ICT推進リーダー教諭のリーダーシップと集団的主体への拡張
私は2018年から北海道新冠町で情報活用能力育成やプログラミング教育のアドバイザーとして活動しています。
連載「北海道の先生」の第2回は、学校でのプログラミング教育普及やICT活用推進において主に体制作りの面でのリーダーシップや、その過程においてみられた行為の個人的主体から集団的主体への拡張※1についてフォーカスします。
特に情報活用能力育成の面において、小規模な自治体の抱える課題は大きく、新冠町も例外ではありませんでした。その状況を克服していくための鍵のひとつが、推進する教師のリーダーシップの在り方や、活動の行為主体が個人から集団へと拡張していくプロセスにあるのではないかと考えています。
その実態を解明すべく、新冠町が町内の義務教育において情報活用能力育成を進めるために組織した「ICT・プログラミング推進委員会」のリーダーを担う、小学校教諭の山口 覚先生にお話を伺いました。山口先生は新冠町教育委員会が派遣する巡回教諭として、町内に2校ある小学校を巡回しています。
新冠町のICT・プログラミング推進委員会
まず、新冠町のICT・プログラミング推進委員会についてご説明します。
新冠町では、町内に3校ある小中学校から代表の教員が選出され、教育委員会管理課と指導主事、ICT支援員を委託している事業者、そしてアドバイザーである筆者も参加して概ね月1回程度の会合を行っています。
この委員会がスタートしたのは2019年度からで、当初は教育委員会管理課が主導し、学校と教育委員会の二者間で行っていたため詳しい内容について筆者はわかりませんが、年2回の集合研修を企画するなどしていました。2020年度以降、徐々に先生の代表が委員長として実質的な主導を担う形になり、研修企画以外にも日常的なICTの利活用やそこで発生する問題について議論が重ねられてきました。
リーダーシップの芽生え
インタビューでは、まずはじめに私が新冠の教育に関わらせていただくようになった時の状況を振り返りました。
まず新冠町のICT活用について山口先生は「どれだけ進んだかってなるとちょっと…なんか微妙かもしれないですけど…。」と表現しつつも、「バンバン進んだ感じがします」とも話しています。この間には、筆者からICT・プログラミング推進委員会で関係者が連携したことに対する言及がありました。
山口先生ご自身は、学校教育の目指すべき姿に対して、現実はまだ課題も多く残っており途上であるということを冷静に見つめつつも、それを推進する体制としては整ってきていることを認めています。その上で、その原動力となったのは「(教育委員会管理課が)全部つなげてくれた」ことだと考えていらっしゃることがわかります。
このような会話があった上で、2019年当時の山口先生のICT活用やプログラミング教育に対する認識をたずねました。
この段階では、「まあ、どんな感じなのかなっていう程度」という表現を見ると、それほど強い主体性を持っていたわけではないことがわかります。しかし「これから子どもたちに教えていかなきゃいけない」という言葉がどのような気持ちからきているのか、この後の会話の中には山口先生の教育に対する強い信念が感じられる言葉が続きます。
まず、ICTやプログラミングに対して山口先生が当初から子どもたちにとって「必要な能力」と考えていたことが明確です。そして、「教えない方が罪」「与えられないのが一番まずい」という、少し強めの表現には教師としてのプライドや子どもたちの未来に対する責任感が表れています。
これらの言葉から、山口先生がICT・プログラミング推進委員会でリーダーシップを発揮する前提として、以下のような条件を見出しました。
教育委員会や、協力者に対する信頼
ICTやプログラミングが子どもたちにとって「必要な能力」という理解
教師としてのプライド、教育観
子どもたちの未来に対する責任感
リーダーシップの拡張
山口先生にお話を伺っていて非常に印象的だったのは、教育委員会に対する感謝や信頼の気持ちが随所に表れているという点です。
山口先生のお話から、同僚の先生方からも教育委員会は信頼を得ていることが伝わってきます。更に、その信頼の感情から「自分たちもやっぱりそれに応えなきゃいけない」という意識が自然に引き出されていることが伺えます。
山口先生のリーダーシップや熱意を支える教育委員会への信頼については、以下のようにも語られました。
学習指導要領が変わったり、コロナ禍によっていろいろなことが流動的になったり、教育の現場には常に変化への対応が求められますが、「教育委員会が子どもたちのために一生懸命学校を助けてくれる」ことが引き継がれ、変わらないと信じることのできる安心感は、難しい問題への対処に取り組む教師にとって大きなよりどころとなるでしょう。
教育委員会の姿勢が変わらずにいられる要因は、教育長、指導主事、管理課職員のリーダーシップにあると考えます。これは、筆者が新冠町の教育に関わってきた経験に基づく主観ですが、特に教育長や指導主事の打ち出す方針の下、管理課職員がしっかりとリーダーシップを発揮して課題を解決していく姿は、直接教師の目にも触れ、勇気を与えているように見受けられます。
