【限定無料公開/掌編】コンプレックス・スープレックス

隣の芝は青いどころか、きらめきメタリックだと言ってもいい。
ちくしょう、どいつもこいつも華奢過ぎる!
無い物ねだりしちゃうじゃない!
産まれてこの方、文化系。運動神経、無縁な家系。
骨だけ見たら(多分)超美形。現実問題、深刻絶望。

嫌になるくらいがっしりした肩幅は、間違いなく父親譲りだ。
それだけじゃない。
足首も死ぬほどガッチリしてて、甲高で合う靴がない。
パンプスなんて一生履けない。
似合う似合わない以前の問題だ。

「美由希、お前朝飯は?」
「お腹すいてないからいらない」
「ダイエットする気なら逆効果だぞ」
「違うし!」

あたしはお腹が空いてない、あたしはお腹が空いてない、あたしはお腹が空いてない。
三回唱えて誤魔化す。
食べなきゃ痩せるのは事実なの。
この骨にこれ以上肉を乗せる訳にはいかないの。
わかって、格闘技&筋肉オタクのお兄ちゃん。
「お前、ときどき芝居くさいよな」
うっさいわ! ガリガリ美白!

「パセガワー、これお兄さんに返しといてー」
「バカ橋。あんた、あたしを橋渡しに使うのいいかげんやめてよ。兄ちゃんに直接渡しゃいいじゃん。どーせ部活には顔出すんだから」
「忘れんだよ、部活の時には。頼んだぜー」
雑誌を私の机に押しつけて、昼休み終わりのチャイムと同時に高橋は自分のクラスに戻っていった。
プロレスバカの高橋だから、バカ橋。
あいつが先に私の体操服姿(主に肩のあたり)をパツパツの長谷川でパセガワと呼び出したのだから、おあいこだ。
いくらか入学当初よりは痩せたけど、まだ結構パツパツなのは認める。

それにしても、プロレスなんて、どこがいいのかさっぱりわかんない。
ヤラセじゃないの?
勝つか負けるか分かった勝負なんか、ちっとも興味わかない。
なのに、バカ橋とオタ兄はプロレス同好会を立ち上げてまで熱中している。
ジャンボ鶴田も前田ナントカも越中芸人もみんな一緒に見えるしなぁ……。
雑誌、棄てて帰ったろうかしら。

「ムーンサルトプレス」
「スリーパー・スープレックス」
「ちょ、また『ス』!?…えぇっと」
「はい、時間切れー」
「あー、また負けましたー」
あいつら、また技しりとりしてる。間違いなく、バカなんだわ。

「よし、じゃあ、オレ勝ったから1回ね」
「ハイ」
バカ橋がオタ兄に技をかけられようとしている。
打ち所が最悪でありますように。

「ちょっと兄ちゃん」
「よし、今日は何にしようかなー」
「兄ちゃん」
「タイガードライバーかな♪ それともトペスイシーダかな♪」
「ねえってば、兄ちゃん」
「やっぱりココは、投げっぱなしジャーマンに……」
「初代タイガーマスクの中身は?」
「中の人などいないっ! あ、美由希」
どっちも死ねばいいのに。

「今日はお母さんいないのに鍵持って出なかったでしょ」
「あ、ない」
「これ、渡しとくから」
「お前も見てくか? オレの華麗な技を」
「や、私本屋に行き…いいぃ!?」
背後にバカ橋、膝かっくんをくらった。

「あんたね……」
「お前、リングの上でよそ見すんなよ」
あのトンカチで、ゴングではなく、こいつの頭を鳴らしてやりたい。
それでも一応、私に手を貸そうと少し前屈みになった時、ヤツが私の地雷を踏んだ。
「お前、足首」
その瞬間、私の左足は容赦なくあいつの肩を撥ね飛ばした。
「バカ! こっちみんな、チビ! ハゲろ! もげろ!」

最低。
もちろん自分がだ。いくらなんでもやり過ぎた。
一応、ホントーに一応、手を貸そうとしてくれたのに。
アームロックとかでやりかえしとけばよかった。

「美由希ー。いるかー」
「なに?」
「高橋くん、謝ってたぞ」
「うん」
「お前も、一応謝っとけよ、明日」
「うん」
「あとな、高橋くん、足首誉めようとしてたぞ」
「うん、は? なんで」
「ウランちゃんみたいでカワイイって」
「ウランちゃんって……」
「そりゃお前、アトムの妹だよ」
オタ兄はケラケラ笑って階段を降りていった。

足首、誉められるなんて生まれて初めてだ。
今日、持って帰ってきたプロレス雑誌を、生まれて初めて読んでみようかと思ってしまった。
ちぇ、バカ橋のくせに。

(了)

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