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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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#男女

いえない男女|ショートショート

 炬燵机で斜め向かいに座る男女。女が持ち出した離婚届が机の上にある。女の側は記入済み。 「えっと……、これ、本気?」  戸惑うように女を見る男。口元だけで微笑む女。 「本気じゃないよ。だから、俺はいやだって言ってほしい。でもあなたは言わないから無理でしょう」  うつむき、目を泳がせる男。今度は目元も笑う女。 「私はあなたと結婚していたいし、これからの人生も一緒に過ごしていきたい。でもあなたはそうじゃないみたいだから」  男の口がもごもごと動く。けれどなにも言わない

タワマンパワマン緩慢散漫 side.K|ショートショート

――やっぱタワーマンションに住んでよかった。  と、30歳になったばかりの和希は思う。18歳くらいの頃から、ずっとタワーマンションに憧れてきた。タワーマンションに外車、厳つい腕時計。今も憧れるそれらは既にほとんど手中にあって、惚れ惚れする。  まるで夢の国のように、きらきらと輝きながら波打つ光の海。なぜか懐かしさを誘う光景。じっとそれを見つめていると、まるで昔からそれを見ているんじゃないかという錯覚を覚える。次いで高揚感。得たいものを得たことによる充足感すらなぜか懐かしいよ

タワマンパワマン緩慢散漫 side.E|ショートショート

――タワーマンションなんて、どこがいいんかさっぱり分からん。  と、29歳になった榮子は思う。23歳の頃は、きっともっと歳がいけば良さがわかるよ、なんて言われていたけれど未だに分からないままだ。  まるで遠い世界か幻のように、現実感も乏しく眼下で波打つ光の海。戻りたくても戻れない家のように、どこか郷愁を誘う光景。じっとそれを見つめていると、足元が揺れるような感覚を得る。次いで軽い眩暈。その不安定さすら懐かしくて、酔うように身を任せた。 「何見てんの」  掛けられた声に、

とある男女の場合|ショートショート #月刊撚り糸

レイカの場合 人生泣きたくなることなんてそうそうない。基本スタンスは開き直りと諦め。別に悲観論者じゃないけどそうやって生きてきた。映画で感動して泣くことはあっても、自分の身に降りかかる出来事って、泣いても仕方ないじゃん。泣くくらいならなんとかする術を考えるし、それができないなら開き直る。  そう考える私は、どうやら強い女に分類されるらしい。自分ではそう思わないんだけど、そう言われて生きてきた。 +++ 「レイカはさー、ゼロの人間なんだよ」 「え? ゼロ?」  急にわけわ

恋を知らないドーナツ|ショートショート

 恋人ではない男とセックスした次の日の朝は、ドーナツとホットコーヒー。それが、眞巳佳(まみか)のルーティンである。いつそれが定まったかは分からない。海外ドラマか海外小説か、おおよそそんなところの影響だろう。  今日も今日とて、眞巳佳は朝早くひとりきりのオフィスで、左手にホットコーヒーのカップを持ち右手に持った黒糖ドーナツを齧っていた。 ――カフェインを摂取しているはずなのに頭がぼーっとしている。  原因は明らかだ。夜眠りに就いたのが2時で5時に起きた。圧倒的な睡眠不足。コ

他人同士のクリスマス ~ショートショート~

「君はひとりでもやっていけるんだね」  それが彼の、最後の言葉だった。 ***    はあーっと、白くなる息を薄青い空に吐き出した。今日はイルミネーションがピークになる日。そう、クリスマスだ。  昨年の今頃はディナーで揉めて泣いていたっけ、とぼんやり思い出す。ケーキの味が彼の舌には合わなかった、というのが問題だった。今日の私はパソコンの見詰めすぎで目の奥がずきずき疼いていて、別の意味で泣きたいところ。独身で恋人もいない人は、どうしてこの日仕事でこき使われるのだろう。不条理

名前のない距離 ~ショートショート~

 いつもの談笑。あほみたいな話で笑っていたのに、急に君は言った。 「いい機会やからさ、決まった人作ろうと思うねん」  へえ、と返した声は平静だったろうか。ひやり、と冷たい液体が内臓を撫でた気がした。  君と私、ふたりの関係に名前はない。だからかな。君は平然と、うん、と言い話を終わらせる。  ここで、探るように私を見てくれたらまだ救われるのに。もしかしたら、踏み込む勇気を持てるかもしれないのに。  私は黙って飲み物を啜る。 「恋人ってさ、どれくらいの頻度で会いたいもん

袖摺れの君 #旅する日本語

「結婚、しようかな」  君が突然言うから、私はとても驚いた。   君と私は、もう15年近く傍にいる。一緒に寝たことはない。それでも私たちはお互いのものだった。 「お前の存在をいやがる彼女なんていらない」  冷たくそう言った君を思い出す。私はいつでも君の中の1番の女で、これからもそうだと思っていた。  袖摺れ、と言えるほどの距離が私たちには当然のようなのに。  それでも私たちは決して重ならない。だからこうなんだろう。  この距離を、新妻になる彼女はどう思うのだろう。 「旅