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うつを乗り越えるまでの話③

大学生6(休学中)

案の定、単位をあまり取れていなかった僕は実家に戻ることになった。
社会復帰を目的にしたアルバイトをして、最後の1年で全ての単位を取るつもりで動く事を条件に休学することとなった。
これだけ裏切り続けた僕にこんな選択をさせてくれた母には本当に頭が上がらない。
1年の休学中アルバイトをずっとした。平日は学童の指導員。土日は元々やっていた家電量販店での光ファイバーのセールス。
それ以外の時間は無理をせずに過ごす事だけを念頭において、のんびりと過ごす。
どちらのアルバイトも人がたくさんおり、調子が悪いときはおやすみさせていただけたので、本当に助かった。

学童の指導員のアルバイトは、本当に心に良かった。
自信をなくしていた私でも、遊び相手や、先生として心から求めてくれる子どもたちとたくさん関わることができた。
1年かけて、児童館、小学校内の学童、私立の学童とそれぞれ違う環境の学童を渡り歩き、運営母体からくる特徴や、
地域による子供の差などを知ることができ、学びとしても大きかった一年だった。
不思議だったのは、学童に来るのが嫌だった子供たちほど、私と仲良くなることが多かった。
先生からも感謝の言葉がいただけたり、それもとても自信につながった。
これは僕が色んな痛みとの関わり方が少し身についているおかげなのかなと、もう関わらない電話をくれた子たちに思いを馳せた。

光ファイバーのセールスのアルバイトは、はじめの頃、チームのやり方にうまく馴染めなかった。
入り口でチラシを配る。それを元に抽選会へ誘導する。抽選会の中でアンケートをして、条件合致であれば勧めるといったやり方だ。
チラシ配りからの声掛けも、抽選会後のアンケートでの会話もあまりうまくいかず、上司にご迷惑をかけるのでやめます。と声をかけた。
上司は関西TOPの数値を出した事のある優秀な方だったが、私みたいな人間にも気さくに声をかけてくれる良い人だった。
その人から知識を正確に話せるし、トークも問題ないと思う。ただうまく噛み合ってないだけだから、単独行動してみる?と言っていただき、
店舗内を巡回してお客様と話すポジションを作って頂いた。
お客さんと話すために、手の開いてるメーカーの方や、社員の方から各家電の知識を教えてもらっているうちに家電を売れるようになり、
そこから家電の説明をして売り切った後に、正体を明かすという信用を積み上げてからする契約スタイルを作っていくことが出来た。
インカムでお客さんの購入商品を聞いて、お客様を接客してクロージングするのが私の仕事になり、順調に件数を上げていけるようになっていった。
それも自信に大きく繋がり、自分のペースみたいなものが少し掴めるようになってきた。

大学生7

一年が経ち、学費の準備ができた。
大学への復帰。知っているキャンパスなのに知っている人はほとんどいない。
大学に来る理由を作るために写真部に所属した。しかし授業は週5日、ほとんどフルで授業が入っており、五コマの日もあった。
そんな状態だったので、作品はまともに作れなかったのだが、引退した元部長と仲良くなったため、
私が作品を作らず部室で寝ていても咎める人はおらず、非常に心地よい所属を作ることができた。
単位は部の方々から協力をいただき、順調に獲得でき、七年目にしてはじめて普通の大学生活を送ることができた。
同期に大きな遅れをとっている事がコンプレックスなのと、ストレスがかかると眠る以外は普通の大学生にまで普通に近付いていた。
ペースを崩すと不安が大きいので超マイペースだったから、The普通とは違うかもしれないが。
無事たくさんの人の協力の下、卒業出来ることとなった。

しかし授業がつまっていたため、就職活動をする余裕などほぼなく、たまたま行った説明会で話を聞いた家電の配送設置の仕事につくことになった。

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