超金融緩和とマイナス金利の終了。

 2013年4月から10年間以上も異次元の金融緩和が続いた。この政策は安陪政権と黒田総裁が率いる日本銀行により推進され、大量の国債と紙幣を印刷した。異次元と言われた超金融緩和によって、短期金利をマイナスにし、消費者や企業にとって借金と消費をし易い環境を作り出した。
 政府は大量の国債を発行し、全国の各銀行がこれを購入した。日銀は大量の紙幣を印刷し、この国債を購入し、銀行に大量の現金を供給した。銀行は企業や個人に貸し付ける必要があったが、金余りの状況で需要は見込めなかった。
 銀行は仕方がなく、その大金を当座預金として日銀に預けた。日銀は当座預金の利子を支払う必要があったが、そんな余裕はなく、マイナス金利政策を行った。当座預金に対する利息を支払う代わりに、料金を徴収し、この側面からも銀行などの金融機関がより多くの貸出を行い、経済活動を刺激しようとした。
 しかし、経済政策は金融政策と財政出動が中心で、産業立国を投げ捨て、金融立国と観光立国を宣言した。したがって、構造改革や財政政策が不十分であり、「失われた20年」に続いて、経済成長は遠く及ばなかった。さらに消費税の税率を2回にわたって引き上げ、消費を大幅に抑制し、経済成長の足を引っ張る大きな要因となった。
 またイールドカーブコントロール(長短金利操作)は、長期金利の目標を設定し、長期金利の安定を図る政策も並行して行った。さらにETF(上場投資信託)を購入し、市場に流動性を供給し、株価の上昇を促進した。
 当初、この金融政策は一時的なもので、経済の正常化が進むにつれて、段階的に撤廃されることが予想されていたが、結局11年も続いた。大規模な金融緩和が長期に及んだため、この後始末を懸念する声が各方面から上がった。
 具体的には、大量の資金を市場に供給し続けた影響で、株価が上昇し、都市部で不動産市場が過熱した。またマイナス金利による超低金利で、金融機関の収益環境や年金などの運用環境が悪化した。
 その一方、金利の低下は政府の利払い費を抑え、それが国債発行のハードルを下げ、財政規律が緩んだ。さらに金融緩和によって上場投資信託を大量に買い入れたことで、日銀による株価の下支えがあるため、金融緩和を縮小する際の影響が懸念されている。
 24年3月上田総裁が率いる日銀は大規模な金融緩和の事実上の終了を決め、マイナス金利やYCCやETFなども撤廃した。そして、わが国の金融政策は伝統的な枠組みに回帰し、正常化した。  
 異次元の金融緩和とマイナス金利の終了によって、わが国の経済は新しい段階に入った。今後は持続可能な成長と物価安定の両立を目指すが、政策変更を慎重に、かつ段階的に実施し、市場の安定を図る必要がある。
 当面、低金利と金融緩和は続く。

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