ステージパフォーマンスの協働制作プロセスを通じて発見した成長と学び
2024年6月8日(土)に新冠町レ・コード館町民ホールでパフォーマンスイベントQQQ/Q(キュキュキュノキュ)が開催されました。
このイベントには「見て楽しむ」だけでなく「参加して楽しむ」要素がちりばめられており、さらに一見遊んでいるだけのように見える様々な活動の中に、参加者の成長と学びを見出すことができました。
この活動の紹介を通じて、地域の新たな学びの場に対する期待と展望を描いてみたいと思います。
「このまま終わるのはもったいない」から始まったプロジェクト
今回のイベントが企画された背景には、2023年に行われた小学校PTA交流こどもアート体験事業の成功体験があります。それは2024年4月に予定されていた2つの小学校の統合を前に、子ども、保護者、教員がアートを通じて交流するというものでした。
ここで生まれた新新冠小学校(にいにいかっぷしょうがっこう:愛称にいにい)のイメージと、アーティスト加賀城氏(以下加賀城さん)との出会いが今回のイベントにも引き継がれています。イベントの楽しかった思い出と共に愛着のあるコミュニティとして参加者の記憶に残るものになりました。
小学校PTA交流こどもアート体験事業の参加者からは「このまま終わるのはもったいない!」「また加賀城さんに会いたい!」という率直な感想がありました。新冠にまた加賀城さんのイベントを呼びたいという動機が、まずはここに生まれました。
地域の学びを支援する団体の企画
今回のイベントはNPO法人レ・コード館自主企画委員会(以下、自主企画委員会)という団体が主催しました。この団体はレ・コード館での芸術・文化の鑑賞機会の提供と、地域社会における文化活動の振興、社会教育の推進、生涯学習活動の支援を行っており、小学校PTA交流こどもアート体験事業の関係者も所属していることから、その時生まれた「また加賀城さんに会いたい!」という動機がつながっていきました。
また、自主企画委員会には他に2つの思いがありました。1つは新たな客層の掘り起こし、もう1つはイベントの制作過程を参加者に体験してもらうことを通じて、その楽しさを知ってもらうことです。自主企画委員会の活動を継続していくためにも、そこに興味を持って参加してくれる地元の人を引き付けていくことは必要不可欠です。自主企画委員会がこれらの思いを叶えるために選んだアーティストが、加賀城さんでした。
いろいろなプロの力と保護者の思い
また現実的な側面に目を向けると、このプロジェクトを推進できたのは、そこにプロの力が集まったことが大きな要因となったと考えられます。
新冠町は「レ・コード&音楽によるまちづくり」を掲げ、文化と人を大切にするまちづくりを実践しています。その中核がレコードの収蔵を行う「新冠町レ・コード館」で、そこには素晴らしい設備の町民ホール(町営)があり、ステージ作りのプロがイベントごとに携わっています。
町民ホールのことを知り尽くし、これまでこの場所でたくさんのイベントを企画してきた自主企画委員会だからこそ、子どもたちにステージ作りの体験をさせるという発想が生まれたのではないでしょうか。高価な機材を扱い、危険な場所もあるステージ作りの作業を子どもたちが体験することは容易に実現できないはずです。
それは町民ホールが持つ設備のポテンシャルによるものだけでなく、イベントの企画運営を行う自主企画委員会メンバー、それを最大限に生かすことのできるアーティストやホール職員のプロの力、そして自主企画委員会メンバーとともにこのプロジェクトのリーダー的存在であった2人の保護者有志が主体的に運営に加わることによって得られた広がりであると考えられます。そして、そこにいる大人たちの「子どもたちにより良い体験をさせたい」という思いが、暗黙の前提となっていたように筆者には感じられました。
まとめると、QQQ/Qというパフォーマンス、そしてそこに至るまでのプロジェクトは以下のどれが欠けても実現が難しかったと言えると思います。
自主企画委員会メンバーとアーティストの企画力
自主企画委員会メンバーと保護者有志の運営力
ステージ作りのプロたちの演出力
参加した子どもと保護者、教員の熱意
大人たちの暗黙の前提
町民ホールの素晴らしい設備
何が起きるかわからないドキドキとワクワク
QQQ/Qのチラシには「不思議」や「なぞ」という子どもたちが大好きな言葉が躍っています。しかし、このプロジェクトに関わる大人たちにとって「なぞ」を「なぞ」のままにしておくことはとても不安なことでもあります。「#わからなおもしろい」に至っては、わからないことをわからないままにしてはならないという考えの人にとって、何がおもしろいのかが理解不能なのかもしれません。
しかし、集まったQーズたちは「不思議」「なぞ」をものともせず、「#わからなおもしろい」を追求することのできるメンバーです。Qーズは当日体調不良等で参加できなかったメンバーも含めて小学校1年生から大人まで30名を超える精鋭が集まりました。
なぞとの出会い
どんなステージになるのか、全容が全くよくわからないまま5月26日(日)に会場となる町民ホールで事前の打ち合わせが開催されました。まずは自己紹介もそこそこに「探検をする」ということで、全員で外に出ます。そして1時間ほど散策して集めたなぞを、町民ホールに戻って報告しました。
