見出し画像

ミニ小説「壊れかけの…」 ※テーマ投稿


#ほろ酔い文学

お酒をテーマに一篇

※リアルとは一切関係のない内容です。

 太陽の西日を背に受けて、今日も私は私の船着き場を目指して歩を進める。帆を広げた船が希望に満ちた航海を進む足取りとは裏腹に、私の背中には後悔の文字。今まで幾度と知れない苦労を乗り越えてきた私の肩を抱く者はなく、駅前の広場ではスマートフォンを見つめる若者たちが待ち合わせの喧噪を為していた。時刻は夕方の6時。ちょうど仕事終わりの時間だ。

聴きなれた12音の店内BGMのドアをかいくぐり、私は惣菜弁当コーナーでいつもの醤油焼きうどんと、デザートコーナーでこれまたいつものミルクレープを掴み、最後の目的の売り場へと向かった。

最後の目的地はデザートコーナーから徒歩10秒ほどの冷蔵のお酒コーナーだった。一瞬よれよれのスーツ姿の自分がガラス越しに見えた気がしたが、それは無視し、左上から順に陳列されているお酒を物色していく。

ほろ酔い、ワンカップ、ビール…と並ぶ中に私はその日飲みたかったものを見つけ「よし」と小さな声で呟きそれを手にする。ビールは苦手だったので酎ハイを手に取ったのだが、パッケージに書かれた果物を見ていると、今の私を表しているようで、少し苦笑いが漏れてしまった。

有料の3円のレジ袋を提げ、家の玄関をくぐったのは7時を回ろうかという時間帯。スマホのコミュニティアプリを開くと、今からご飯~とメンバーの誰かが打っていた。

「ただいま~」

と誰からも応答があるはずもない暗い部屋に向かっていつも声をかけるのは日課になっているが、明かりをつけると、どっと安心感が体中を駆け巡った。今日も職場で怒られて散々な1日だったけど、ようやく社会の荒波を乗り越えて家という船着き場に帰って来られた。2階立てのレオパレスの2階に住んでいるが、左隣は先月引っ越し、もう右隣はずっと空きなので、私の他に2階に住んでいる者はいなかった。リフォームもされているし、いい部屋だと思うのだけど……。

1LDKの小さな部屋に乱雑に置かれた洗濯物を畳み、ベランダの窓を閉める。外はもうすっかり暗く、稀に何と言っているのか分からない若者の奇声が聞こえるくらいだ。ここは駅から少し離れた閑静な住宅街だった。

『みなさ~ん、こーんばーんは~! 今日も私と一緒に宅飲み、たのしも~
♪』

横に傾けたiPhone13の画面越し行われている私の推しのyoutuberの宅飲み生配信、近頃はこの千歳ちゃんと共に乾杯をするのが日課になっていた。もこもこの毛皮のセーターに身をつつみ、青色のツインテールでこちらを見つめている彼女…といってもVtuberなのであるが。

生配信では視聴者から様々な質問が寄せられ、それに千歳ちゃんが可愛い仕草であざとく動きながら答えを返していくまったりとした時間が流れる。彼女と別れた~とか、好きなクッキーは何ですか?とか、新しい車を買いました!とか。それらに千歳ちゃんは大きな翡翠の双眸を輝かせてリアクションしていく。

 みんな色々な悩みがあるなぁと思いながら、私はサワーを飲み、焼きうどんを口に運ぶ。香ばしい醤油の味わいが身に染みる。

コメントに投稿はしないけれど、私にも悩みはあった。少し前に疎遠になってしまった彼女のことだ。世界中にウイルスが流行して以来自粛生活を強いられた中で、私は出張職のせいもあり、時たま出かけていたのであるが、無理を言って地元に帰ってきた際に、久しぶりに彼女と会った数日後、私は体調を崩した。彼女は仕事や家族のこともあり私を責めたが、私にも思いはあった。「返信はしなくていいから」と返ってきた彼女の言葉に、何も返す気力がわかないまま、しばらくの時が経ってしまっていたのだった。

