けものフレンズ動物園レポ合同寄稿記事 その3
沼底なまずさん @eenamazu 主催の「けものフレンズ動物園レポ合同」に参加させていただいた際の文章のラスト、2019年9月22日刊行の第2弾に寄稿したものです。
今回は徹底的に推しの動物にのみ注目して、前半がプロングホーン、後半がエランドです。ただし、プロングホーンについては「墓参り」の記録です。
ありがとうブッチさん、ありがとうプロングホーン様
アニメ版二期の七話を初めて視聴したとき、筆者は完全に予想外の歓喜に見舞われた。
筆者の特に好きな哺乳類であるプロングホーンのフレンズが、アニメに登場し活躍したのである。それもリデザインされた姿で。
これこそ筆者がけものフレンズのコンテンツを追ってきた中でも最大級の喜びである。プロングホーン様が登場したところで筆者は思わず両の拳に力を込めて感謝の言葉を漏らした。
しかも、プロングホーン様のデザインや性格は元動物の特徴を見事に表現したものである。このことについて詳しく解説しておきたい。
1)徹底解説!これがプロングホーン様だ!
プロングホーンは、偶蹄類(クジラ偶蹄目)の中でもプロングホーン科という独自の科に属する。シカ(シカ科)やレイヨウ(ウシ科)のような姿だが、どちらかというとキリン科に近縁とされる。レイヨウのいない北米に生息している。
まず目に付くのは、シカやレイヨウよりむしろオオクワガタを連想させる特徴的な角だろう。この角はオスのほうが大きく、大きな枝と小さな枝一つずつに分かれてそれぞれが尖り、全体は絶妙な曲線を描く。幹の部分が平たくへら状になっている。プロングホーン様の角はまさにこのとおりで、イラストでは槍のデザインにも反映されている。なお角の構造については後に触れる。
プロングホーンの角の基部は眼窩とほぼ一体化して、目のすぐ上から角が生えていて、これが独特な顔立ちを作っている。
プロングホーン様のデザインではこの特徴的な目付きと、頭頂から鼻先にかけての黒い部分などの模様が前髪で表現されている。後ろ髪がボブカットなのはあまり長くないたてがみに合わせていると思われる。
「けものフレンズ オフィシャルガイドブック プロジェクトの軌跡」に掲載されたヒマラヤタールさんのデザイン例によると、瞳孔が横長でなおかつミステリアスな動物の場合はフレンズも横長の瞳孔にするとのことだが、プロングホーンは偶蹄類の中でも珍しい特徴が寄り集まったかなりミステリアスな動物であり、プロングホーン様の瞳孔もしっかり横長である。柔和な目付きやわずかにωになった口、少し丸っこい顎のラインは元動物の顔付きに忠実だ。
元動物の明るい褐色の毛色はオレンジ色として表現されている。袖が塗り分けられたジャージを羽織ることで、前肢の模様と、何か背負っているかのように肩だけ少し出っ張ってあとは直線的な、濃い色の背中を表している。
ジャージの下は元動物の軽やかな走りを連想させるマラソンウェアである。下半身もブルマでもパン一でもなくマラソンウェアと思われ、プロングホーンのすらりとした脚を表している。首周りの模様がしっかり再現されている。手袋とスニーカーのソールは蹄を思わせる濃い色をしている。
初登場がいきなりアニメだった上に出番が多かったので性格や物語についても論じることができるのがありがたい。
プロングホーン様はかけっこについて「勝ち負けには興味がない」「チーター!共に走ろうぞ!」と、勝敗よりも一緒に走ることを重んじる発言を繰り返している。これはプロングホーンが敵から逃げるために群れになって走る動物であることの表れであり、チーターが主に単独で生活し、速さだけを武器として生きていることとの対比になっている。
アニメ放送後に知ったことだが、プロングホーンは好奇心旺盛で大胆不敵な動物であり、逃げ切れる自信でもあるのか自分達の主要な捕食者であるはずのコヨーテにさえ近付くことがあるという。これはプロングホーン様の立ち居振舞いやセルリアンにさえ興味を持つところによく表れている。
