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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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#物語

タワマンパワマン緩慢散漫 side.K|ショートショート

――やっぱタワーマンションに住んでよかった。  と、30歳になったばかりの和希は思う。18歳くらいの頃から、ずっとタワーマンションに憧れてきた。タワーマンションに外車、厳つい腕時計。今も憧れるそれらは既にほとんど手中にあって、惚れ惚れする。  まるで夢の国のように、きらきらと輝きながら波打つ光の海。なぜか懐かしさを誘う光景。じっとそれを見つめていると、まるで昔からそれを見ているんじゃないかという錯覚を覚える。次いで高揚感。得たいものを得たことによる充足感すらなぜか懐かしいよ

タワマンパワマン緩慢散漫 side.E|ショートショート

――タワーマンションなんて、どこがいいんかさっぱり分からん。  と、29歳になった榮子は思う。23歳の頃は、きっともっと歳がいけば良さがわかるよ、なんて言われていたけれど未だに分からないままだ。  まるで遠い世界か幻のように、現実感も乏しく眼下で波打つ光の海。戻りたくても戻れない家のように、どこか郷愁を誘う光景。じっとそれを見つめていると、足元が揺れるような感覚を得る。次いで軽い眩暈。その不安定さすら懐かしくて、酔うように身を任せた。 「何見てんの」  掛けられた声に、

無花果の愛|短編小説

 かぐわしい食べものの香りと、人々のさざめきに溢れた空間。温かみのある木でできたテーブルと椅子。男が初対面の場に選んだ店はまさに、ムードがある、と言うに相応しいところであった。その男がお手洗いに立ったタイミングで、溜まった通知を消化しようと千晃(ちあき)は自身のスマホを手に取る。顔認証で画面を開き、その瞬間目に飛び込んだ文字に思わずえ、と声を漏らした。 ――今日なにしてるーん?  少し考え、一旦未読のまま放置して他のメッセージに返信を送ることにする。その作業を終えてちらり

天使になった少女|ショートショート

 高所恐怖症の少女がいた。少女は一軒家に住んでいたが、2階のベランダすら怖くて行くことができなかった。  ある夜、彼女の肩甲骨が疼き、次の朝には真っ白い翼が生えていた。少女は驚き慌て、母に報告した。母はため息をつき、気の毒そうに言った。 「あなたは半分天使なの。いつかいつかと思っていたけど今日だったのね」  少女は泣き、学校を休んだ。入学したばかりの高校では友達もいなかったから、誰も少女を心配したりはしなかった。  その夜のごはんは赤飯だった。  少女の翼は雲を目指したがっ

世界の終わりを見たい男 |ショートショート

 男には夢がある。 「はーあ」  大きく息を吐きだすと、隣に寝ころんだヒロが顔を上げた。 「まーた、溜息なんてついて」  男は答えずに、手元にあるスクラップブックを眺めた。宇宙。闇が大半を占める空間。光すら闇から生まれる世界。  男には、諦めきれない夢がある。  ヒロは眠っている。男はその姿をじっと見つめていた。もうずいぶん長い間一緒にいるヒロ。この存在がなくなったとき、どう感じるのだろう? 考えても考えても、男の脳は答えを導き出せなかった。  まだこの地球は、人類が生

座敷童の居場所 ~ショートショート~

 おばあちゃんの家は、ぼくの家から車で3時間くらいかかる田舎にある。周りは田んぼと畑ばっかりだし、夜はずっと蛙と虫の声がうるさい。近くに公園なんてないし、ゲームセンターなんてものもない。ないない尽くしだけど、ぼくはおばあちゃんの家が好きだった。  従兄弟たちと鬼ごっこやかくれんぼができるほど広い家は、どこの部屋でも畳と木の匂いがする。ぼくの家では絶対しない匂いだ。  その中のひとつの部屋で、ぼくはその子にであった。  従兄弟たちが来るのは明日で、ぼくはひとり家を探検してい