ステージ上にある様々な装置や、楽屋なども含めたステージの裏側について、実際に現地を見ながら説明を受けました。ステージの上では特に幕の上げ下ろしの時など安全に気を付けなければいけないことや、ステージの袖から裏の通路を通って客席やエントランスに出られるということを教えてもらい、子どもだけでなく大人たちもなかなか見ることのできないステージの裏側に興味津々でした。
大人が「できないよ」を言わない
その後役割分担を行うために説明がありました。Qーズがステージに出演する演目が3つ、それ以外に裏方の照明や音響などの役割もあります。Qーズに希望を聞いていきますが、子どもたちの熱量がものすごく、演目への出演も裏方の役割もたくさん手が挙がっていました。
ここで非常に重要だと感じたのは、最初から「あなたはこの演目を希望したからこちらは我慢してね。」「この演目と裏方は同時にはできないよ。」「これは小さい子には難しいんじゃないかな?」などの言葉が一切なかったことです。
細かい動きはまだ全く見えていない状況でしたし、子どもたちはその場の楽しい雰囲気に背中を押されるままに、後先は考えず1人でいくつもの役割に手を挙げます。しかし、それを「大丈夫」と受け入れる大人の姿勢があったからこそ、子どもたちは安心してたくさんの役割に手を挙げることができたのだと思います。
パフォーマンスを創りあげるプロセスの中で具体的な課題の対処に入った時、それまで何でもできそうに感じていたイメージの世界から急に現実に引き戻されてしまうということはよくあることです。しかも、現実的で先が見える大人、「なぞ」を「なぞ」のままにはしておけない大人がそれを先導してしまうのです。
とは言え、実際に限られた時間の中でお客さんに見せるためのパフォーマンスを創りあげることを考えると、この判断はとても難しいものです。アーティストやリーダー格の保護者たちの進め方は、その後のご苦労も大きかったと思いますが非常に素晴らしいものでした。
「わからなおもしろい」を楽しむ・作る
打ち合わせが終了した後、連絡用のメッセージアプリでのやり取りは演目に出演するQーズのアイディアで大盛り上がりとなりました。
これらのアイディアは加賀城さんからQーズに出された「ねぐせ」と「なぞの文字」のお題に沿ってステージに出演するQーズとその家族が考えたものです。筆者も、この絵に描かれたことが実際にどんな形になって出てくるのかワクワクしながら見守っていました。
当日ステージを見に来たお客様もきっとこの「わからなおもしろい」を楽しんでいただいたと思うのですが、実は出演者のQーズたちが一番「わからなおもしろい」を楽しんだのではないでしょうか。
参加者はステージ上で進化する
6月9日(日)の9:00、町民ホールではステージの仕込みが始まっていました。打ち合わせの時にはなかった「花道」があったり、ピンスポットや客席が設置されていたり、いよいよ本番という雰囲気を感じることができます。
緊張の部分リハーサル
まず午前中に大人が中心の部分リハーサル、そしてその後子どもが出演する演目の部分リハーサルがあります。一番心配なのは、舞台に慣れていない子どもたちが裏方と出演で移動する際、迷子になってしまったり、移動することを忘れてしまったりすることです。保護者の方もそれぞれ役割についているため、必ずしも自分の子どものフォローができるわけではありません。
正直なところ、部分リハーサルの段階では子どもたちの表情も緊張気味で、先の見えない不安が漂っていました。ステージに立つだけでも、印がついているとは言え立ち位置を把握しなければなりませんし、大きな声で話をしなければなりません。裏方はタイミングよくマイクの音量を操作したり、ピンスポットを当てたりしなければならず、プロが一緒に操作するとは言え初めてのことに戸惑いもあります。
そもそも、QQQ/Qはかっちりとした台本のない舞台。リハーサルをしながら少しずつ見せ方を定めていくという手法を取ったため、プロの方たちもこの段階ではまだ見通せないことがたくさんありました。それでもその状況を一緒に楽しみ、一緒に創りあげるという気持ちで取り組んでいらっしゃることが伝わってきました。
一体感が生まれたゲネプロ
次に、通し練習(ゲネプロ)です。最初から最後まで、止めることなく本番と同じように進行していきます。ここで初めて「こんなステージになるんだ!」という全貌がわかり、大人も子どもも本番に向けてだんだん気持ちが高まっていきました。
子どもたちは舞台装置を実際に操作したり、演目と演目の間に次の役割の場所に移動したりするのですが、大人の心配をよそにしっかりと役割を果たしていました。
部分リハーサルの時に出てきたいくつかの改善点についても、ゲネプロで最終確認します。中でも、「学校コント」の演目のところで「誰か1人遅刻しちゃった子どもが後から走って入ってくるのがいいよ。」と提案した子どもが、自らその役をアドリブで見せてくれた時には大人も子どもも大絶賛でした。
子どもたちもプロの顔で臨んだ本番
当日1回限りのゲネプロが終わると、すぐに本番の体制に入ります。受付やチケットの販売なども子どもたちが役割を分担しています。受付やチケット販売の担当が終わると、急いで次の持ち場へ。ゲネプロでは受付からの移動は練習していませんでしたが、子どもたちはしっかりと役割を果たしていました。
開演を知らせるベルが鳴り、アナウンスが流れます。アナウンスももちろん子どもが担当です。大人もびっくりするぐらい、落ち着いて原稿を読み上げます。楽し気な音楽と共に幕が開き、加賀城さんがステージに登場。さぁ、本番です!