チーターは短距離、プロングホーンは長距離で世界一速く走る動物である。そしてプロングホーンの走力は、かつて北米に生息していたチーターに似たネコ科動物であるミラキノニクスによる捕食を回避するのに役立っていたという。プロングホーン様とチーターさんのかけっこは因縁の対決であり、プロングホーン様がチーターさんにこだわるのはかつて自分の走力を存分に発揮していた相手の面影を求めてのことでもあるといえる。
しかし、七話自体は手に汗握る緊迫の勝負というより、けものフレンズらしいドタバタコメディそのものであった。何かの能力に秀でた動物同士を競わせる空想にはロマンがあるが、現実的に考えると実際にその動物同士を対面させてもグダグダになるであろう。七話はそんな動物のありのままの様子をコメディとして描いたものである。
話の内容に触れたついでに舞台にも目を向けると、いかにもグランドキャニオンの一部のような狭く曲がりくねった峡谷であった。これは実際に北米にある「アンテロープ・キャニオン」をモデルにしていると思われる。北米にレイヨウ(アンテロープ)はいないのになぜアンテロープなのかといえば、プロングホーンがまだレイヨウの一種だと思われていた頃、そこにプロングホーンが多数見られたことから「レイヨウの住む峡谷」と名付けられたのである。あの谷はまさにプロングホーン様の縄張りそのものなのだ。
十一話・十二話ではどちらかというと冷静に状況を判断した上で大胆な言動を取るという様子が描かれた。本来穏やかな動物なのでかけっこ以外のことに関しては落ち着いているのだろう。
このように、プロングホーン様の出番はプロングホーンが元々好きな動物であった筆者にとって望外の喜びというべきものであった。
そして筆者は、七話放送前に冗談めかして考えていたことを実行することになった。
もし七話の予告で登場するとされていたチーターさんのライバルがプロングホーンのフレンズであったら、改めて金沢動物園に行こうと思っていたのである。
金沢動物園こそ、国内で最後のプロングホーンが暮らし、その姿を筆者がたった一度だけ目にして、プロングホーンの魅力を刻み込まれた場所なのだ。
2)ブッチさんとの邂逅
三年程前のことである。
レイヨウやそれに似た体型の動物が大変好みである筆者は、国内で金沢動物園にのみプロングホーンがいると知った。
金沢動物園は金沢ではなく金沢文庫にある。「よこはま動物園」を構成する三園の中でもとりわけ特殊な、草食動物専門の動物園である。プロングホーン以外にもシロイワヤギなど国内では金沢動物園でしか見られない草食動物が多数展示されている。
それならばと初めて金沢動物園に行ってみたそのときが、金沢動物園でも一頭のみのプロングホーンである、ブッチさんとの邂逅であった。
北米の動物がコンパクトにまとめられているエリアの、草地の放飼場にブッチさんは暮らしていた。
その時点ですでにブッチさんはかなりの老齢であった。見るからに毛色が薄く、足取りは頼りなかった。プロングホーンの最大の能力であるはずの脚力に衰えがきてしまい、健康な個体のように軽やかに駆ける様を見ることはとてもできなかった。
しかし、そのことは「老齢の」プロングホーンがいるという情報を得た時点で覚悟の上であった。
それよりも、不思議な曲線を描いて伸びる角。片方だけ少しプロングホーンの標準的な形とは違った風に曲がっていた。
その角の土台に目が開いているような不思議な目付き、その目自体の穏やかさ、まつ毛の長さ。
そしてレイヨウのような姿から連想するよりずっと小柄な体格。小さめのシカほどだろうか。それでいてよく見ればシカともレイヨウとも違う独特な背中の形。
元々足が速い動物だというのは体型で充分分かった。足が悪かろうとその草地の放飼場がブッチさんにとって不自由ない住処であることも、様子から明らかであった。
プロングホーンという生き物が可愛らしく、美しく、不思議なことを、ブッチさんはしっかり伝えてくれた。ブッチさんはプロングホーンを、筆者の最も好きな哺乳類のひとつにまで押し上げたのだ。
ブッチさんの訃報を聞いたのは、その一年半ほど後のことであった。
筆者は金沢文庫の駅前の花屋で仏花を求め、金沢動物園の職員のかたにそれを託した。
こうしてプロングホーンは、筆者にとってたった一度出会えた、遠くに憧れる存在になってしまった。
