新宿紀伊國屋 〜おばあとボクと、度々、ご本〜
ばあちゃんとのデートは、だいたい新宿だった。
まず、ばあちゃんの買い物を済ませて、高野フルーツパーラーで休憩。幼い僕は、まだ資本主義の「し」の字も知らなくて、マスクメロンジュース(当時1000円)にフルーツサンド(こちらも当時1000円)を躊躇することなく注文し、瞬く間に平らげていた。中学校に入ったあたりから、「貨幣に価値があるらしい」ことに気がついて、どちらか一方にするようになったけれど。そんな僕を眺めるばあちゃんは、いつも小さなパフェを食べていた。
二人のデートを締めくくるのは、いつだって紀伊國屋書店新宿本店(以下、新宿紀伊國屋)だった。なぜ最後かと言うと、「絶対に荷物が重くなるから」。
ばあちゃんと文芸コーナーで別れて、僕はひとまず紀伊國屋ビルを最上階まで上がる。そこから、ぐるぐると全ての階を回り、めぼしい本は全てカゴに入れた。そして再び、文芸コーナーでばあちゃんと合流。ばあちゃんは、僕が重そうに持つカゴをチラリと見ただけで、嫌な顔ひとつせず、自分の欲しい本と自分の財布を僕に渡してくれた。無神経な僕は、お礼もそこそこでレジに向かい、大量の本を手に入れてホクホクしていた。
定期的に、そんな買い物をしていたからか、紀伊國屋ポイントカードにはいつの間にか800円分のポイントが貯まっていた。これは、約80,000円分の書籍を購入したことを意味する。当時の僕にとっては、かなりの大金で、そこでようやくばあちゃんの偉大さに気がついた。
現在、ばあちゃんも歳をとり、僕も就職して実家を離れ、二人で出かけることはほとんどなくなった。それでも僕にとっての「書店」は、今でもやはり新宿紀伊國屋。待ち焦がれた新刊を買いに行くのも、仕事の疲れを癒しに行くのも、友達と待ち合わせをするのも、いつだって新宿紀伊國屋である。そして、買い物が難しくなってしまったばあちゃんに頼まれて、本を買いに行くのも新宿紀伊國屋。ここなら退屈はしないし、どんな本でも手に入るという絶対的な信頼感が僕の中にある。
今回、新宿紀伊國屋が公式Xで募集していた「#わたしの好きな紀伊國屋ビル」「#紀伊國屋ビルの60年」に、ツイートを寄せた。自分としては、祖母とのたわいもない思い出を語っただけの140字であったのだが、なんと3000円分の図書カードをいただいてしまった。ご連絡をいただいた時、びっくりして椅子から転げ落ちて、そのあと一頻り喜んだ。抽選だとしても、その抽選に自分のツイートを含めていただけたこと自体がとても嬉しかった。
祖母と山分けしようと連絡したところ、「諸友が書いて得たんだから、諸友が使いなさい」と言われてしまった。祖母は御歳90歳なので、最近一緒に出かけることができなくなってしまったが、久しぶりに祖母から財布を渡された気分である。
ばあちゃんが、あの時、何も言わずに好きなだけ本を与えてくれたから、今の僕がある。大好きな文章に関わるお仕事をさせてもらえていたり、大好きな本を通して友人ができたり……。だからこそ、今後の読書に役立つような本に、今回の3000円分の図書カードを使わせていただこうと思う。
ありがとう、新宿紀伊国屋。ありがとう、ばあちゃん。
新宿紀伊國屋は60周年、ばあちゃんは90周年、本当におめでとうございます。
いつまでも元気でいてください。