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奥津城に翁の号を刻むなかれ(2)

明神の章 その2 【笛の音】  「喜多さん、おはようございます」  喜多が数人の巫女たちと…先の疫病で家族を失った村娘達を引き取って仕事を与え…ともに八幡を切り盛りするようになって二年。  「太助さん、もう朝のお仕事を済ませたのですか?」  「やっぱり野菜は朝採れが美味いですからねえ。そんで、これ」  境内を清めていた喜多のところへ現れた壮年の村人が、板車に乗せて運んできた瓜を社の軒先に置いていく。  「さっき採れたばかりの瓜。今年は豊作で、今朝も荷車一杯に獲れた

    • 蛍おくり【小説】

      人間五十年と詠った幸若舞の人生観を三度巡らせた戦国時代の締めくくりを告げるのは、徳川と豊臣、どちらの勝鬨であるのだろう。 【一の蛍】  慶長五年、長月。  人質として集められた大名の子弟でひしめきあっている筈の大坂城二の丸は、それだけの数の人が集っているとは思えないくらい静かであった。  半月前まで出陣の鬨や馬のいななき、武具の音で市民を怯えさせていた大坂城。 城の警護を行う武士以外は皆東へ出払っていたため…だからこその緊張からか人数の割には静まり返り、垣根ひとつ隔

      • あの頃の自分を抱きしめる

        「あなたはお姉ちゃんなんだから」 私の両親の口癖だった おもちゃの取り合いになった時 ちょっとした言い争いから喧嘩に発展した時 少しだけ親に甘えたい時 「お姉ちゃんなんだから」 の一言で、私の小さな小さな欲求は全て遮られる 「お姉ちゃんなんだから」 は私にとって呪いの言葉だった 「お姉ちゃんなんだから」 の一言で、私は一家団欒から外れて皿を洗った 寝室で洗濯物をたたんだ 家事を終えて団欒に入っても 父の膝は弟の席 母の会話は弟だけのもの テレビは弟が見たい番組だけを延

        • 奥津城に翁の号を刻むなかれ(1)

           ― 明神の章 - 【鬼姫と弟】  いかなる名刀でも切れない綱をいとも容易く切ってしまうのは、人の心である。  のみならず、人は切った綱をこれまた気分でつなぎ合わせてしまう。  いちど切れたものを継ぎ接ぎや強引な結びつけで繋げるのだからひどく不安定で脆いものとなるが、それでも騙し騙し使い、どうしても意のままに動かなくなったらあっさりと捨てる。  『業』や『荒振』と呼ばれることを怖れずに。  陸奥国、置賜。  地域の鎮を名乗ってはいても、大きいとはいえない成島八幡神

        奥津城に翁の号を刻むなかれ(2)