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LIBRARIAN|維月 楓の小部屋

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モーヴ・アブサン・ブック・クラブの司書、維月楓の小部屋。詩人・研究者・翻訳家。古今東西の女性/クィア詩人の作品を読み解くことを通して、新たな生の軌跡に敬愛を捧げている。
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#モーヴ街

巻頭詩&エッセイ|維月 楓|モーヴ街2周年に寄せて―生と美の可能性―

 かの人が曇り空の下で想いを遊ばせた土地で、私は灰色のコンクリートの上に生きて、文字を飛ばして生きる者として精進しており、菫色の詩集を開けたのですが、そこには日本の言葉と化けたその人の詩が踊っていました。今や海路でも渡れない遠くのあなたに、詩集を拓けばわたしは会うことができるのです。もはや後にした故郷の話に出てくる空に浮かぶチェシャ猫の姿のように、紙面に浮かぶ文字はなぜか眼光の形として心に射し込み、熱く燃える印象を付けられました。 *  霧とリボンさま主催のアートプロジェ

松下さちこ|わたしは夢見る「博物画」

 胸躍らせる人々の群れを抜けると、モーヴ街7番地「スクリプトリウム」に写字室が立ち現れていた――。新たな入居者である松下さちこ様の作品は、科学的記載を重視した「博物画」のような簡潔な表現で描かれながらも、豊かな感情が見出される植物や鉱物、生物と、生命を宿した書き文字(カリグラフィ)が見事に融合しています。  2023年9月霧とリボンにて開催予定の個展《惑星の花びら(仮)》の序章となる作品群をお楽しみください。  太陽のような薔薇として咲く「自己」、思惑の雲の涙、結晶となっ

Belle dea Poupee|クリスマスパーティーの後ろ姿

 Belles des Poupeeさまの制作するヘアドレスは、いつでも少女の夢を叶えてくれる。クリスマスパーティーの招待状を眺めながら、今年は何を着ていこう。 *  足元軽くパーティー会場まで駆けていきたくなるようなキャノチエ — カンカン帽 — 。藤棚のように濃いモーヴ色が、淡い菫の花にふわりと被さる。  冬の静かな空気を思わせる、爽やかな装い。大ぶりのリボンは、後ろ姿を鮮やかに演出してくれます。 *  チャコール地が、暖かく居心地のよい部屋のように包み込む。耳

くるはらきみ|くすしき花の香り

 聖書の伝統を踏襲しながら新たな解釈をもたらす、くるはらきみさまの宗教画。本イベントでは、降臨節を祝うにふさわしい二作が届きました。  くるはらさまの作品に特徴的な、まあるい瞳。聖母マリアの半ば閉じられた目は、生まれたばかりの幼子であり、神秘的な花のように神の言葉を身にまとうイエスを見つめます。  エサイの根より生いいでたる救い主。背景の絡まりあう蔦は、純なる出自とともに繁栄を暗示する。天使が慎ましく祝福に訪れ、白く可憐な花を差し出します。花はかぐわしい香りを放ち、世に遍

monomerone|“菫色の信仰”を見つけて

 どこかで誰かが身に着けていた、架空のアンティーク作品を制作されているmonomeroneさま。  少女たちの“菫色の信仰”において使用された2作品に、“少年の祝福星”を表した1作品をご紹介します。希少な貝殻を模したアクセサリーが記憶する物語が解きほどかれます。 *  天へと伸びる一本の花が十字架を描き、清廉な信仰を象徴します。少女たちにとって、交わされた手と菫色の色彩は、まさにエルダーへの愛を表すためのもの。 “菫色の祈り”を捧げる特別な日には、ペンダントトップとして

Under the rose個展|ミラの星を胸に、きらめきの拍手の中へ

 クジラ座の胸に輝くミラ。「ふしぎなもの」という意味を持つ星に見守られる庭。光が強まったり弱まったりする度に、現実と空想の世界が縮まったり離れたり。  そんな不思議な世界を作り出すUnder the roseさまの記念すべき初個展が、星のきらめきの拍手が溢れるなか、幕を上げました。  動植物たちが、ワルツのように軽やかに集まってくる。ひとつずつ手縫いで制作されているビーズやスパンコールで着飾ったアクセサリーをお楽しみください。 *  今日は何か素敵なことが起こりそうで

monomerone|菫香る熱気を封じ込めて

 燃え盛る花の饗宴のなか、舞踏会の夜が幕を上げる。記憶を封入するハート型のアクセサリーと、ガラスのディスプレイを模した2シリーズのご紹介です。  ある少女はこう言う。  あの時私はまだ胸に飾った薔薇の花よりも若く、それでも窓辺に遊びに来る小鳥よりもよくものを知っているつもりだった。緊張を隠し、興奮に包まれた舞踏会の入り口で、人々が行き交う。どうか胸に宿る秘密を持ち続けられるように。 *  パステルカラーは愛らしくも、燃える心の灯が記憶を呼び覚ます。菫が描かれた2種は、星

