食事は「できた順番で持ってきて良いです」

本当は家でじっくり書く作業をしたいけど、ついテレビやYouTubeを見たり、ブラウンジングしてしまったりで気が散って全然書けないので、余計なことができない状況に身を置くために外に出ることにする。

ということで喫茶店にやって来た。
テーブル席に座り、アイスコーヒーとナポリタンを注文した。ホールの女性から、「飲み物は食後でよろしいですか?」と聞かれたので、喉が渇いていた私は先にアイスコーヒーを持ってきてもらうようお願いした。

早速書こうとメモアプリを立ち上げる。頭の中には言葉にならないモヤモヤとした想いが浮かんでいるが、言葉としてうまく捕まえることができない。メモアプリのカーソルの点滅を見ながら、辛抱強く言葉が出てくるのを待ってみる。
しかし、台風後の汚濁が混ざった河川の流れを見つめるが如く、呆然と自分の内面を眺めることしかできず、キーボードの上では指が暇を持て余していた。

ならば今この目に映るもの、自分が感じたことをできるだけありのままに書いてみよう。

店内を見回してみる。いわゆる昭和の香り漂う昔ながらの純喫茶は、土曜日の昼下がりということも相まって、まったりとした空気が流れていて、調理を担当している恐らく店長とおぼしき初老の男性と、先ほど応対してくれた感じの良いホールの女性の2人でお店は成り立っている。
先客は1人、背広を着た60代前後と思われる恰幅の良い男性が、アップルパイを頬張りながら本を読んでいて、その姿は自分の時間を有意義に過ごしているように見える。

なんとなく店内を観察しながらアイスコーヒーを啜っていると注文したナポリタンが運ばれてきた。
断面が大きくなるようにカットされた食べ応えのありそうなウインナー、オレンジ色のナポリタンを色取るグリーンが鮮やかなピーマン、麺の間に時々挟み込まれたかのように控えめに存在する玉ねぎ、そして少し太めでもっちりとした麺という、基本のキとも言えるナポリタンの安定したビジュアルにテンションが上がる。
フォークでウインナーを刺し、麺を絡めて口に運ぶ。炒めることで増すケチャップの甘み、モチモチとした麺の食感、噛むと弾けるウインナーの肉の旨味、シャキッと歯応えを残したピーマンと玉ねぎ、それらが渾然一体となって口の中は美味しさで溢れている。フォークに麺を絡ませ、それぞれの具材と一緒に口に放り込み、咀嚼する喜びに身を任せているうちに、あっという間に皿は空になった。
心地良い満腹感に浸りながら再びアイスコーヒーを啜る。

「ウィーン」と自動ドアが開く音がする。
入口に目を向けると、リュックを背負った作業着姿の50代ぐらいの男性が入ってきて向かいのテーブル席に座った。
席に着くなり、食い入るようにメニューを熱心に見つめ、何やらブツブツと呟いている。
しばらくしてホールの女性に声をかけ、エビピラフとアイスコーヒー、そしてプリンアラモードを注文する。
ホールの女性から、「飲み物とデザートは食後にお持ちしますか?」と確認されると、「できた順番で持ってきて良いです」と男性客は答えた。

ホールの女性「え?」
わずかな間が生まれた。

エビピラフとアイスコーヒーとプリンアラモードを注文して、配膳はできた順番で良いと。
しかも「持ってきてください」ではなく、「持ってきて良いです」というのは随分と含みがある。

暗黙の了解で、飲み物の順番は別にしても、エビピラフの後にプリンアラモードを持ってくるよね!とか、
頼んだ3品で調理時間に大きな差はないだろうから、万が一プリンアラモードが先に来たとしても、すぐにエビピラフも来るでしょ!とか、
本当にできた順番でいい!とか。

ホールの女性が男性客に問いかける。
「本当にできた順番でいいんですか?」
男性がはっきりと答える。
「はい、できた順番で良いです」

ホールの女性はやや困惑していた。
これはあくまでも勝手な想像だが、プリンアラモードは既に作ってあるプリンに、生クリームやらフルーツやらを盛りつければ恐らく完成のはずで、男性客の言う通りにできた順番に配膳するとなると、プリンアラモードはナポリタンを華麗に追い越して1番乗りしちゃいますけどよろしいですか?ということが、彼女の問いかけと困惑した表情に表れていた。

彼女はほんの一瞬挑むような表情をちらと見せたが、すぐにテーブルを離れて厨房へオーダーを伝えに行った。
男性客に視線を戻すと、リュックサックの中から取り出した新聞を食い入るように読んでいる。

この場合普通に考えれば、エビピラフののち、アイスコーヒー&プリンアラモードの順で配膳されると思うが、ホールの女性が男性客に「本当にできた順番でいいんですか?」とあえて聞き直していること、そして一瞬だけ見せた挑むような表情を踏まえると、プリンアラモードが真っ先にくるということも十分に考えられる。

このやりとりを見ていた私は一応平静を装っているが、内実はドラゴンボールの悟空よろしく、「すっげーワクワクすっぞ」状態である。
ああもう、プリンアラモードを真っ先に届けてほしい。プリンアラモードがテーブルに乗ったときの男性客のリアクションとホールの女性の表情を想像すると、もういてもたっても居られない。

さあ、どうする?
常識的にまずエビピラフを持ってくるのか。
それとも1着プリンアラモードで逃げ切って変な空気にするのか。
いや、プリンアラモードとエビピラフの同着というエキセントリックな展開もあるかもしれない。


待つこと約5分、ついにその時がきた。
厨房のドアが開き、ホールの女性がトレイに何かを乗せてこっちに向かってやってくる。私と男性客を隔てている通路はもはやランウェイで、そこを悠然と歩いてくるホールの女性はさながらモデルのようでなんだか神々しい。

男性客のテーブルの前でホールの女性が立ち止まる。

「お待たせいたしました、エビピラフです」

ええええええええ。
何の筋合いもないけどめちゃくちゃ期待してしまったじゃないか。
男性客に聞き直して、しかも一瞬見せたあの挑むような表情はなんだったのか。
のどかな土曜日の昼下がりに、エビピラフよりも先にプリンアラモードを配膳し、その場を変な空気にするというミッションを遂行するんじゃなかったのか。

なんとか真意を探ろうと、ホールの女性の表情を懸命に目で追うも特に何も読み取れなかった。
そして、残念ながら男性客のリアクションは幻となった。

その後ホールの女性は、男性客がエビピラフを食べ終わるのを見計らって、完璧なタイミングでアイスコーヒーとプリンアラモードを持っていき、空いた皿を下げていった。プロの仕事であった。
一方の男性客は、私の落胆をよそに坦々とエビピラフを平らげ、アイスコーヒーを飲み、プリンアラモードを食べて帰って行った。

30分にも満たないこの一連の出来事を文章にしようと格闘し、気がつくと喫茶店に来てから6時間が経っていた。













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