3)運賃百円のタイムマシン
よって、七話放送後の金沢動物園訪問は、筆者にとってブッチさんの「墓前」にご報告に上がるためのものであった。
といってもブッチさんの放飼場だったところにお墓が立っているわけではない。
この放飼場は、現在オオツノヒツジ達が使っている。これは順番からして当然であった。
ブッチさんの放飼場があった北米エリアは、標高の低いほうに生息している順にプロングホーン・オオツノヒツジ・シロイワヤギと、草地から岩山に移り変わる設計になっていたのだ。
そしてもう一種の住人であるシロイワヤギのペンケさんもまた、老齢かつ足が悪いため広い屋外の運動場を必要としなくなっている。秋冬の屋外に出られる日でも、だいたい決まった場所にじっとたたずんで過ごしている。
そのため、元気なオオツノヒツジ達が一段低い草地も使えるようになったというわけである。
かといって、草地の放飼場がオオツノヒツジ一色になってしまったかというと、そうではなかった。
北米エリアを岩山側から見下ろすデッキがあり、そこに掲げられた解説は入れ替えられていなかった。
北米の低地に住んでいるのはプロングホーンで、標高が上がるごとにオオツノヒツジ、シロイワヤギと移り変わるのだと、放飼場の設計に反映された北米の草食動物相をしっかりと説明し続けていた。
何より、草地の正面側である。
読者の皆様も、動物園の各放飼場に黄色い公衆電話のような箱が設置されているのをご覧になったことがあるのではないだろうか。百円玉を入れればそこにいる動物の解説が聞けることになっているものだ。
プロングホーンとシロイワヤギ用の黄色い箱が、まだそこに残っていたのだ。
しかしこの黄色い箱、明らかに古く稼働中か怪しい場合もあって、あまり実際に聞いてみるものではないだろう。筆者も金沢に限らずどこの動物園でも使ったことは一度もなかった。
下手をしたらブッチさんのご存命中から、あるいはまともに考えればブッチさんが亡くなったときから、稼働が止まっているのではないか。
しかしコインの投入口はふさがれていなかった。それにこれは展示が続いているシロイワヤギのペンケさんのためのものでもある。
本当に解説が聞ければプロングホーン関連の展示としては何よりも往時を偲べるだろう。
筆者は恐る恐るコインを投入し、受話器を耳に当てた。
すると、上品なご婦人の声で解説が始まったではないか。
まずは、主にあの不思議な角についてであった。プロングホーンの角は独特な形をしているだけではなく、ウシ科の角のように骨の芯と角質の覆いからなる構造をしていながら、あたかもシカ科の骨でできた角のように、角質部分だけが毎年抜け落ちては成長し枝分かれする。
そして、ご婦人の解説は、ここには「四頭」のプロングホーンがいて元気に駆け回っていると続いた。
ここにブッチさんだけではなく、プロングホーンの小さな群れがいた頃の解説を収録していたのだ。
今はオオツノヒツジが暮らす放飼場、そして北米の草原で、駆けるプロングホーンの姿を筆者は思い浮かべた。
続くシロイワヤギの解説も聞き終えて受話器を置き、筆者は北米エリアを後にした。
北米エリアを見守るように建てられているトーテムポールの名は「シーアイア」、カナダ・セイリッシュ族の言葉で「友人」という意味である。
園内各所や、園外に併設されている資料館には他にもプロングホーンの面影があった。
園内地図にはプロングホーンの名がそのまま残っていたし、自販機にはコアラやアミメキリンといった人気者に並んでプロングホーンの可愛らしいイラストも描かれていた。
さらに資料館には、プロングホーンの抜けた角が展示されている。実物の姿という意味ではこれが最大の展示となるだろう。何の角かというクイズの答えとなる解説では未だにウシ科に分類されているので注意が必要だ。
ブッチさん亡き後にプロングホーンというマイナーな動物を広く国内に知らしめてくれたアニメ二期と、ブッチさんの面影を各所に遺してくれていた金沢動物園には感謝してもしきれない。(※現在では「黄色い箱」をはじめプロングホーンの解説は取り除かれていますが、自販機のイラストと資料館の角はそのままになっているようです。)
4)まだ全身が見れる!