また、ICT・プログラミング推進委員会に学校管理職が参加していないことも特徴的と言えるでしょう。この委員会を通じて教育委員会は教師から率直な意見を直接吸い上げて判断できますし、参加している教師はここで話し合われた諸課題について、自分事として学校管理職や同僚に伝えていく必要があり、結果としてリーダーシップを持って取り組むことにつながります。
個人的主体から集団的主体への拡張
教育委員会管理課の「子どもたちのために一生懸命学校を助けてくれる」という姿勢が変わらないからこそ信頼できるという認識を確認した後、山口先生からはこのような言葉が語られました。
「足並みを揃えて」という言葉は、山口先生が担当する小学校内だけに向けられているものではなく、「変えないで行かなきゃいけない」ものについても、もっと大局的な考えがあるように感じられます。
対話は子どもたちの「夢」や「キャリア」を実現するためにも、従来の教育からは変化する必要があるといった話の流れから、以下のように展開しています。
同じ方向にある大きな目的を共有しながら、子どもたちの成長をいろいろな人にバトンをパスしながら支えていくイメージが、山口先生の中にはあるようでした。そうすることで、1人の教師から学ぶよりも「選択肢をどんどんどんどん作ってあげる、幅を広げてあげる」ことが可能になると考えていらっしゃることがわかります。
対話から引き出された山口先生のこのお考えやICT・プログラミング推進委員会のあり方は、授業研究の事例を元に山住※1がエンゲストロームの活動理論を用いてモデル化した「行為の個人的主体から活動システム全体の集団的主体への拡張」(図1)によって説明できると考えます。
このモデルについて、山住※1は以下のように述べています。
新冠町で2018年頃に筆者が講師となって実施した教員研修のようなケースを図1のモデルで表すと、上部の小さな三角にとどまると考えられます。道具としてのプログラミング教育教材紹介や、モデルとなる指導案を、主体の一部である教師へ教え、「2020年から学習指導要領に沿ったプログラミング教育が実施できる」といった目先の目的を見ていました。この小さな三角にとどまっているうちは、例えばルールを作る場合でも、道具(その時の物理的な条件)や個人的主体(学校、教師、保護者の都合)に目が行きがちになり、結果としてルールのばらつきが生まれます。(図2)
その後ICT・プログラミング推進委員会というコミュニティができ、対話を重ねることでコミュニティと主体との間の関係性が強まったり、対象を見据えてルールを試行錯誤したり、前述したようなメンバーのリーダーシップの拡張を経て専門性を生かした分業の体制ができていったり、振り返ってみるといつの間にかその三角は図1の状態に近づいて行ったと考えられます。
山口先生の語りにあった「足並みを揃えて」という言葉は、活動システムの中でコミュニティや主体が相互作用を生みながら、それらが拡張していくプロセスにおいて徐々に分業やルールが整っていくことを意味していると筆者は捉えています。それは、決して上から示されたルールに合わせることを強いることではないのです。
インタビューの冒頭にご紹介した、山口先生の「どれだけ進んだかってなるとちょっと…なんか微妙かもしれない」という言葉は、活動システムの一部(小さな三角)だけを見ているのではなく、拡張した先の対象を見据えている、更に大きな拡張を目指しているからこその謙虚な、そしてこれからに対する期待を込めた言葉だったと読み取りました。
まとめ
山口先生へのインタビューから、新冠町のICT・プログラミング推進委員会におけるリーダーシップと個人的主体から集団的主体への拡張について考察しました。
教育委員会がまずリーダーシップを示して教師に影響を与え、個々の教師が自身の信念を軸としたリーダーシップを安心して発揮できる環境が作られて行ったことがわかりました。また、山口先生の語りからは大局的な目的を見据えて協働するコミュニティ(ICT・プログラミング推進委員会)が、教育委員会の「つなげる」働きかけによって構築され、それが山口先生の自身のリーダーシップや教育観にポジティブな影響を与えていることが示唆されました。
教育委員会の「変えないで行かなきゃいけない」という姿勢は「子どもたちのために一生懸命学校を助ける」ことに対してであると考えられます。山口先生の語った「足並みを揃えて」という言葉には、新冠町全体の教育を見据えた大局的な教育観が反映されています。これら2つのポイントは、それぞれが集団的主体として活動システムに作用し、道具や個人的主体の変化(例えば異動によって起こる影響力の変化、個別の教師の教育観、信条)を超えて、活動システム全体の更なる拡張というイノベーションをもたらすものではないでしょうか。
引用文献
※1 山住勝広ほか(2022)『拡張的学習と教育イノベーション』ミネルヴァ書房
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