ソウルへ:旅中のメモ①

旅中のメモ


2023年8月21日 17時~22時


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一昨日、ソウルに行きたいかもしれないと思った。

昨日も引き続き同じような気持ちだったので、航空券を予約した。

今日になってやっとホステルの部屋をとり、大急ぎで荷造りをして飛行機に乗った。

どこか特別に訪ねてみたい場所があるのではなくて、昼間はホテルで作業をして、夕方からちょっと展示などを見るというような日々を送ってみたいなと思った。東京にいるときとほとんど変わらないけれど、街と言葉だけが違うことになる。

たびたびソウルに行ったことがあるわけではないけれど(トランジットついでに遊んだのを含めても、この度が3回目)、九州に行くのとソウルにいくのであれば心理的ハードルはさほど変わらないように思う。あるいは、そのような心理状態でありたい。


と思いはするけれど、旅の前の準備はいささか国内旅行よりもややこしい。

パンデミック以前に作成されたわたしの「海外旅行持ち物リスト」は、思ったよりも長くて複雑で念入りだった。そこそこ大がかりな滞在を前提に構築されたそのリストは、3つの鞄(スーツケース、リュック、ハンドバッグ)と、鞄に納められるべきいくつものポーチのなかにそれぞれ何を入れるかが定められており、項目の数はご丁寧にざっと50個は下らない。


普通の旅行の持ち物のほかに、カシューナッツとか、キシリトールガムとか、保湿機能付きのマスクとか、首に巻くためのショールなどが含まれている。これらはひどく長時間におよぶフライトをやりすごすためのアイテムであろうから、2、3時間程度のフライトで事足りる今回はおよそ無視してかまわないだろう。

カシューナッツは、長時間だらだらと食べても口の中が気持ち悪くならないのがポイント(たぶんカロリーの割に糖分が少ないから、口内の菌類との相性が悪いのだろう)。おいしいかどうかわからない機内食はなるべく食べずに辞退して、カシューナッツと少しの水を摂取しつづけて代謝を下げる方がフライト全体のQOLは上がる、というのが当時のわたしの考えだった(本当かしら、と今では思うけれど)。

保湿機能付きのマスクは、短時間のフライトでもできればあったほうが良い。機内の空気はいつもひどく乾燥して、咳き込みやすくなるから。もしもラスベガスのような乾燥地帯に行くのであれば、なおのことたくさん用意した方がいい。油断していると、そのうち呼吸そのものが、間断のない苦痛をもたらすようになる。思うにわたしは、本邦のしつこい湿度を憎みこそすれ、そこにわずかな有り難みがあることを忘れやすくなっている。


持ち物リストには、「なくてもいいけどあるとお守りになるもの」というカテゴリがあり、そこには確かに有用かもしれない項目がふくまれている。基本的に、インターネットと電源があればすぐに参照できるものを、わざわざプリントアウトしたものがここに含まれる。たとえば、ホテルの住所が含まれた予約確認ページのコピー。予約した航空券の情報のコピー。旅行保険の保障内容と連絡先の書かれたもの。ビザやパスポートのコピー。などなど。

スマホが普通に使えればいらない情報だから、国内だとまったく必要にならない。わたしは海外でわざわざ自分のためにモバイルWiFiを契約したりはしない怠惰さがあるので、それを補うためにこうした情報を紙に吐き出させて持ち歩くのは合理的である。


基本的な荷物として、財布。「日本円は1万円札だけにして、ほかの小銭やお札は家に置いていく」というようなことが付記されている。たしかにそうすると、現地滞在中にいつもと同じ財布を使っても、日本のお金とまざらずに現地の通貨が使えるという利点がある。


持ち物リストの中の常備薬については、リスト作成時(3~4年ほど前?)といまとでは内容が結構違うことに気づいた。いまは胃をケアするグッズを持っているのだけど、昔はそれは必要なかったらしい。その代わりに、市販品の睡眠薬が含まれている。