話の流れからすると余談になるが、生体がいること、もしくは以前生体がいたということにこだわらなければ、国内でプロングホーンの姿を見られるのは金沢動物園だけではない。
剥製が国立科学博物館とのんほいパークの動物資料館(博物館ではない)に展示されている。
この二体の剥製を両方見ると面白いことが分かる。国立科学博物館のプロングホーンの角は標準的な形だが、のんほいパークのプロングホーンはよく見ると、小さな棘のようなものが複数ある個性的な角をしている。プロングホーン自体の個性である角にも、さらに個体ごとの個性があるというわけだ。
終了した特別展の話になってしまうが、国立科学博物館で二千十九年春に開催された大哺乳類展2では常設展示の剥製が移動してきてとても見やすい位置にあった上、骨格をも観察することができた。
骨格で見ると角の芯はごく小さかったので、おそらくメスの骨格だと思われた。ただしオスでも角の芯には小さな枝がなく、小さな枝は角質のみからなる。
チーターについては全身のバネを活かして加速するメカニズムが詳細に解説されていたが、プロングホーンの速さの理由については特に説明はなかった。
そこで自力で骨格の特徴から読み取ろうとしてみたところ、脚や手足の甲(中足骨・中手骨)だけでなく指まで細長くなっていることが分かった。指の先端の蹄しか地面に付かないので、手足の甲と指の大部分は脚の一部として動く。蹄は小さく、脚を速く振り回す邪魔にはならなさそうだった。
どうも速く走る草食獣として当たり前のことを突き詰めているとしか、プロングホーンの速さの理由は表現できないようだ。
大哺乳類展2は終了したが、この骨格ももしかしたら今後見るチャンスがあるかもしれない。
推しの動物の生体展示が行われていなくても、その動物についての学びを諦めることはないのだ。
信じて進めよエラン道!
前項でアニメ二期の七話が筆者に大変な喜びをもたらしたと語ったが、その七話が収録されたBD三巻はプロングホーン様とはさらに別の、それに勝るとも劣らない喜びをも筆者に与えた。
付録の大百科にて、エランドさんがプロングホーン様と並び収録され、ついにセリフが付いたのである。
といっても、エランドのフレンズ自体はネクソン版から存在した。そしてエランドの巨体に見合わぬジャンプ力を表現したサイドストーリーにて、爽やかで元気の良いセリフをたくさん喋っていた。
本項でいうエランドさんとは、群馬サファリパークとのコラボに際してリデザインされたほうである。
リデザイン版のエランドさんはネクソン版よりいっそうエランドの特徴をしっかりと織り込んでいて、エランドもまた特に好きな哺乳類である筆者としては推さずにいられないフレンズである。
解説とセリフが付いただけで大喜びするほどエランドさんの出番は少ない。そのせいもあって、お読みの皆様の中にもエランドと言われても元動物がよく分からないかたもいらっしゃることだろう。
そこでエランドさんに盛り込まれた元動物の特徴を詳しく解説したい。
1)エラン道入門!エランドさんの全て
エランドは、最大のレイヨウと呼ばれるウシ科の大型草食動物である。レイヨウとはウシ科の中で(ヤギやヒツジを除き)どこに分類されるかに関わらず身軽なもののことなので、要するにエランドはかなり大きい割に身軽なウシ科動物ということだ。
体重は大きければ一トンにも達する巨獣で、胴体はウシのようにがっしりとしているが、四肢は長く、いわゆるレイヨウのシルエットをしている。たくましくも精悍で、均整の取れた美しい動物である。
ウシ科動物の例に漏れずエランドにも立派な角がある。エランドさんも角のあるフレンズとして、頭に角が生え、角を模した槍を持っている。
エランドの角は雌雄であまり変わらず、おおむね円錐形で、個体によって異なるが内向きにごくゆるやかな弧を描き、根元近くで軸を曲げることなくねじれている。エランドさんの角はこれを正確に再現したものだ。
エランドの眉間にはふさふさとした黒い毛が生えているが、エランドさんの額にもこれが見られる。髪型全体はエランドのたくましい体付きを表すようにボリューミーで、後ろ髪は尾の房のようにまとめられている。
