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新訳付作品集『Emily’s Herbarium』のご紹介|クリスマスに寄せて

Text|Kaede Itsuki

 一段と冬の寒さも深まり、クリスマスソングの聞こえる季節となりました。クリスマスといえば、愛情に満ちた人々が輪になって集まるような暖かい気持ちと、どこか心の芯に凍てつく孤独に気付かされるような少しの寂しさを感じます。年の瀬の高揚感と終焉への身に沁みる冷たさという両極端の気持ちがせめぎあう季節。19世紀に生きたエミリー・ディキンソンの詩のなかにも同じように二つの感情が揺らぎ、さまよい歩くような詩が多くあります。

 今秋に開催された「金田アツ子&Belle des Poupee二人展 エミリー・ディキンソンの温室」に際して、新訳付の作品集『Emily’s Herbarium』が同時刊行されました。作品集では、お二人の作品と共に、6つの詩の翻訳とディキンソンと温室との関係を記したエッセー「温室の詩学~エミリー・ディキンソンの甦りの花々~」が収録されています。

 アメリカ文学史に歴然と輝く詩を残したディキンソンのもうひとつの作品ともいえる植物標本にオマージュを捧げ、花が登場する6篇を集めました。優れた園芸家でもあるディキンソンが作り上げた温室に咲き誇る花をひとつずつ摘みとるように、それぞれ違った花の色が際立つブーケのような詩集となっています。

80 “I hide myself—within my flower,” 「わたしは身を潜めます――わたし自身の花の中に、」

 ディキンソンが友人に贈った花束の中に隠された一篇。
 一人であることの孤独と喜びが、ディキンソンらしいお茶目さを持って描き出されます。

1368 “Opon a Lilac Sea” 「ライラックの海のうえ」

 友人の結婚の知らせに際してディキンソンが手紙に記した不可思議な一篇。
 香り立つライラックの海の上を歩くうちに、読者は「天鵞絨」の「宣告」へと導かれます。

106 “Glowing is her Bonnet,” 「燃え立つは彼女のボンネット」

 誰にも知られずに咲く美しさを謳った作品です。生前は出版に懐疑的であったディキンソンらしい作品ともいえます。彼女の詩と同じように、燃え立つように咲く姿は誰かの心の中に熱く残り続けます。

8 “When Roses cease to bloom, Sir,” 「薔薇が咲くのを終えて」

 薔薇の姿が野山から消え、菫の盛りが終わる情景と、花を摘もうとだらりと垂れる手。甘美なけだるさが不思議な余韻を残します。

92 “Perhaps you’d like to buy a flower,” 「もしかしてお花が買いたいの?」

 お花を「買う」ことはできないが「貸して」あげることはできる。少女のような口調の中に本質的な言葉の強さを感じる詩です。花と同じように詩もまた売ったり買ったりはできないものだという詩人の声が聞こえるようです。

520 “God made a little Gentian—” 「神さまは小さなリンドウを創った——」

 薔薇になりたかったリンドウの姿を童話のように描いた作品です。凍てつく冬の寒さがあるからこそ誰よりも鮮やかに色づくことのできる、遅咲きなリンドウの姿を賛美しています。

 ディキンソンの作品には、どの詩にも静寂な時間の流れを感じます。人生に対する重要な考えが、「内省」することによって得られる点に特徴を感じます。彼女の詩を読んでいると、まるで温室のなかで考えに没頭しながら歩いているような感覚を覚え、甘美な孤独を発見することができるのです。

 収録されているエッセー「温室の詩学~エミリー・ディキンソンの甦りの花々~」では、花とディキンソンとの関係について解説しています。町の人々には詩人よりも園芸家として知られていたディキンソンは、当時では珍しかった温室で、冬にも花を育てていました。花は儚いからこそ美しいものですが、ディキンソンは枯れては咲くその姿に「永遠」を見出しました。豊富な植物への知識に裏付けされた植物標本は、彼女が残したもうひとつの美しい作品として楽しむことができます。温室にはまだ見ぬ楽園の姿が、甦る花々にはキリストの復活(Resurrection)もゆるやかに重ね合わせられているように思われます。
 クリスマスの時期、ふと一人になった瞬間に開きたい作品集です。


 濃紺の箱に収められた菫色の作品集は、ディキンソンの造り上げた温室に敬愛を捧げ、静寂な温室のようにデザインされています。全ページ手切り紙を使用しており、優しくも重々しく触れる質感から「手のひらで感じる芸術作品」となっています。

 箱を開くと、紫色のジャスミンの花をあしらった表紙から温室の扉が目の前に現れます。扉を開けて目の前に広がるのは、漆黒を背にしてくっきりと浮かび上がる草花の絵画です。一歩づつ、ジャスミンと野薔薇に色付けされたページを進めば、詩に登場した花々が色とりどりの作品に変身して現れます。

 エミリー・ディキンソンの6つの詩が原詩と新訳とで並び、エッセーではディキンソンと花々との関係が紐解かれます。金田アツ子さまの描く少女の愁いを含んだ瞳が心を捕らえ、Belles des Poupeeさまのレースの質感が厳かに浮かび上がります。

 高揚と静寂の季節、冷たい空気を背にそっと戸を閉めて、手のひらに広がる小さな温室に足を踏み入れてみてください。

商品名|新訳付作品集『Emily’s Herbarium』
限定370部
訳と文|維月 楓
絵|金田アツ子
布花アクセサリー|Belle des Poupee
編集・造本設計・製本|Club Noohl
発行所|霧とリボン
発行日|2020年10月26日
サイズ|15cm×23cm

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