておられた池田教頭による説得力が大きかったことは、小林参事の言葉からも伺えます。

(小林)あのいろいろまあ、大きく言って3社ですよね。Windows、Apple、Chromebookっていうことで。(中略)でキーボードがついてて、うんってなった時に、やはりこれが一番使いやすいだろうっていう結論っていうか、方向性はなんとなくボヤっとは思ってたんですよね。情報を集めた段階でも。で、あの中心になっていただいた池田先生も、Chromebookかなり使ってきた方で…って言うことで、いろいろこう話し合いの方向性が決まったという経緯ですね。

インタビュー(2023年5月31日実施)録音の書き起こしより

池田教頭による説得力の強さの元となったのは、Chromebookを誰がどんな目的でどのように使い、その結果どんな変化が期待できるのかということを、この段階ですでに豊富な実践経験を持ち、自信を持って伝えられたという点ではないかと推測します。

ChromebookはLTEモデルに

八雲町では端末選定の際にLTEモデルを選択し、SIMカードも入れた状態で配布していました。通信費は町が負担しています。
これは非常に思い切った施策なのではないかと感じますが、池田教頭は町のこの方針を高く評価しています。

(池田)Wi-Fi環境。あとはSIMカードを入れてくださった。これは本当に大きくて。LTEがあるってことで、持ち帰りのリスク。(中略)宿題だして、これやって来なさいったら、それにいくらかかるんですか?ってもうなるんですけど、それはないですね

インタビュー(2023年5月31日実施)録音の書き起こしより

町の財政負担を考えるとかなり大きな決断だったのではないかと思うのですが、小林参事は当時を振り返りこのように話しています。

八雲町を見た時に、町の中にいる子たちだったら、比較的に家にインターネット回線をひいてるおうちもあったりするんですけど、(中略)まだまだ不十分な。(中略)家のWi-Fiにつなげるために、ある程度の設定解除してあげないといけないとか、持ってない場合どうする?PocketWi-Fi用意するのか?とか、いろんな議論がありました。じゃあSIMを入れちまえばいいだろうと言うことで、そこについては八雲町としては早々に予算をとって。

インタビュー(2023年5月31日実施)録音の書き起こしより

この率直な声は、様々な状況の家庭へ配慮したいという責任感の反面、個別対応が学校にとっても教育委員会にとっても大きな負担になるという想像と、両者の負担増により積極的な活用が滞ってしまえば、教育目的を果たせなくなるであろうことを危惧した結果の判断であったことが、その前後の対話の文脈も含めて感じ取ることができました。

また、現在も継続的に児童・生徒の通信費は町費で賄われていますが、町議会への説明などで苦労はなかったのか?との不躾な問いにも、小林参事が答えてくださいました。

多分すべての自治体そうだと思うんですけども、ランニングコストがかかる予算って嫌われるんですよね。(中略)子どもたちにこういったものを使わせる。こういったものを使った資質能力を今求められていて、それを八雲町はつけようとしているとかっていうことに対しては、議会の理解を得られたので。(中略)それと他にあのAIドリルも全部入ってるんですね。(中略)常に言うんですけど、学校で必要な物に対しては、町長が予算を確保すると言ってくれています。(中略)今も使っていて、これだけの成果があるよ。こんなふうに使っているっていうことは、教育委員会からも積極的に町の方にも報告したり、議員さん方にも示して継続してますね。

インタビュー(2023年5月31日実施)録音の書き起こしより

この小林参事の声から、まずは町をあげて義務教育にしっかり予算を確保していこうとする姿勢が読み取れます。こうした前提があった上で、町民や議会の方へ学校がどのような取り組みをしているのかについて積極的に情報公開し、まさに学習指導要領の理念として掲げられている「社会に開かれた教育課程」の実現によってこの学習環境は継続されていることが理解できました。

何のためのChromebookなのか

冒頭部分にGIGAスクール構想についての解説を書いたのですが、国の教育政策としてのGIGAスクール構想をしっかりと自分たちで解釈し、意味を見出して自分たちの教育目的のための施策に落とし込んだのが八雲町の学習環境整備のすばらしさであると結論付けたいと思います。

そのすばらしさの背景には、3つのポイントがありました。

  • 八雲町確かな学び推進会議という組織が中心となり、主体的・対話的で深い学びに到達するために読解力とICT活用の2つの柱に注力するという教育方針を、町・教育委員会・学校がしっかりと握りあうこと

  • それが土台となり、教育方法として何が最善なのかを考え、それを叶えるための学習環境をデザインしたこと

  • 更にその上で予算に納得していただくための説明を尽くすこと

SIMカードの通信費負担については、GIGAスクール構想の予算には盛り込まれていません。しかし、何のためのChromebookなのかについて教育方針に照らしながら適切な学習環境を考えた時、自然とLTEという選択肢に合意できたのだとインタビューの内容から理解しました。

新型コロナ感染症が5類へ移行となり、以前に近い生活が戻りつつある昨今、目的を見失って端末の持ち帰りに消極的になったり、端末活用の場面が減ったりしている自治体もあると聞きます。しかし、八雲町のようにこの学習環境が八雲の子どもたちの目指す学びにしっかりと位置付いている自治体では揺らぐことはありません。

(池田)Chromeの良さだと思うんですよね。結局、その情報を受け渡す方法としてのツールであり、そしてワークシートの代わりなんですよ。

インタビュー(2023年5月31日実施)録音の書き起こしより

Chromebookが学習のためのツールとして根付き、いつでも学習に利用できるから「主体的・対話的で深い学び」につながるということを、このインタビューを通して改めて認識しました。

今回は八雲町のエピソードを学習環境整備篇としてまとめましたが、整備された環境を教室での学習にどのように利用するのかについては、先生の手腕にかかっています。
次回は八雲町の教員研修に視点を移し、インタビューから考察したいと思います。

更新履歴
2023/09/07 表記統一(八雲町確かな学び推進会議、Wi-Fi)

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