多くの大型草食獣がそうであるようにエランドもやはり横長の瞳をしているが、エランドさんの瞳にも採用されている。快活な表情が身軽さを連想させる。
エランドは高温の半砂漠に生息しているため、日光から肌を守る最低限の短い毛並みをしている。
エランドさんの高校の夏服といった感じの服装もこれに似てやや薄着で、半袖のブラウスにニットのベストを重ね着し、下はプリーツスカートだ。
ニットは茶色で、白い円弧のストライプがある。これもエランドの胴体にある模様そのものだ。元は脇腹にある模様を、パッと見たときに同じように目立つ正面に移動させている。
肩にマフラーのようなものをかけて胸元で結んでいる。そして結び目の先は黒くなっている。これは、エランドの首から垂れ下がった「胸垂」という薄く柔らかい突起、その一番下から生えている黒い毛、さらに力強く出っ張った肩という、上半身にある特徴を一つのアイテムで表した見事なデザインだ。
襟を立てているのも、エランドの太く筋骨隆々とした首の表現と思われる(大百科で「雲はどこに行くんだろう」と少しキザなセリフを言っていることとも不思議に噛み合っている)。
ブラウスの袖には黒い楕円の模様があるが、これもエランドの前肢にある模様そのままだ。こうした細かい特徴を拾うことによって、皆が姿を思い浮かべられないようなマイナーな動物のフレンズは説得力を増す。
タイツで後肢の毛色を、黒いリストバンドと黒いローファーで蹄を表現している。
エランドの能力といえば、体格からは意外なほどのジャンプ力と、高温で乾燥した環境でも長時間行動できることである。大百科のセリフではこのことが反映され、雲を追いかけて捕まえたいと語りラクダコンビに声をかけている。
ここまでエランドを完璧に表現しているのはとてもありがたいことである。
しかし、エランドさんの大百科以外の出番は本稿執筆時点では動物園コラボ、けもフェス(イベント限定でセリフなし)、3のカードイラスト程度だ。しかもエランドがいる園とのコラボでもパネルがないことも多く、カード以外はグッズにもなっていない(※小さめのアクリルキーホルダーはあったようです)。
そうであれば、エランドが好きな自分がこの場を借りてエランドを推していくしかない。
以下では、筆者が訪ねた限りでエランドが観察できる各園館の様子を案内する。これを参考にエランドを見直していただければ幸いである。
2)東武!オーソドックスの真理
まずはエランドさんが単独でパネルになった東武動物公園である。エランドさんが特に活躍した舞台のひとつといえる。
サバンナの草食動物のエリアにグラントシマウマ、アミメキリン、ダチョウとともに飼育されている。
エランドはこのようにシマウマ・キリンと混合飼育とする場合が多い。模様のはっきりした有名な動物に視線が集中しがちだが、エランドを見逃さないようにしよう。
ここにいるエランドはアイカという名のメス一頭である。メスのエランドはオスと比べるとほっそりして優雅に見える。
大勢いるグラントシマウマの群れに近寄らず隅にいることも多いが、できれば一度の訪問で複数回様子を見ておきたい。アイカさんが角をフル活用する場面が見られることがあるからだ。
放飼場のやや左寄りにある池のような水場、もしくは右手の獣舎の前で、アイカさんとアミメキリンが同時にいるときがチャンスである。
両者とも頭を下げ、角をぶつけ合うことがあるのだ。
エランドに限らずレイヨウの角の先端は尖っているものの、シカの角と違って後ろを向いている。先端で突くより、首を下げる力で正面に向かって振り下ろす使い方をすることが多い。
アイカさんとアミメキリンの勝負はかなり長時間続き、力のこもったダイナミックなものである。
ただ両者の間に殺気立った雰囲気はない。飼育員のかたによると遊びと捉えるべきものだとのことだ。風貌からしてヤギと勘違いされがちなエランドがアミメキリンと小競り合いをしているのが可笑しい。
