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子(ね)の会 吟行合宿記④

  駆け込みし時に見たものいかなるや東慶寺入れば濃きみどりあり/鳥山繁之

  教科書に載らざる姫君の見目姿偲びて歩く若宮大路/木村昌資 

 このところ、いにしえならば駆け込み寺を勧めるような重い相談を受けている。実は今朝、緊張感からか、あるいはやるだけのことはやった安堵感からか、身体が動かなくなってしまい、この合宿を欠席しようかと思ったのだった。大切な友人や、北鎌倉の東慶寺に駆け込んだ名も知らぬ女性たちのいたたまれなさを思うと、やるせなく胸が痛む。 

  さらぬだにこのくれぐれにうかる身をいかにかすらむ波の騒ぎ/辻和之

 いつの間にか、日が射して海が輝いてきた。歌の神さまのご加護だろうか。せっかく来られたのだから長谷の街を堪能しようと、椅子から立ち上がる。

  くもり日もその夕がきて海浜は遠近くヨット光に隠る/小野澤繁雄 

  鎌倉一古い神社、甘縄神明宮に向かおうとカフェを出ると、勺禰子さんほか数名があじさい荘に戻ってくる。ふたたび吟行(というより観光)に繰り出す元気に驚かれ、手を振り合って別れる。 

  これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬもあぢさゐの宿/春野りりん即詠

  鎌倉まで来ても、友人の相談事が頭を離れない。かりそめに宿りするこの世で、ひととひとが出会い、そしてすれちがうのは、なんと切ないことであろうか。 甘縄神明宮のほうから、ぴしっとジャケットを着こんだひとがやってくる。近づくとやはり針谷哲純さんで、「甘縄神明宮の少し先にある文学館、よかったですよ」と勧められる。今日から始まった「漱石からの手紙 漱石への手紙」という特別展示が素晴らしかったとのこと。心惹かれながらも、まずはと甘縄神明宮に詣でて鳥居をくぐり出ると、ちょうど五時。あいにく文学館は閉館してしまったので、翌日解散後に行くことにする。 
 詠草一首を用意して心にぐんと余裕が出たため(もっと詠めばいいのにねえ、りりんさん…)、観光スポットといえないような路地裏や線路脇を散策し、家族へのお土産を求めて小町通りを一軒ずつ覗く。
  屋台を発見。「ただいま金欠中 セールスおことわり」「只今わかっちゃいるけど親不孝中」と胸に文字の入ったTシャツが吊られている。「二度寝常習犯」というTシャツをお土産に欲しいか息子にメールで連絡を入れるが、返事がないので諦める(帰宅後「買ってきてくれたらよかったのに」と言われました)。 

 (続く)

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