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MIMMIのサーガあるいは年代記 ー20ー

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   皐月(さつき) ーオフィーリアの二度目の恋(2)ー

 エリカたちが視線を自分に集中しているのに気づくと、フィーリアは忘我の境を彷徨ほうこうしていたことを恥じ、桃子に心を奪われていた永さにおどろきました。いま会議の話題は、”尻尾しっぽ”と言い換えているチ〇ポが桃子に急に生える原因について、あれでもないこれでもないと今までに結論のでたことのない不毛な議論をしている最中になっていました。

「お爺さまが、例の事件が起きる前に頻繁に西淀川・摂津工科大学(NIT)に通って何事か相談していたようだけど、今はあんな調子になって、関心もないようなありさま」と、 お婆さんは匙をなげるような口調で呟き、この話題を打ち切りました。
 例の事件とは、お爺さんが政財官界の黒幕・フィクサーとして指弾する特集番組をBBCに放映されたことです。

「桃子の記者会見のあと、お爺さんから離反した者たちが攻撃的になっている、と聞きます。危険な兆候です。その恩知らずの者たちのリストが天野がつくった資料の最後のページです。あの記者会見を、『俺が口を開いてお前らの秘密を暴露したら、お前らも終わりだ』と、お爺さんが桃子を使って脅迫したものと誤解したようです。どんな形で彼らが攻撃してくるか予想がつきません。離反した者たちの中には暴力をもっぱらとする者がいますから……。ロドリゴ、警備の方は万全なの?」と、お婆さんが訊ねます。

「慢性的な人手不足だが、なんとか警備のローテーションをまわしている。だが、奴らが攻撃してきた方が、好都合だ。敵が何者なのか分かるし、返り討ちにして殲滅すれば、ほかの敵への見せしめになる。安心してほしい」と、ロドリゴは自信満々に答えました。

 お婆さんはロドリゴの好戦的な態度にすこし危惧しながら、桃子を警護するエリカたちのほうに視線を移します。
「桃子様は大丈夫です。この邸宅の奥までは誰一人到達できません。ご安心ください」エリカが代表して答えました。
「警備のことよりも、あのくそったれな五人がお嬢さまにまとわりついて、ここの一帯が騒がしくてなりません。Shitを扇風機にぶち投げたようになってます。あのクソどもを遠ざける方法はないのですか?」
 ナナミンこと橋本七海が四文字単語を交えて質問しました。日頃から下品な単語になれてるロドリゴもナナミンの口からこんな単語が洩れたことに驚き、目の玉を大仰にぐるりと回し、エリカは批難するような目つきをしました。

「桃子には求婚者のことを耳に入れてるの?」
「お嬢さまには言っていません。従業員たちにも厳しい箝口令を敷いています。お嬢さまにそんなことが伝わったら、それはそれは大騒ぎになること間違いありません」エリカが怯えるように言いました。
「困ったやつらね。あいつらは、弱ったといえお爺さまの裏の影響力と莫大な資産が目的でしょう。桃子の夫になれば、お爺さまの入り婿という形で影響力を継承できるから……。
 まあ、ハプスブルクとやらは一番まともかも知れないけれど、お爺さまの影響力でオーストリア帝国を再建して皇帝に就くテコにしたいんでしょう。とりあえずは、政権奪取といったところかしら。最悪なのは山本三郎のバカ。お爺さまの裏の政治力と財産の継承者として、最年少の総理大臣になる腹なのよ。政治家としての雑巾がけの下積みもせずに総理に就くつもりなんでしょう。あの父親の長期政権をお爺さまが裏から支えたことを知ってるのかしら、あの馬鹿息子は……。
 ビル・フォン・バージニアに李戦念、それとイワン・イワノビッチ・シャマロフ。こいつらはいい年をして十六歳の少女と結婚しようとするなんて……エロ禿親父、不潔そのもの! 一番若い山本三郎だって親子ほど歳が離れているというのに、ほかのヒヒ爺󠄂ときたら孫のような歳の桃子と……。男ってなんて下劣な生物なんでしょう。滅びてしまえば良いのに!」

 お婆さんのこの愚痴めいた批難の、とりわけ最後の言葉にオフィーリアは、強くうなずきました。
「あの五人を遠ざけるちょっとした考えがあります。聞いても笑わないでね」と前置きして、お婆さんが説明しました。

「この取り仕切り一切をオフィーリアに任せます。大変だけどお願い」とお婆さんが頼み込み、オフィーリアは先ほど桃子のことを想い忘我の境を彷徨っていたのを咎められいるのだと考えました。

