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とある男女の場合|ショートショート #月刊撚り糸

レイカの場合

 人生泣きたくなることなんてそうそうない。基本スタンスは開き直りと諦め。別に悲観論者じゃないけどそうやって生きてきた。映画で感動して泣くことはあっても、自分の身に降りかかる出来事って、泣いても仕方ないじゃん。泣くくらいならなんとかする術を考えるし、それができないなら開き直る。
 そう考える私は、どうやら強い女に分類されるらしい。自分ではそう思わないんだけど、そう言われて生きてきた。

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「レイカはさー、ゼロの人間なんだよ」
「え? ゼロ?」

 急にわけわかんないことを言い出したのは、幼馴染のススム。徳利を傾ける手がふらふらと危うい。かなり酔ってきているようだ。こちらにも徳利を傾けてくるものだから、こぼす前にと慌ててお猪口を差し出した。

「そう、ゼロ。プラスにもマイナスにもしないじゃん」

 説明しているつもりなんだろうがなんの説明にもなっちゃいないし、そんな起伏のない人間になったつもりはない。

「いや、なんの話」

 獺祭の甘さが口に広がる。辛口が苦手な私はいつも甘いお酒ばかりだ。

「ほんとに、なんでフミと付き合わないのか分かんないもん」

 こちらを見ず放たれたその台詞に、ぴくりと私のどこかが反応した。ススムはだし巻き卵をつつくのに忙しくて気づかない。

「なんでフミ?」

 慎重に、なにげなく聞こえるように発声する。

「だってさー、どう見ても好きだろ。なのになんにもがんばらない。だから成功も失敗もない。レイカはいつもそうだ。いい加減がんばってみろよ」

 語気のきつい口調で一息に吐き出された言葉が私を刺す。冷たいものが背中を走った。

「ほっといて。私は私のやりたいようにするんだから、あんたに指図されるいわれはない。そうやって自分のやり方を押し付けるとこ、すごい迷惑」

 我ながら冷たい声が出た。それなのに、こんなきつい言い方をしてもススムはめげない。

「おれならがんばるわ。がんばりゃいいと思うけどな。どっちに転んでも話のネタになるだろ」

「だから、指図されるいわれはないって言ってるでしょ。自分の価値観でしか物事はからないのやめてよ」

 いわゆる水掛け論。

「いや、納得できねえ」

「する必要ないよ。私の人生だからあんた関係ないじゃん」

 うーん、と唸って頭を抱えるススム。

「でもさあ、絶対がんばった方がいいと思うんだよなあ」

「なに? 自分がいちばん正しいとでも思ってんの?」

 そういうわけじゃないけど、と呟きながらお猪口を傾けるススムを見て、自分が冷たい目になるのが分かった。

「おれだったらがんばるんだって」

「私は『おれ』じゃないから」

 一刀両断して残ったお酒を一気に飲む。感覚としての酔いは覚めていた。実際は醒めていただけできっと酔っぱらっているのだろうけども、どちらでもいい。
 ススムはまだ唸っている。

「おれはさ、本気ならがんばりたいわけよ」

「うん」

「だからさ、レイカもフミをがんばった方がいいと思うわけ」

 溜息が出る。その溜息で頭の中を一瞬整理して、一気に吐き出した。

「あんたのがんばりたいと私のがんばりたいは違う。そもそも私は本気だなんて一言も言ってない。仮に本気だとしてもあんたのやり方を踏襲する必要はどこにもない。私の人生に口出さないで」

 フミのことが大好きで大好きで仕方なくて、得るのも失うのもこわい私は、こうするしか選択肢がないのだ。

「いや、そんな身も蓋もないこと言うなよ~」

 語尾がふにゃふにゃとしたその物言いにすら苛ついて、私はお猪口になみなみと残りの酒を注ぐと、一気に飲み干した。ススムに悪意がないのは分かっている。でもその無意識の図々しさが無性に腹立たしい。


