快晴に漕ぐ傘の花
斑鳩三角は特異な存在だった。
入学式では校長挨拶の間キョロキョロと辺りを見渡していたかと思えば、あ〜!あんなところにさんかくが〜!と言い、急に立ち上がった。入学式には生徒たちの保護者も出席しているので、早速子供たちの間で、斑鳩くんとは関わっちゃダメよ、という教えが広まった。
発達障害か何か障害を持っているんだろう、勉強もできないんだろうとみなされ、彼に関わろうとする者はいなかった。教師でさえも。
入学して早々に学力テストがあった。三角が入学した中学校は、得意不得意の差が激しく出やすい数学の授業のみ、学力テストの結果をもとにクラスが振り分けられる。斑鳩はどうせドベのクラスなんだろうな、ドベのクラスだけは避けたい、そんなヒソヒソ声が教室中に充満していた。
結果としては、三角は一番試験結果が良かったクラスに配属された。入学して間もない一年生には解けないはずの図形の証明問題も出題されたが、三角はあっさりと正答した。
三角を馬鹿にしていたクラスメイトは惨敗し、三角を僻むようになった。三角を腫れ物扱いしていた教師たちは、あっさりと手のひらを返して三角を褒めそやした。三角は言動こそ浮いているが、人の心の機微には聡く、クラスメイトから僻みの感情を向けられていることも、学年主任を筆頭に教師が掌返しをしてきたことも理解していた。
それでも、教師から嫌われていなければ学校生活はどうにかなると小学校時代に学んでいたため、クラスメイトからの嫌な視線は特に気にならなかった。
三角のクラスの担任は、明るく美人で生徒たちから人気者の体育教師だった。三角は運動神経が良いので体育も好きだったが、クラスメイトから避けられているため、二人一組の課題は嫌いだった。ペアになる生徒がおらず一人蹲り地面に三角形を描いていると、担任が三角のペアを名乗り出てくれた。三角は二人一組の課題をこなせることが嬉しかったが、明るく美人な担任を独り占めしたとして、クラスメイトからはますます嫌われることとなった。
翌週の体育の時間、体育着に着替えようとロッカーを開けると、体操服がボロボロになっていた。これまでは僻みの目を向けてくるだけだったクラスメイトたちが、とうとう直接的ないじめを行うようになったのだ。小学校時代にも全く同じ被害に遭ったことを思い出す。その時は先生に正直に相談したが、相談したことが首謀者にバレていじめが深刻化した。
でも、今回の担任なら。自分にも優しく接してくれる担任なら、どうにかしてくれるかもしれない。三角は期待を胸に担任である体育教師に相談した。相談する際に、小学校時代のいじめの話もした。正義感の強い担任がいじめっ子を叱り飛ばし、さらにいじめが深刻化したと。担任である体育教師は、悲しそうな、それでいて真剣な顔で三角の話を聞いていた。
下手に犯人探しをしたり、犯人を叱り飛ばしたりするといじめが深刻化する可能性があるため、まずは様子を見て、どう対処するか考えていきましょう、という結論になった。
三角は、自分の目線に立って物事を考えてもらえたことが嬉しかった。
学校が終わり帰宅すると、両親が怖い顔をして三角を見てきた。何故怒っているのか分からなかったが、いつもの癖で「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にした。
クラスメイトから体操服を破られるなんて情けない、同い年なんだから舐められるな、と叱られた。
なんでそのこと知ってるの…?と訊くと、担任から連絡があった、と回答があった。
両親は三角に冷たかった。小学校の時も、いじめられた三角に原因があるとされたし、中学校に入学してすぐの数学のクラス分けテストでは褒められるなんてことは一切なく、それくらいで浮かれるな、と一蹴された。
思春期まっただ中の中学生にとって、いじめられていることを他人の口から両親に知られるのは屈辱的だ。三角も例外では無い。