日本からヨーロッパに行けばだれでも自ずと健康的な早起きになれるけれど、アメリカに行くと、普通に起きるだけで途方もなく早起きしていることになり、夜も早すぎるのでぜんぜん眠くならない。アメリカ方向の時差のほうが、壊滅的に体調がだめになる。それを少しでもよくするための睡眠薬だったのだろうけれど、結局あまり上手に使いこなせなかった。

ソウルならば時差ぼけの心配は、ない。


***


成田空港のターミナルに着くと、韓国の航空会社を選んだからか、まわりにいるひとはみな日本語ではなく韓国語を話していた。たぶん、夏休みを日本で過ごしてこれから帰国するところなのだろう。

空港に来るべき時間には大幅に遅れて到着したのに、案外するりとあちこちのゲートをくぐり抜け、そのうえ夕ご飯を食べる余裕まであったので、わたしは気楽な心持ちだった。

成田ですでに韓国気分が味わえるのならばやっぱり気軽なものだ、だってお隣の国だもの、というようなことを思いながら、搭乗口で自分をとりまくひとびとを見ていた。男女はだいたい同数くらいで、女の子のほうが少し多かったかもしれない。あきらかにみな同年代で、20代か30代というような見た目だった。つまり、わたしとほとんど変わらないような属性のひとたち。格安航空だからか、家族連れもビジネスマンもおらず、カップルすら少なく、みな友人同士のグループのようだった。


飛行機が離陸したあとになって、はじめて「地球の歩き方」を開いた(ターミナルの売店で買ったばかりの)。

まず冒頭のページで、電源アダプタの必要性が記載されていたが、それは用意していなかった。自作の長大で自信たっぷりな持ち物リストにどうしてこんな基本的なことが書かれていなかったのかと思い、がっくり来る。

韓国においては、日本のそれとは電圧も違えば、電源タップのかたちも異なるらしい。以前来たことがあるはずなのに、まったく覚えていなかった。


さらに、入国にはビザが必要だと明記されていた。

ビザの申請などしていなかったし、不要だと思い込んでいたので、またがっくり来てかなり暗い気分になった。もう空を飛んでいるのだから、明らかに手遅れである。現地の空港に着いた途端、査証がないからといって何日も足止めを食らうようなばかげたことが起きたりするのだろうか。

とはいえ、さすがになんの根拠もなくビザなしで飛行機に乗ったわけではない。一応、いくつかのWebサイトを眺めて、自分の国籍や渡航時期がビザ不要の条件を満たしていると思ったような覚えがあるけれど、あまりに急いでいろいろ準備したせいで記憶が怪しいように感じられる。それに、なんとなくグーグルしてたどり着いたWebサイトに書いてあったことよりも、地球の歩き方に書いてることのほうが正しいということもありえる。


しょんぼりした気持ちのまま、地球の歩き方を頭から読み進めた。ソウルのエリアごとの特徴の説明を読み、主要な観光のアクティビティをさらい、交通のために知っておくと便利な単語を目でなぞり、ソウルで食べるべきとされる食べ物の、複数ページにわたるまとめを丹念に読んだ(といっても、わたしは海苔巻きさえ食べられれば満足だけれど)。音と文字の対応関係をうっすらと見いだすような心地で、食べ物の名前をしめすハングルを睨めた。


機内が暗くなってからも読書灯をつけて読み進め、半分まで来たところで正誤表があるのを見つけた。刊行当時と異なり、短期の観光目的であれば入国ビザは不要になったと書かれていた(さすがにそうだよね。まったくもう……)。


***


着陸。よそに来たような感じはあまりしない。時差もない。

機内の棚に入れた荷物に手が届かなくなり、近くのおじさんに頼んでとってもらう。


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手荷物受取所のエスカレーターを降りた先のフードコートには、いつもと違う感じの煮炊きの匂いがたちこめている。

仁川空港からソウル駅行きの特急では、逆に日本語ばかりが聞こえてきていた。

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