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人の気配を肌ちかく 二十四節気・霜降



    霜降やかつて墓場の工場街     梨鱗


満員電車が苦手なのは、
人との距離が近くなり過ぎるために
僕が薄まってしまうからです。
塩を入れ過ぎたら水で薄めるように
人に密着された分、僕の中で僕を薄めないと
バランスが取れません。

東京のS駅界隈は、工場の立ち並ぶ街です。
所用で駅を通過した時のこと。
同じ職場の人が言いました。

「この辺りは江戸時代、墓地だったんだって」

他人の秘密を教える時のような昂ぶりが、かすかに漂っていました。

「土を掘ると、今でも人骨が出てくるらしいよ」

ふうん、と聞き流していました。墓地が怖いのかな、と思いました。
でもその人は、人の気配を濃厚にとどめた物がかつてあったことに
そしてその気配を今も感じ取ってしまうかもしれないことに
興奮していたのかもしれません。

生身の人間には窮屈さを感じてしまうのに
かつて人であった物には、人の気配を感じ取れない僕。
どこか鈍感なのでしょう。
ぷいっと人が離れていったりします。

満員電車はやっぱり苦手です。
毎日同じ人達に会うのも苦手です。
その後調べたら、S駅界隈は墓地ではなかったようです。
人騒がせな話です。


    手を薔薇のやうなる痣へそぞろ寒

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