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僕と彼女は箱推しになれない 第八章

 高校の終業式を終え、冬休みに突入した。クリスマスよりも早く高校が休みになってよかった。先週で一区切りにしてくれた高校は彼女がいない非リア充の味方だ。今週まで行かなきゃいけないとしたら、地獄でしかなかった。クリスマスが平日だからだ。同級生の惚けを目にしなくて済んだ。この愚考で察してもらえると思うが、勿論、僕に彼女はいない。一度もいたことがないし、男らしい告白をしたことすらない。恋愛経験皆無だが悲しくはない、はるるんがライブをしてくれるから。少なからず、僕は独りじゃない。クリスマスを一緒に過ごす相手はいる。そう言い聞かせながら、クリスマスの街を歩いていた。今日は夕方から新宿でライブがある。想像を遥かに超える人だかりと喧騒で前に進むのにも苦労するほどだ。時間に余裕をもって早く出たが、無事に間に合うだろうか。心配が杞憂に終わることを祈っているうちにようやく到着した。新宿パレッサはビルの中にある変わった会場だ。エレベーターで五階に行くと、オタクが入場し始めていた。ギリギリセーフと胸を撫でおろした、杞憂に終わってよかった。普段通りの手順で入場した。出番は早く、今日は二番目だ。後からドリンクを貰いに行くと、忘れてそのまま帰ってしまうと思い、券を渡しカルピスソーダと引き換えた。すぐに蓋を開けて、それを飲む。喉に弾ける炭酸の刺激が爽快だ。ぬるくなると不味いので、三分の一程度飲んだ。蓋をしてカバンに入れた直後に照明が暗くなり音楽が流れ出す。二人の女の子が出てきた。クリスマスにちなんでサンタクロースとトナカイを模したコスプレをしているが、何の感情も生まれてこなかったので、スマホの画面を見た。地下アイドルのトップバッターの多くは新しくできたグループが多く持ち時間が五分短い。前説として使われるのが相場だ。オタクも九人ほどしかいない。その中にはどうせ『フォルツハーツ』目当てのオタクもいるだろう。前方にいるにも関わらず、三人がステージを見ずに下を向いている。はるるん達の出番が近づくにつれ、人が増えていく。それとともに僕もなるべく前で見ようと前方に移動した。スマホではるるんのbinderを眺めているうちに最前列が埋まってしまったので、その一歩後ろに控えた。音楽が鳴りやみ、トップバッターの二人が物販で新規が無料でチェキを撮れる旨を報告し、ステージ袖に退いていった。

SEが流れ始めた。どんな格好で登場するかワクワクしている。瞬きをした後、現れた。その姿は、はるるんが緑、万里香が黄色、希海が赤、瑠那が白という色違いのサンタクロースになっている。今の人数からしてもサンタクロース二人とトナカイ二匹だとバランスが良いと感じていたが、想像を優に超えるものだった。二列目の中央から見届ける。一曲目は「イノセントラヴァー」で幕開けした。半年前よりも余韻を残すビブラート、より儚さを伴う声色になっている気がする。はるるんの声が響く度に、ペンライトを力強く振る。万里香も遜色ないほどの仕上がりになっていた。高音と低音の二人が織りなす抑揚とハーモニーは、心に何かを訴えかけてくる。僕の心は間違いなく二人の声と共鳴した。聴き入る間に曲が終わり、自己紹介とトークに移った。希海が話し始める。
「みなさーん、大切なクリスマスの日に来てくださりありがとうございます!親しみやすいアイドル!フォルツハーツです」
「よろしくお願いします」
 四人が礼をした。再び希海がMCで廻し始めた。
「次の曲を披露する前に、今日の衣装につてツッコミたくなる人沢山いると思うので、どうしてこれになったか聞きまーす、じゃあはるるん」
「はい!これになったのはワケがあって、初めは私たちも定番のやつでいこうってなってたんです。でも、他のグループとは変わったことしたいっていう鶴瀬さんのセンスでこれになったの」
瑠那も話に入ってきた。
「そうそう、うちは定番が良かったんだけどね、万里香はどっちにしたかったんだっけ?」
「私はこっちで良かった、それぞれのイメージカラーで分かりやすいし。この年でこすぷれはきついでしょ」
自虐的に言って会場の笑いを誘っていた。
「まだまだいけるよ」と万里香のオタクだろうか、大声を飛ばしている。希海が再び口を開く。
「次に披露するのは新曲の君がいない余白を見つめてです、私たち本当は五人グループで柚希という子がお休みをとっています。柚希のことを思いながらやります!では二曲続けて聞いてください!君がいない余白を見つめて、熱情インスパイア」
そうして耳にした歌は使命感溢れる情熱的なものとは一線を画すバラードだった。
 
