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女体化した鳥

 一羽の鳶が目の前を横切り、道路沿いの短い円柱に止まった。何か獲物を咥えている。赤みを帯びた鳥の肉片だった。じっと観察していると、鳶の口からぽろりと肉片が落ちた。あ、落ちた、と思っていると、鳶がいつの間にか女体化し、鳥人間になっている。しかも美人だ。感動と驚きでぽかんとしていると、地面に落ちた肉片も形を変えて張りのある女へと変身し、これまた美人だった。声をかけずにはいられなかった。

「すみません。ちょっといいですか」

「何ですか」鳶の女は怯えたような目で私を見た。明らかに警戒している。鳶のあの力強い目つきではない。しかし、私は鳶のことをよく知らないから、鳶の目が本当はいつも怯えていることだってあり得る。

「よかったら宿をお貸ししますよ」

 曇天で今にも雨が降りそうだったが、私は親切心でそう言ったのではなかった。珍しい生き物なので飼ってみたい。ただそれだけのことだった。鳥人間は初め躊躇したが、「食費も全部こっちが持ちますよ」と言った途端に迷い始めた。さっきまで肉片だった女は、「一ヶ月くらい、試しに住んでみようよ」と、もうかなり積極的である。鳶の女もそれならいいかと、結局私の家に来ることとなった。(このふたり、さっきまで食べる食べられるの関係だったくせにやたら仲が良い……。)

 大きなトロッコに3人で乗った。他にも乗客がおり、トロッコはゆっくりと移動を始めた。しばらくして暗いトンネルに入ると、暗闇の中、乗客の誰かが「そろそろ舟と連結するぞー。落下するから気をつけろー」と言った。何が起こるのだろう。どきどきして行く先を見守った。

 トンネルを出るとそこには、空に浮かぶ巨大な方舟があった。トロッコは、方舟の後方へと伸びた雲の道を進んでいた。連結する直前に雲の道が途切れ、ガタンと一瞬落ちかけたが、なんとか耐えた。うまく連結したようだ。すると方舟はゴウン、ゴウンと音を立て発進した。

 トロッコから見る景色は素晴らしいものだった。あたり一面泥水で、街が浸水したかのようであり、ときどき木のてっぺんが泥から顔を見せている。乗客はあまりの高さに「怖い、怖い」と叫んでいたが、私はなぜか愉快でポケットからスマホを取り出し写真を何枚も撮った。本当に神秘的な光景だ。みんなが「怖い、怖い」と叫ぶのが信じられず、「なんも怖くねーよー。ちゃんと見てみろよー」と言ったら、「怖くて目が開けらんないよー」と隣で知らない男が泣いている。私はさらに愉快になって大笑いした。なかなか笑いが収まらない。さすがにおかしいなと思って冷静に考えてみると、誰かが私の横腹をくすぐっていた。ぞっとするほどくすぐったいので「やめろ、やめろ」と言うが、くすぐる手は止まらなかった。体を何度もよじっていると危うく落ちそうになった。それでも笑いは止められない。苦しくなって目が覚めた。

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