あそこで何もしなかった私は…きっと欠陥品だ。出来損ないの意気地なしだ。酎ハイに描かれたラベルをじまじまと眺めながら、私はぼやぁっとふんわり配信を行う千歳ちゃんを見続けていたのであった。


『は~い。じゃあ次が最後の質問ね! おっと~、これは少し長いね~。みんなまだ起きてられるかなぁ?』

ぼーっとしていた。はっと気づいたときには千歳ちゃんの配信も最後の質問返しになっていた。どうやら少し酔っていったらしい。そこまで度数の高くないこの酎ハイに。

私は食べたごみを片付けようと、ソファから立ち上がって流しに向かいかけた。その時だった。 聞こえてきたゆるふわボイスの内容に私は振り返らずを得なかった。

『うーんとね。こんにちは!いつも配信楽しみにみています。ありがと~♪ 私はこのコロナで自粛を強いられて、毎日引きこもりの日々でyoutubeばかり見ています。少し前の話ですが、いつもよくしてくれていた彼に、出張後に私に会った直後に体調を崩したことを責めて、ひどいことを言ってしまいました。本当は言うつもりなんて無かったのに…私もイライラしていたのかもしれません。 ふむう、あれから連絡も取れていません。ここで言うのも卑怯かもしれないですが、やっぱり仲直りがしたいです。どうすればいいでしょうか』

 千歳ちゃんの一言一句を聞き逃さまいと、私は画面にくぎ付けになった。心臓の鼓動が早くなっているのが自分でも分かる。早く。

『酔っている私にそれを聞く~? ふふ、でも真剣なお悩み相談を送ってくれて、千歳嬉しいな♪ 最後にいい質問だね!』

画面の右横では、はやし立てる声や、そんなのLINE送っちゃえばいいじゃん、とか言うコメントが流れていく。それが出来たらどんなに楽か…。いや、これがまだ彼女の悩みと決まっているわけではない。私は千歳ちゃんの答えを固唾を飲んで見守った。

『私はね~、お付き合いとかは分からないんだけどぉ、でも何千人もの人が見れるこの場所で、こんなに真剣に悩みを話せるって本当に彼氏さんのことが好きなんだなぁって伝わったかな~。やーい、そこの君、この配信を見てるかい?? なんちゃってね!

まだ自粛の雰囲気だし、一言、勇気をもって…うーん、簡単なことじゃないけれど、久しぶり~ってだけでもお相手の方が何か送ってくれるかもしれないし… 私も応援するから、がんばって! みんなも朱里さん、応援してあげてくれると嬉しいな♪』

その瞬間、コメント欄が今までとは打って変わったように、がんばれー!、彼氏さんが羨ましい…!、俺らがついてるぞー!の応援の言葉で満たされるようになった。中にはスパチャを投げる視聴者まで。私は、コメント欄にカーソルを添えていた。が、何も打つことはできなかった。酔っていて何を打ってしまうか分からないからだろうか。いや、それとも…

『ふふ、最後はほろ酔いの状態でカップルのお悩みに答えちゃったけど~、二人がまた仲直りして、ホロホロな関係に戻ってくれると嬉しいね~♪ って何いってるんだろ私… 今日はここまで! 明日はマイ〇ラの作業生配信やるよぉ、またきてね』

よいしょ、という可愛い声とともに、青のふわふわツインテールと翡翠の目をした冬コーデの千歳ちゃんが画面から消えた。1時間半にわたる生配信の終わりだった。私はまだ興奮冷めやらない面持ちのまま、家事をしに台所へと向かう。

あれは本当に彼女だったのだろうか。コロナ禍の今、彼女のような悩みを抱えている人だって少なくないはずだ。でも…

酎ハイの缶をつぶし、袋に入れる。私はレモン、欠陥品…

いや、そう思うのはもうやめにしよう。このしばらくの隠れて溢れた思いの分を伝えるんだ。

 彼女からのLINE通知が来たのは、それから二日後のことであった。


終わり。



ありがとうございました。

面白かったかな…w すぐに長文になってしまうので短編って難しいです…

これも3000字なのでぎりぎり短編…?

Lemonの意味はよければみなさんでまた調べてみてください。



この記事が参加している募集

ほろ酔い文学

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?