加賀城さんの「おいっすー!」の声に、会場の子どもたちも「おいっすー!」と元気に反応。客席とも一体となったパフォーマンスは、前年度の「新新冠小学校」のワークショップで加賀城さんと町内の子どもたちがすでに出会っていたことから生まれたものなのでしょう。この客席の雰囲気が出演者を勇気付け、この後のパフォーマンスに力を与えたのではないかと思います。
「世界のコマーシャル」の演目ではさまざまな短い動画が紹介され、「かぜで踊ろう」と題した動画では出演者の一人が即興でのホルン演奏を披露しました。
「アートたんけんたい」の演目では、事前の打ち合わせ会の時に撮影されたたくさんの「新冠のなぞ」が披露されました。隊員としてステージに上がった子どもたちは、たくさんのお客さんの前で発見したなぞについて語ります。もしかすると緊張して話せなくなったり、ステージに出られなくなってしまう子どももいるかもしれない…という大人たちの心配をよそに、子どもたちは堂々と加賀城さんのインタビューを受けていました。
休憩をはさんで後半の「学校コント」では、先生に扮した加賀城さんに「新しいひらがな」というお題を出された参加者が、それぞれフリップに書いて発表します。難しいのは新しいひらがなの発音。何と読んだらいいのかわからない文字ばかり。発案した生徒役の出演者が読んでみせると会場も大うけです。
筆者もこの時ステージ上でプロジェクター操作などを担当したのですが、出演者である低学年の子どもがこれら一連の活動を通じて成長していく姿を目の当たりにしました。ゲネプロまではお母さんが隣に付き添って参加していた子どもが、ゲネプロが終わった後に「お母さん、一緒に出なくていいよ」と自分から言ったのです。
本番のステージの上でその子はしきりに「僕大丈夫かなぁ。緊張しちゃうなぁ。」などとそばにいた筆者に話しかけていました。話をすることで自分の気持ちを落ち着かせようとしていたのだと思います。筆者もそれに答えながら見守っていたのですが、立派にステージをやり遂げたその子の顔はとても誇らしそうでした。この子どもに限らず、子どもも大人もいろいろな人との協働作業によって、大きな学びを得られたのではないでしょうか。
客席のボルテージが一気に上がったのは、「遊びの時間」の演目。リズムに乗ってステージに映し出される文字を加賀城さんと客席のお客様とで掛け合いします。
そして最後の演目「ねぐせファッションショー」へ。出演者が趣向を凝らした「ねぐせ」で登場、花道を練り歩きます。ここではねぐせのアイディアも面白かったのですが、それぞれの出演者の演技力が秀逸!あくびをしたり、ふらふら歩いたり、モデルっぽく振舞ったり。プロ顔負けの演技を披露していました。
ステージはカーテンコールで幕を閉じ、出演者はお客様のお見送りも行いました。後片付けの後にお菓子とジュースで短い時間ではありましたが打ち上げも開催しました。無事にステージをつとめ上げた喜びを分かち合い、ほっとしたのか子どもたちは大騒ぎをして本来の子どもらしい子どもの姿に戻ったように思いました。
「このまま終わるのはもったいない」から次の学びへ
長い1日となりましたが、お客様を迎えてステージを披露するということ、その責任感やプロの仕事を子どもたちは体験しながら感じ取り、それぞれの成長を見せてくれていたように思います。
打ち上げの席では「またやりたいね。」「終わっちゃうのはもったいないね。」という声も聞かれました。このプロジェクトが始まった時と同じように、参加者のこの熱意が次につながっていく原動力になることでしょう。勉強でも仕事でもないこうした日々の営みから学べることはたくさんあり、筆者も新冠の教育に関わっている1人として、これから取り組んでみたいことのヒントをたくさんいただきました。
教育の世界では学んだ結果を何らかの指標で評価し、効果を確認することにばかり目が向きがちですが、何を学んだのか「なぞ」のまま参加者の心の中で熟成されることも、次の成長の糧になる大切な経験の一つであり、ぜいたくな学びの時間なのではないでしょうか。
この活動を契機に新冠の教育がどんな進化をしていくのか、楽しみにしながら関わっていきたいと思います。
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