それから、三角は何があっても担任に相談することをやめた。
三角へのいじめはヒートアップした。三角は何をしてもやり返してこないし、担任も見て見ぬふりで叱るなんてことはしない。いじめっ子にとって好都合だった。
上履きや筆箱はよく隠されるので、そもそも学校に持っていかないようにした。上履きを履かずに靴下で過ごす三角は、より一層「普通」から浮くこととなったが、クラスメイトたちは三角の人間離れした運動神経を恐れて暴力を振るうことはなかった。
梅雨に入るとクラスメイトたちは色とりどりの傘を持って通学してきた。もちろん三角も傘は持っているが、隠されるか壊されるかすると思い、傘を刺さずに通学した。びしょ濡れの三角を見て、クラスメイトたちは「馬鹿は風邪ひかないって言うし大丈夫なんだろ」と陰口を叩いた。不快ではあったが、祖父からもらった三角形がたくさん描いてある宝物の傘を壊されるよりはマシだと考え、聞き流していた。
帰りのホームルームが終わり下駄箱に向かうと、先に教室を出ていたクラスメイトたちの悲鳴が聞こえた。走って駆けつけると、三角のクラスの傘立てに刺してある全ての傘に、黒のマーカーで三角形が描かれていた。真っ先に三角が疑われた。今まで暴力だけは振るってこなかったクラスメイトたちが、三角目掛けて一斉に傘を振り下ろす。三角は屈んで身構えたが、傘が当たることはなかった。見上げると、担任が三角に覆い被さり、クラスメイトから傘で殴られていた。
担任を殴ってしまい呆然としている男子生徒に対し、担任は毅然とした態度で話しかける。あなたたちが斑鳩くんにやっていることをやってあげたまでです。自分たちが何をしているかいつまでも気が付かないようだから、先生が気づかせてあげました、と。
それから三角へのいじめはピタリと止んだが、担任は別の学校に移動になった。担任がいなくなったことを三角のせいだという者はいなかったが、三角は自分を責めた。
時は流れ、祖父は亡くなった。
居場所を失った三角は、窓の鍵が開いていた寮にひっそりと住み付き、春組が旗揚げ公演に向けて練習している様子を眺めて過ごしていた。
夏になると、団員が増えたのかより賑やかになった。賑やかなのは良いことだ、と思いながらさんかくクンと遊んでいると、部屋のドアが開いた。監督と男の子が三人と女の子… ?がびっくりした顔で自分を見ている。監督から夏組に入らないかと誘われ、いつも嫌われる自分なんかが、と思ったが、実力が認められたらしく入団することとなった。実力も性格もバラバラで喧嘩が絶えないが、なんだかんだ楽しくて、三角にとって心安らぐチームだ。
ある日、一成の提案により夏組全員で出かけることになった。雨が降っていたが、三角は学生時代からの習慣で傘を刺さずに寮を出ようとした。団員たちから何故傘を刺さないのか質問攻めにあい、嘘を付けない三角は学生時代の話をした。話を聞いた団員たちは、当時の三角のクラスメイトへの怒りや三角への同情心がごちゃ混ぜになった顔になり、しばらく黙ってしまった。
沈黙を破ったのは幸だ。
「そんなトラウマ忘れちゃうくらいの可愛い傘作ればいいんでしょ。はい、ポンコツ役者はさっさと布製の傘を買ってくる!」
「テンテンよろしくねん♪オレはゆっきーと可愛いデザイン作っちゃうよん!」
「ボクも天馬くんと傘買ってくるよ!」
天馬と椋が団員分の傘を買い、一成がデザインした模様を幸が傘に縫い付ける。
無地の傘にGODさんかくクンと色とりどりのさんかくが縫い付けられた頃には、すっかり雨は上がっていた。
三角はせっかくだから、とみんなを説得して、青空の下、団員全員でさんかくがたくさん散りばめられた傘を刺した。
屋根に登って見下ろすと、色とりどりの傘が雨上がりの花畑のように見えた。
学生時代の嫌な思い出は、今の素敵な瞬間に変わっていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?