僕と彼女は、箱推しになれない 第一章

「ティロリン」
希海(のぞみ)の一日が始まる音がした。おそらく、マネージャーからの連絡だろう。寝ぼけまなこを擦りながら布団を出た。メールを確認する。
「集合は十時十五分で、十四時半から出番かぁ。対バンでトップバッターは久々か。出番が早い分、会場入りも早いけど、頑張るぞ」
一人で士気を高める。“アイドルとして寝覚めた時のルーティーンであって、もちろん普段はしない。そんな私の名前は白木(しらき)希海。ファンからは”のぞみん“と呼ばれている。アイドルになりたいという一心で実家の群馬を離れ、東京で一人暮らしを始めた。朝食を手短に済ませ、鏡と向き合う。私はメイクを施す時間が好きだ。コスメは女の子に彩りを与えてくれるし、コンプレックスも隠してくれる。童顔に身長の低さが相まって高校生に見間違えられたことのある私にとってコスメは必需品だ。髪を高い位置で結び、九時に家を出た。 
 春の穏やかな陽気に包まれながら、電車に乗り、ライブ会場の新木場駅をめざす。そこでメンバーとマネージャーさんらと合流する予定だ。電車に揺られること五〇分、駅に到着し改札を抜けると、見慣れた顔があった。どうやら、私の到着を待っているようだ。その集まりに駆け寄った。希海は瞬きをして申し訳なさを滲ませた。
「ごめんなさい。遅くなりました」   
男のマネージャーの鶴(つる)瀬(せ)に伝えた。彼は叱っているとも諭しているともつかない態度で言った。
「集合時間間近だったけど、白木は準備に余念が無いの分かってきたし、問題ないよ」
「ありがとうございます。準備に時間をかけ過ぎないように努力します」
話は終わったようだ。鶴瀬が頷いた直後、今年成人を迎えたメンバーの佐々木瑠那(ささきるな)が熱い視線を送ってきた。ツインテールにくりっとした丸い黒目が特徴的だ。白いショートパンツから伸びた脚は太ももがない。均一な細さで細ももだ。
「のぞみんはちゃんと自分をより良く見せようと考えていて偉いよね!やっぱりリーダ―適任だよ。今日ライブ終わったら二人でどこか行こう!」
「ありがとう、るなちの言葉で今日も頑張れるよ。うんそうしよう」
その後も他愛ないことを話しながら、新木場フォネストに歩を進めた。前を行く3人のメンバーはレッスンコーチの皆瀬さんと話している。会場までは歩いて十分もかからず到着した。出演者用の入り口を通過し、ここで鶴瀬さんは主催の人に到着の旨を伝えるため一度別れた。                 
メンバーと皆瀬(みなせ)が楽屋に入る。各々が荷物を隅に置き、私服からレッスン着に着替えた。準備を終えた頃合いを見て、皆瀬さんが手を叩きつつ呼びかける。
「はい集合!本番前の確認始めるよ」
今日は新曲も含めて三曲披露することになっている。新曲というだけあって、みんなの顔に緊張が漂っている。皆瀬は祝日しか同行できないので、見てもらえる時間は限られている。新曲以外の二曲も確認し、一時間経ったころに終わりの合図を示した。
「はい。じゃあここまで、新曲お披露目頑張って」
希海は小腹を満たすために荷物から昼食を取り出した。満腹の状態でパフォーマンスに臨むと横腹が痛くなるので、サラダとパンのみ食べていた。視線を周囲に移すと、先に食べ終えた最年少の川瀬(かわせ)晴(はる)香(か)は化粧鏡の前で迷いなく手を動かしている。彼女は色白で癖のない端正な美人ではるるんの愛称で親しまれている。晴香の顔面を構成するパーツは黄金比に近い。化粧に力を入れている希海でも、綺麗だと見惚れてしまうほどだ。ずっと視線を送っていることに気づいたのか、晴香が近づいてきた。
「のぞみん、今見てたでしょう、何か用でもあった?」 
「いや、用事は特にないんだけどね。はるるんはいつ見ても綺麗だなあって」
「そんなことないよ、のぞみんは陰ながら自分を磨いているじゃん、自慢のリーダーだよ」
「へへっ、ありがとう、終わったら写真撮ろうね」 
他愛ない話に花を咲かせた後、私は衣装に身を包む為、女マネージャーの黒木(くろき)に話しかけ、衣装を受け取った。半年ぶりの新しい衣装に心が高鳴る。そばにいた加賀(かが)柚(ゆず)希(き)は不満を露にしてぼやく。
「黒がベースの衣装が好きだったなぁ……ピンクのパステルカラーは春らしいけど、イメチェンが大胆過ぎない?」
「まぁまぁ、かっこいい衣装とのギャップが生まれていいじゃん!ファンの人も様々な私たちを見たいと思うしさ」
「のぞみんは視野広くていいね。私なんか自分のことばかりでさ」        
「そんなことないよ、少しずつこの衣装も好きになろっ」             
柚希は同い年だ。セミロングで毛先が外にはねている。釣り目で性格はサバサバしている。朝は眠気に襲われるようで機嫌が悪いけれども、切り替えが早くステージでは曲にあった表情をし、そつなくこなす。頼もしいボーカルだ。そんなことを考えながら私は着替えた。そのまま化粧鏡の前に行き、髪をハーフアップに纏め、化粧を直した。いつの間にか大半のメンバーは準備を終えていた。二二歳で最年長の土井(どい)万里(まり)香(か)がいないと思っていると、焦って戻ってきた。 
「ごめん。化粧室行ってた」
ショートヘアにアーモンド形の瞳。身長が高く、脚が長い。ステージでのダンスはしなやかでキレがある。左目が隠れる時があり、表向きはクールだが、裏ではおっちょこちょいだ。ややあって、ドアをノックする音が聞こえた。                                「フォルツハーツさん出番です。ステージ裏に移動お願いします」             いよいよライブの幕開けだ。

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