Belle des Poupee|「美しき時代」のブティック

Text|維月 楓  ベル・エポック―美しき時代。新しさの誕生、都市文化の栄え、異国との接点、19世紀末から第一次世界大戦勃発までの華やかなパリを人はそう呼ぶ。  本企画展のテーマ「菫色×都市」を主題とし製作された、選りすぐりの逸品たちをご紹介いたします。作家であるBelle des Poupeeさまご自身によって撮影された写真とともに、ベル・エポック随一の百貨店のカタログを一緒に覗いてみましょう。  凛とした心の流れを感じる、紫の直線的な波の上で、モーヴ色のリボンが遊

【別便】スクリプトリウムvol.3|維月 楓 & 永井健一 & Du Vert au Violet《2》|プライヴェート・ポプリ〜アンソロジー・シリーズ

Text霧とリボン  六日間に渡りお送りしたオンライン開催 霧とリボン企画展は、一昨日無事閉幕致しました。アーカイヴはいつでもここスクリプトリウムに保管されていますので、折に触れて、馨しい植物標本をご高覧頂けましたら幸いです。  本日は、菫色の写字室の残り香として「別便」をお届け致します。 *  小壜シリーズに続き、プライヴェート・ポプリの《アンソロジー・シリーズ》をご紹介致します。  はじめてプライヴェート・ポプリに触れる方に、特におすすめのシリーズです。ての

スクリプトリウムvol.3|維月 楓 & 永井健一 & Du Vert au Violet《1》|プライヴェート・ポプリ〜小壜シリーズ

Text|霧とリボン  ブランド設立を記念して調香したポプリは、ヴァージニア・ウルフ『オーランドー』冒頭より、少年オーランドーが自然の中で詩作する3つの光景が題材です。  「Nature and Letters|自然と文学」「Sixteen|16歳」「A Summer’s Evening|夏の夕暮れ」と題した3つのポプリを、「小壜シリーズ」と「アンソロジー・シリーズ」2つのパッケージで展開します。  本日は小壜シリーズのご紹介です。  永井健一さまのドローイングを

スクリプトリウムvol.3|永井健一《2》|詩作するオーランドー

Text霧とリボン  秋風がカーテンを揺らし、スクリプトリウムにひらかれた一冊の書物のページの上を過ぎりました。  月桂樹、楢の木、サンザシ、シダ——夏の追憶と共に、ページから、様々な植物の青々しい香りが漂ってきます。  ひとりの少年が詩作する風景を、ひとりの画家が描きました。  本ドローイング・シリーズの題材は、ヴァージニア・ウルフの小説『オーランドー』。  本展にてローンチする霧とリボンのポプリブランドとのコラボで発表する、オリジナルのトワル・ド・ジュイのため

スクリプトリウムvol.3|佐分利史子《1》|丘へ

Text維月 楓  ヴァージニア・ウルフが1928年に書き上げた『オーランドー』。男性から女性へと変身し何百年の時を生きぬいた主人公の物語は、ウルフの先見性に驚かされる魅力に満ちた小説です。  今回の企画展では、オーランドーの少年時代がカリグラフィ作品となりました。果敢で早熟ながら少し不器用な少年が、「孤独」という人生の宿命を初めて味わった姿が瑞々しく描かれた一場面です。  まず目を引くのは、うねるような文字の流れと色の移り変わりでしょう。「ぼくはひとりきりだ」と呟

維月 楓 & Du Vert au Violet|架空のアブサン酒《ULSTER》

TextKIRI to RIBBON  名探偵たちが去ったモーヴ街に、暗躍する菫色の影がふたつ——ひとつは、男装の麗人アイリーン・アドラーの影。  ホームズたちを翻弄し、鮮烈な印象を残して去ったTHE WOMANの華麗なる足跡を「架空のアブサン酒」に封印してお届け致します。 *  夜のベイカー街、男装したアイリーン・アドラーがホームズたちに声をかける「ボヘミアの醜聞」の印象的なシーンへ、維月 楓さまの翻訳と霧とリボンのポプリでオマージュを捧げます。  薔薇菫色のリボ

KAEDE|アイリーン・アドラーと変幻する女性たち――アイリーン、お勢、モリアーティとして――

TextKaede Itsuki Art Work|Fumiko Saburi  どうして人は「宿命の女」に魅了されるのか。ほっそりと締め上げたコルセットと美しく重なり合うレースのひだの下に隠れ、彼女の胸が自由に羽ばたいているのを感じるからだろうか。シャーロック・ホームズシリーズ「ボヘミアの醜聞」(1891)は、女性という性全体を圧倒するほどの美しさと知性を誇るアイリーン・アドラーなる人物が登場する。彼女の物語に特徴的なのは、常人より何千歩も先を行くホームズが唯一敗れた女性