ススムの場合

 人生って、自分で決めて進めるものだと思ってる。やらない後悔よりやった後悔の方が断然いいし、おれはいつだって自分から動いて全部を手に入れてきた。失敗して悔しいときもあるけど、いつだって次があると思っている。
 そう考えるおれは、どうやら強い男に分類されるらしい。自分ではそう思わないんだけど、そう言われて生きてきた。

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「あんたのがんばりたいと私のがんばりたいは違う。そもそも私は本気だなんて一言も言ってない。仮に本気だとしてもあんたのやり方を踏襲する必要はどこにもない。私の人生に口出さないで」

 目の前に座る幼馴染のレイカは、一気に長い台詞を喋った。

「いや、そんな身も蓋もないこと言うなよ~」

 さっきからそうだけど、ってかいつもそうだけど、こいつは本当におれの言うことを聞かない。今だって俺の返事を無視して酒を飲み干しやがった。いや大丈夫なのかそれ。おれもまあまあ酔っぱらってるから介抱できないぞ。

 こいつの言う通りにしていたら、おれはこいつになんにも言えなくなる。それが嫌で、おれは訊くことにした。

「レイカって、なんでいつもそうなの?」

 こちらを見返すレイカの目は据わっている。相当飲んでるからそれもそうか。

「そうって?」

「おれの言うこと、全部否定するじゃん」

 まあまあ核心をついたつもり。全否定されると、おれの意見が必要とされてないみたいで悲しいんだよな。もっと頼ればいいのに。

「否定はしてない。私のことに口出してくるから拒否してるだけ」

「なんで拒否するの?」

 溜息をつかれた。レイカの好みに合わせてチョイスした日本酒は、おれには甘すぎる。それでも酒がほしいから一口飲む。

「拒否したいから」

「なんで拒否したいの?」

 即座に深堀りするための質問をすると、また溜息。たぶんレイカは苛々している。けれどこいつは声を荒げたり、会話を放り投げたりしない。

「拒否しちゃだめなわけ?」

「だめとは言わないけど、それだと世界広がらないよ?」

「あんたに広げてもらう筋合いはない」

 またばっさり切られた。幼馴染だけど、どうしたら素直になってもらえるのか本当に不明だ。フミのことだって、どう見ても大好きだろうに、結局どうしたいのかまったく分からない。

「そんなん言われたらおれなんにもアドバイスできないじゃん」

「それでいい。求めてない」

 またまたばっさりだ。おれは唸って頭を抱えた。レイカに悪意がないのは分かってる。こいつはいつも端的な物言いをするから、これが通常運転だ。でもおれの言うことすべてをぶった切るその思考が無性に寂しい。


ふたりの場合

 机に置かれた徳利は空になり、お手頃価格が売りの居酒屋は喧噪が落ち着き始めた。レイカもススムも酔いが回っているのを自覚し、暗黙の了解でそれぞれ鞄を手元に引き寄せる。ススムが店員を呼び、会計を告げた。

 ひんやりとした夜風が店を出たふたりを迎える。そろそろ半月になろうとする月は、中途半端な膨らみで世の中を照らしていた。照らされる人々、その中のだれもがきっと、生産性のないエネルギー発散の経験を持つだろう。なにが残ることもない、だからこそ何度も繰り返される、そんな行為を人類は飽くことなく脈々と受け継いでいく。

 どこかで猫が鳴いた。

 レイカとススムは和やかに手を振り合い、それぞれの家路についた。


【完】

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こちらの企画に参加しました。

 今回のテーマは『身も蓋もない話だね』。なるべくそれを文章に入れず、それを感想として抱いてもらえるような作品を目指したのだがどうなのだろうかこれ。テーマにちゃんと沿ってるのかこれ。

 疑問は浮かぶものの、とってもとっても楽しかった!
 他の方の作品を読むのもとても楽しみ。同じテーマでもそれぞれ解釈は違うのだろうし、それをどう表現するかもぜったい違う。
 すごくいい企画。

 七屋糸さん、参加させていただいて本当にありがとうございます。

読んでいただきありがとうございます❁¨̮ 若輩者ですが、精一杯書いてます。 サポートいただけたら、より良いものを発信出来るよう活用させていただく所存です。