『思いだす君の背中、さよなら告げたあの日を忘れない、ぬくもりも仕草もね、色褪せないよ、君の言葉信じてー
過ぎ去った日々の君は、希望に満ちた顔してた、その時に戻りたいと何回思っただろう、
めくるめく季節は過ぎて、気持ちの変化も変化するーのかな?自覚しないうちに変わる、そんなのはなんかずるいよ
でも、もう過去は振り返らない
未来の自分に期待をこめて信じていけば怖くない、ひび割れた心は拭い去れ、新しい一歩を踏み出そう! 君がいなくなった分のスペース手のひらでつかもうとしてた、もうそれはやめにしよう、大切な人を思いやれ、
どんなに離れてても、心は未来の君へとつながってるー成長した自分をさらけ出せるように、前に進め~』

希海や瑠那のダンスもしなやかで、自分をただ見せるのに留まらず、魅せる姿勢が感じられた。はるるん達の歌と相俟って、心揺さぶられた。束の間に余情に浸っていた。

打って変わって三曲目。また迸る思いを情熱的に歌っていて、それに呼応して希海と瑠那の二人も激しく舞い踊った。僕もそれらに乗じて身体が動いていた。メンバーが見た景色はきっと、異空間だっただろう。ペンライトの色とカラフルな蛍光色の衣装が眩い空間を創り出していたに違いない。なぜかそう思った。

特典会が始まっていた。誰かコスプレをしている浮足立ったオタクがいたらと危惧したが、どうやらいないようだ。少しだけ安堵した。そう思ったのは、ハロウィンのライブでコスプレをして参加したオタクがいたからであって、決して誰かを参考にしようとしたわけではないし、恥も外聞も無い奴らと一緒にされたくない。その為、ハロウィンの日も僕服で臨んだ。今日も勿論私服だ。と言いつつもこの日のために勝負服を揃えた。はるるんには秘密だ。恥ずかしくて口が裂けても言えない。服装にふれてきたらどうしようかと考えながら、列に並んで待っていた。今回はコメント入りとなしを一枚ずつ購入した。

「次の方、撮りますよー」
鶴瀬から声がかかり、はるるんと対面する。特別な衣装だからか普段以上に緊張している。
「みのっち!特別な日にありがとっ、今日は何のポーズにするの?」
ポーズ集の該当ページの見本を咄嗟に見せた。
「一緒に大きなハート作りたい、これで」
「おけ!うまくいくといいねっ」
「じゃあ撮るぞー!はい、フォルツハーツ!」
チェキが出てくる現像口をはるるんに向けた鶴瀬は彼女にコメント付きと伝えた。はるるんがそれを受け取った。少し移動して話した。
「みのっち、色合いがクリスマスにぴったりの服装だね、」
「ありがとう、はるるんの緑サンタも似合ってるよ」
「そうかな?蛍光色あまり着ないから、最初は恥ずかしかったけど、吹っきれたよ」
「色鮮やかなステージになったよね、新曲すごい沁みて感極まったよ」
「これまでにないジャンルでね、あたしも気に入ってる、あっ、もう時間だ。ありがとっ」
「こちらこそありがとう!バイバイ」

手渡されたチェキの温もりを冷まさないうちに、カバーケースに入れた。そのついでに緊張で乾ききった喉を潤す。蛍光色に身を纏ったはるるんは一層輝いて見えた。チェキ本を取り出す。今日は特別な日だ。もし何かの拍子にチェキを無くしたら、何色の衣装で撮ったのかをまず思い出したい。際立たせるために貼ったことのない緑の付箋を貼った。年内に行けるライブは今日が最後だ。バイトのシフトを幸運なことに外せた。「よいお年を」を言うために、来年も推すことを誓うために最後の一枚を撮りに行く。何のポーズで撮るか再考を重ねた。
他のメンバーの列を見た。普段よりも全体的に列が伸びている。衣装の物珍しさに釣られた人が多そうだ。その中でも万里香のオタクが最近急に増えている。ボールが板についてきたからか低い声に魅了されたのか、要因は定かではないが、瑠那より多いのは確かだった。そういえば、前島達をまだ見かけていない。仕事が年度末で飲み会でもしているのだろう。イレギュラーでメンバー全員と撮る集合チェキを先に済ませていることもあり、最後の一人を狙う絶好のチャンスだ。特典会終了まで残り十分をきっていた。はるるんの列も短くなってきていた。後ろに誰も来ない事を祈り、前のオタクから最後尾の目印のプラカードを貰って。普段なら運営の方から声掛けがある頃だ。「今並んでいる人までで終了です」と。