この放飼場は砂が敷かれたオーソドックスなもので、エランドに限らず比較的乾燥した環境を好むものが集まっている。ごく一般的な造りではあるがエランドの生息環境に合致しているといえる。
このことを覚えたまま、エランドに近縁なシタツンガの放飼場を見るのも面白い。こちらは草が生えたり水がたまったりしていることも多い湿った環境で、シタツンガが大きな水たまりで過ごしていることもある。また混合飼育されているのは、コラボでパネルが出たエジプトガンや、ハゴロモヅルといった水鳥である。
シタツンガはエランドとは違い、湿地に生息する。高温と乾燥に耐える必要はない代わりにぬかるみに沈むおそれがあるためか小さくスリムな体つきで、蹄も長く、泥を広い面積で踏めるようになっている。
直接対比されているわけではないが、こうして近縁種同士を結び付けて見ることで理解を深めることができる。
ウシ科の中ではエランドとは遠縁だが、東武にはブラックバックもいるのでレイヨウを複数種見るのに丁度良い。
3)ズーラシア!丘に立つ威容
ズーラシアもエランドが観察しやすいので注目すべきだ。
サバンナエリアはズーラシアの中では新しい施設で、正門からは反対側、北門からはすぐのところにある、実際のサバンナに似せた開放的な空間だ。
ランドスケープイマージョン(飼育施設の内外を動物の生息地そっくりに作り込み現地と実質的に同じ体験をもたらすこと)と言い切れるほどではないが、広い草地を中心に岩やアカシアの木、水場などを配置して、生息地の情景をよく表現している。
エランドはこの中央に盛り上がった草地を堂々と歩いている。自らより頭数の多いグラントシマウマやアミメキリンに囲まれても全く動じず、むしろグラントシマウマに注意を払われながら青草を食べたり水たまり(のような給水所)から水を飲んだりしている。
草地が盛り上がって丘になっているので、エランドを見上げることになる場合が多い。旧来の動物飼育施設の多くが動物を見下ろすようになっているのとは対照的に、エランドにいっそうの迫力を感じることになるだろう。
タイミングが良ければ、飼育員のかたによる解説で角を見ることができる。これは外側の角質部分を骨の芯から外したもので、骨の芯が収まる空洞も確認できる。
4)天王寺!サバンナの闊歩
天王寺動物園のサバンナはより徹底したランドスケープイマージョンになっている。おすすめしたいのは緑が濃くなってこの効果が特に発揮される五月から九月だ。
カバの展示で始まるアフリカエリアは、現地語の看板や探検隊の衣装を着たマスコット、木組みの設備や石積みの柵で彩られてアフリカ気分を盛り上げていく。
密な木立に続く小さな橋を渡ると、観察デッキに出てサバンナを見渡すことができる。
ただし、ここに立ったからといってすぐにエランドが見付かるとは限らない。このサバンナは非常に長く広く続いて、地形の変化にも富んでいるのだ。
最初のデッキで見られるのはエランドだろうか、それともグラントシマウマやアミメキリンだろうか(本当にこの組み合わせが多い)。双眼鏡かズームの効くカメラを用意して、現地さながらの観察を楽しもう(※グラントシマウマは執筆後に逝去しました)。
二番目のデッキや、ライオンとブチハイエナの見られる岩場の上にあるデッキまでこちらが移動する間にも、エランドやサバンナの動物達は我が物顔で歩き去っていく。動物達にこそ主導権のある、本物の「住処」であると感じられるだろう。
サバンナの最後にある木陰と水辺のデッキにエランドが近付いてくれればボーナスタイムだ。食べられる草を探してのんびり過ごす様子を、こちらもしばらくはのんびりと眺められる。
5)のんほいパーク!夢の大平原
のんほいパークは、筆者が初めてエランドを見て魅了された場所である。それだけにエランドが非常に魅力的に見える。
のんほいパークのエランド・アミメキリン放飼場もまた、徹底したランドスケープイマージョンを行い続けている。
園の中央を貫くメタセコイア並木から逸れて、林の中の、落ち葉の積もった小径に入る。
グラントシマウマの住まう野原が柵の向こうに見え、国内で特に大きいマンドリル飼育施設の脇を通る。続くカバ放飼場の池から向こう側の広い草地が見え、開放的な印象を与える。
