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車椅子用の靴

当店には、車椅子がないと移動出来ないお客様が少なからずいらっしゃいます。

そのひとは、大切なものを選ぶときに特徴的なあの表情を浮かべながら店内を一瞥し、私に尋ねます。

「ブーツを探しています。比較的クラシカルなもので長く履けるものを提案していただけませんか?」

「喜んで。」

私たちにとっては背筋の伸びる、そしてアドレナリンだかドーパミンだかセロトニンだかが噴出する最高の瞬間です。

これは、レストランで言うと、今日の(胃袋の)気分を伝えて、「とにかくうまいものを食べさせてくれ」と言うようなもの。

信頼関係の築けている馴染みの客ならそれはプロとしての仕事を期待されている証拠ですが、一見の客のそれは値踏みが目的です。もちろんうまく提案出来れば信頼を勝ち得ます。

さて、そんなとき靴店の販売員はどんなブーツを薦めるのでしょう。ちょっと頭を巡らせて、障害をお持ちのお客様だから着脱の容易なジップアップブーツとかサイドゴアブーツ、といったところでしょうか。

しかし果たして、そのひとはそんなものを求めているのでしょうか?そのひとは車椅子がなければ移動出来ないのです。機能的な観点から言えば何も好き好んでブーツを履く必要などないのです。

それなのにブーツを求める理由を考えると、それは見た目でしょうか?もちろんそれも重要でしょう。靴が実用品でないのなら、そこには必ず嗜好がなくてはなりません。

結局、私の選んだブーツは紐を通す穴が11個もある編み上げのブーツでした。革底で黒のブーツ、筒部分がグレーのスエードで切り替えてあるクラシカルなもの。ボタン留めのブーツと並んで、20世紀初頭のフォーマルフットウェアとしてのスタンダードだったブーツです。

試着してもらうときには、普段なら紐を締めて差し上げるのですが今回は特別です。お客様自身でやってもらいます。そのひとは紐を締めて行く動作ひとつひとつを愛おしそうに噛みしめるように紐を締めて最後にブーツ最上でリボン結びをして満足そうに微笑み、

「気に入りました、これをいただきます。」

と言いました。

靴に求めるものは、ひとそれぞれです。百人いたら百個の求めるものが存在します。そして、その求めるものは、お客様自身でさえもはっきり認識してないケースがほとんどです。少なくとも、100%を言葉には出来ません。

我々靴店はその欲求を探らなければなりません。探ってそれを形にし、お客様自身が手にとってわかる形にして差し出さねばなりません。それが靴店の仕事です。

きっとそのひとは、靴に、生きるエネルギーを求めていたのではないかと思うのです。そして私が知る限り最も古くから存在するスタイルのブーツが持つエネルギーは推し量ることの出来ないほどのものだと思います。新しいデザインだとか、色付けの芸術性とかといったものとは次元の異なる、歴史というエネルギーがそこにはあります。

生きるということは、移動することだと思います。ひとは、意志を持って移動するからこそ生きているのです。靴はその移動に必要不可欠なものなのです。たとえその靴が地面を蹴って歩くことがなくても。

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