(マネージャー、早く声掛けしてくれ)

焦りと緊張が交互に去来する。ふいに背後から聞きたくない声がした。
「ふぅ、あぶねっ。間に合ったぁ。プラカード渡してくれ」
振り返って見ると、前島だった。次が自分の番だったので、渋々渡した。『良いとこ撮り』もいい加減にしてほしいという気持ちで目を眇めた後、前に向き直った。
「今並んでいる人までとします」
唖然としたままの撮影となり、今年のライブ参戦は終わった。付箋を貼るのを初めて忘れていた。      

       ♢♢♢

今年最後の日曜日、僕のバイト先のファミレスは午後の二時をまわってもあたふたしている。平常時はホールを任されるのだが、今日はメニューを席まで運ぶ担当となっていた。僕よりもアルバイト歴が長い大学生がいるからだろう。料理提供が遅れることが見込まれるからとチーフにイレギュラーな持ち場言われていた。
「佐伯くん、これ八番テーブルに」
「はい」
迅速に料理を運び、ホールに戻りを何往復もしていた。慌ただしい時間が過ぎ、一五番テーブルにデザートを二つ運びに行った。テーブルに着き僕が声をかけた。一人しかいなかった。その子がスマホから視線をあげ、僕の手元のそれらを見た。その顔を直視した刹那ハッとした。見間違いようがない。今日はライブの予定はなかったはずだ。オフだからか化粧が薄めだったが、高いポニーテールが、オタクの間ではるるんを真似していると囁かれていた。瑠那だった。笑顔を絶やさずにいようとしたが、かえってこわばった。伝票入れに注文詳細の紙を素早く入れ、気づかれないように声色を変え「ごゆっくりどうぞ」と言い添えた。ホールに戻る途中、女の子とすれ違った。ちらっと振り返ってみると、瑠那のいるテーブルに戻っていった。

(えっどうして?どうしてここに)

一瞬だったが分かってしまった。マスクをした彼女の正体は……
「佐伯さん、会計のこれが分からなくて、助けてください」
その声で、仕事中によからぬことを考えていたと我に返り、レジを変わったのだった。

       ♢♢♢

向かいに座る瑠那が、水をごくごくと飲みほして、ささやいた。
「危なかったわ、あの従業員、晴香推しで現場にいるわ」 
「そうなんだね。ついてないね」
「作戦会議しづらいわ、多分気づかれたからもう出よう。今ホールに戻ったっから出るなら今だ」
「近くに確かカラオケあったから、そこにしよ。二人っきりになれるし」
「そうと決まれば。移動だね」
レジの方を確認し、晴香オタクじゃなくおばさんであるのを見て、支払いを済ませ店を出た。通りの反対にカラオケ店が見えた。
「あのオタクいないよね?帰る時間重なるなんてないよね?」
「相変わらず心配性だなぁ、後つけて来たら電話かけて警察呼べばいいんだから」
信号が青になり、交差点を渡る。カラオケ店に入り、受付のベルを鳴らした。颯爽と店員がやってきて、すぐに入れるかどうか聞いた。最新機種の部屋は空いていないようで、古い機種が運よく空いているとのことだったのでそれで入った。
「ふぅ、やっと邪魔されずに話せる、わざわざうちを呼び出す必要あった?」
「だって、電話しても出ないんだもん。履歴が残らないようにしたいのは分かるけど。いくらなんでもやり過ぎじゃない?」
瑠那はやれやれと言った顔をして、コートを脱いだ。
「まぁ、それより私はこの先、何をすればいいの?」
「とりあえず、来月の第四日曜日がさ、唯一夕方開演で対バンだからさ、その日のライブ終わりが終わったら、ライン送るから会場の最寄りに来て」
「分かった、いよいよだね。うまくいけばいいけど」
「まぁ、二人いれば充分よ。せっかく来たんだし、歌いおさめしよう」
そこからは何も考えてない学生のように歌い続けた。

       ♢♢♢


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