 翌日早朝、正門扉に大きな紙が貼りだされました。この紙には、日本語で次のように誌されていたと当時の資料は伝えています。

 <蛸薬師小路たこやくしこうじ桃子に面会しようと希望する男性は、明後日、十三時丁度にここ正門前に到れ。面会条件を個々に告げる。なお、事前審査として一億US$相当以上の金融資産を有していることを、国際的に信用ある金融機関の証明または純金を当日提示できる者に限る。また、当日、当家敷地に立ち入れる者は、希望者本人と通訳一名のみに限定する。さらに使用言語については日本語のみとし、これら条件への質問、異論、変更等については一切受け付けないことを申し添える。>

 一定以上の資産があることを条件にしたのは、門前に蝟集している一般の桃子ファンや冷やかしを排除し、求婚している五人に限定するためです。もっとも政治家四世にすぎない山本三郎はそんな莫大な資産があるとは思えませんから、実質的に排除したようなものです。

 この発表はたちまちワイドショーを賑わして、蛸薬師小路家または桃子の意図を面白おかしくさまざまに推測しました。と同時にこの告示の文章が高飛車なことと、一億US$の金融資産が条件になっていることを散々に批判しました。SNS上では困惑するとともに怒り狂う桃子ファンが溢れ、桃子ファンクラブの公式TwitterとFacebookは大炎上してしまいました。
 さらに海外報道機関はBBCに加えて新たにCNN、WSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)、USトゥデイに、雑誌ピープルも取材合戦に加わりました。

 三日後の十三時丁度に門前に参集したのは例の求婚者五名だけでした。保有金融資産の条件を満たせないと思われていた山本三郎もいました。
 ロシアのオリガルヒ(新興財閥)の息子イワン・イワノビッチ・シャマロフ、中国の紅い独占資本家と陰口をたたかれる大資産家李戦念、アメリカ人大投資家ビル・フォン・バージニアは大勢のボディカードと秘書からなる長い長い車列を引き連れています。
 スイスのK2の頂よりも家名と自尊心が高いオーストリア帝国帝位請求権者フランツ・ヨーゼフⅣ世・ハプスブルク=ロートリンゲンは、オーストリア帝制復興主義者のオーストラリア人の一群を引き連れています。
 山本三郎は支持者のおばちゃん連中を引き連れて、選挙カーに乗りマイクのボリュームを最大限に上げて「わたくしが、あの山本三郎ですから山本三郎ななのですよ」と、訳の分からないことを叫んでいます。

 この五人のボディカードや支持者がお互いに他の四人を牽制しあうのですから、半年前までは静かだった大和平野の一郭はまたまた騒乱状態の混乱です。いつもは蛸薬師小路邸の周りを取り囲んでいる野次馬連中も、求婚者五人のとりまきに追い散らかされてしまいました。こんな事態を予想して警備に就いていた地元警察署の機動隊も隊員が少なすぎてどうしようもなかったということです。

 ですがこの騒ぎはオフィーリアが、一瞬におさめてしまいました。彼女は脇門をくぐり出て、傲岸な口調でこう告げたからです。
「静かにしてください。桃子お嬢さまはただ今午睡にはいられました。こんな馬鹿騒ぎでお目を覚ますような輩には決して面会されないでしょう。きっとお怒りになる筈です」
 彼女は、仕立てはとても上品ながらも極めて地味なビジネス・スーツにロー・ヒールを履き、まるでニューヨークの大手総合法律事務所の若手ジュニア・パートナーといった雰囲気でした

「わたしが、桃子様との面会をとりしきるオフィーリアです」と、彼女はフランツ・ヨーゼフⅣ世・ハプスブルク=ロートリンゲンより気高く言いました。二度目の恋を、桃子に恋していると三日前に自覚した彼女は、自分の生命に代えても桃子を守り抜く決意をしていますから、気迫があります。
 どんな無理な希望でも通ると信じて疑わない傲慢で、著名な五名は大人しく正門前にしぶしぶ並びます。オフィーリアがうなづくと、門番筆頭のヒロコーがスイッチを押し、電動で青銅製門扉がつっかえつっかえしながらぎこちなく開きました。約七ヶ月ぶりの開門でしたから、あちこちが錆び付いていました。

(つづきます)

二度目の恋なら、この曲でしょう。パチンコ台からこの方のファンになりました。https://www.youtube.com/watch?v=gIbl4DVNIlk

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