こうした構成が、このエリアをあたかもサバンナの一角にしつらえられた観察センターか何かのように感じさせる。
パタスザル舎や、岩に囲まれたチンパンジー、シロサイなどの区画を過ぎると、そこは木々に囲まれた土の道だ。
サバンナの中へと踏み込むようにして、観察デッキへ。
眼前には盛り上がった草地が広がる。周囲は密な木々に囲まれ、余計なものは目に入らない。木の向こうにも原野がずっと続くかのように見え、広大なサバンナの中の木立に仕切られた一角であると錯覚する。
そんな中に、エランドやアミメキリンがのびのびと優雅に闊歩している。この説得力は絶大である。
エランドは足元の草を食んでいるかもしれないし、池から水を飲んでいるかもしれない。手前の斜面にいるときが見やすいが、台地にいるときも堂々として見えるのが良い。
雌雄で角を当て合ったりして一緒に過ごしていることもある。現在オスのガラムさんとメスのアクアさんがいて、雌雄の体型の違いもよく分かるだろう。
ガラムさんは今は亡きクォーツさんほど、オスのアミメキリンのウリュウさんとの折り合いが悪くないようだ。クォーツさんも実に勇ましく立派な、ガラムさんが優男に見えるほどワイルドな毛並みと体格のオスエランドであった。このようにエランドには角以外にも意外と個体差がある。
天王寺と同じく広い放飼場を限られた観察ポイントから見ることになるので、動物達に主導権を握られデッキ間を右往左往することもあるかもしれない。あえて観察できる場所を限ることで、動物の暮らしを人間がそっと覗き見るという体験をデザインしているのだ。
一方で最近、この放飼場全体を見下ろすウッドデッキも完成した。大きな構造物を足すということで本物のサバンナのような印象が削がれるのではと心配であったが、実際にはむしろ観察デッキから目立っていた白いパタスザル舎を木組みの柱で隠してくれるし、ウッドデッキ上からもサバンナを囲む木の向こうまでは見えず、原野のように感じられるという特徴を損なうことはなかった。どちらかというとキリンの観察に向いているが、のんびり眺め続けるならこちらが良いかもしれない。
デッキの鉄柵にはエランドのシルエットをかたどった立派な装飾が施されている。エランドを主役として盛り立てている、筆者にとってとてもありがたい場所なのだ。
6)国立科学博物館!緊張の対面
エランドはどこの動物園にもいるというほどではないが決して珍しくはなく、この他に手の届きそうなところまで肉迫できるアドベンチャーワールド、飼育頭数が多く餌をあげることもできる伊豆アニマルキングダム、震災からの復興を果たした熊本市動植物園などにもいる。
しかし前項のプロングホーン同様、エランドも剥製を観察できるところを紹介しておきたい。場所はやはり国立科学博物館、プロングホーンとともに地球館三階の「大地を駆ける生命」と名付けられた展示室に展示されている。
巨大なガラスケースで囲まれた楕円の雛壇に各地・各種の哺乳類がずらりと並んでいるが、その最も手前にいる一つがエランドなのだ。
顔をこちらに向けてガラスに鼻が付かんばかりの位置にいるので、その大きさが実感できる。
もし生きた状態でエランドのような巨獣にこんな風に対面したら……。ぞくりとする空想だが、家畜化の取り組みも行われているエランドなら、もしかしたら泰然と受け入れてくれるかもしれないと期待してしまう。
なお、ごく近縁で別種とも亜種とも言われているジャイアントエランドをはじめ、他のレイヨウも非常に充実している。覚えきれないほどの多様性は哺乳類というよりまるでクワガタかなにかのようだ。
地味だということにされて見過ごされがちな動物であっても、その魅力に気付いて注目してみれば上記のとおりである。
元々の人気を意識せず、自分自身が対峙したときに感じた魅力を信じて、フレンズや動物を追う。このやり方を筆者は是非おすすめしたい。
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