愛薄き秋刀魚を酢橘味にして 7 IZU 2024年9月20日 09:33 愛薄あいうすき秋刀魚さんまを酢橘すだち味あじにしてあはれ秋風よ情あらば伝へてよ──男ありて今日の夕餉に ひとりさんまを食くらひて思ひにふける と。さんま、さんまそが上に青き蜜柑の酸をしたたらせてさんまを食ふはその男がふる里のならひなり。そのならひをあやしみなつかしみて女はいくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。あはれ、人に捨てられんとする人妻と妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、愛うすき父を持ちし女の児は小さき箸をあやつりなやみつつ父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。あはれ秋風よ汝こそは見つらめ世のつねならぬかの団欒を。いかに秋風よいとせめて証せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。あはれ秋風よ情あらば伝へてよ、夫を失はざりし妻と父を失はざりし幼児とに伝へてよ──男ありて今日の夕餉に ひとりさんまを食ひて涙をながす と。さんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか。そが上に熱き涙をしたたらせてさんまを食ふはいづこの里のならひぞや。あはれげにそは問はまほしくをかし。佐藤春夫『秋刀魚の歌』フェルナン・クノップフ《グレゴワール・ルロワに寄す 私の心は過去を想って泣く》1889年 ダウンロード copy #音楽 #俳句 #絵画 #秋刀魚 #酢橘 7 この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか? サポート